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雀の声に起こされる。
部屋のカーテンを開けば眩しい陽光が体を包み、心地よさを感じさせる。
朝だ。
冬はもうその気配を薄くし、春の陽気を感じさせる暖かさが体に押し寄せる。
そのまま外へ出ることができるテラス戸から覗く裏庭の木に、わずかばかりの芽が吹き出ている。
よし、今日という1日を始めるために、まずは顔を洗おう。
そう思い、洗面所に向かい、ガラスに映る自分を見つめながらステータスを確認する。
~
岩之淵カリーニン
職業:管理人
レベル:11
管理力:71
炊事力:63
清掃力:68
洗濯力:37
取立力:74
外交力:77
スキル
《なんでも鑑定》
《賃貸不動産経営管理能力経験値倍化》
《清掃速度及び正確度向上》
《対近隣住民渉外能力向上》
《状況打破確率向上》
~
昨日見た時からどこかが変わっているように思えるが、ちょっと分からない。
第一、この数値を表示する必要性が分からない。
果たしてこれは意味のある数値なのだろうか。
だが、こういうものなのだ。
ずっとこうなのだから、気にしてもしょうがない。
さっさと支度を終え、外に出る。
冬の気配は薄くなったが、まだまだ朝は冷える。
身が引き締まる、と思えば良いだろうか。
新聞受けに何部かの新聞が突き刺さっている。
このアパート『ハイツ・オブ・ラウンド』には俺を含めると13人が住んでいる。
(長きに渡りこの地を治める構造物の支配者よ。いと早き覚醒であるな。我は贄を所望するぞ)
脳内に直接響く声に振り向くと、俺よりも数倍大きい犬が尻尾をブオンブオン振り回しながらおすわりをしている。
「おはよう、フェンちゃん。ニエってなんだっけ」
(カリカリください)
そんな話をしながら、彼のステータスをチェックする。
~
フェンリル
職業:愛玩動物
レベル:99
筋力:100
俊敏性:76
知力:82
服従度:それぞれ
威厳:40
スキル
《瞬間的敏捷性向上》
《暗黒魔法耐性》
《条件成立時凶暴性最大化》
《条件成立時ストレス低下》
《円盤追跡力向上》
《力量差認識時服従度変化率向上》
~
うん、変なところはないな。
俺の持つスキル《なんでも鑑定》はこうやって有機物、無機物を問わず、状態を確認できる。
数値やスキルが時折見えたり見えなくなったり、増えたり減ったりするのが難点だが、変化を見る上では最適なのだろう。
(クカカカ、何をいぶかしんでおる。我ほどの強者がそう易々と何者かに侵されるわけがなかろう)
「そうだね~、フェンちゃんいつも元気だもんね~」
おねだりされるがままに、自室からエサを持って来て皿に盛り付ける。
(ククク……すり潰された数々の生命が怨嗟の声を上げておるぞ。よい供物だ。我にふさわしい)
そう言いながらカリカリと食べるフェンちゃん。
可愛いなぁ。
さて、次は新聞を届けて回ろう。
と言っても自分の分とあわせて4部だけだ。
どれが誰の購読しているものかは分かっているのでポストに差し終える。
そうしていると、2号室の扉が開いて全身濃緑の、腰ミノ一丁の姿で豚の顔をした男性が現れる。
「あ、奥野さん、おはようございます」
「おはようございます、管理人さん。今日もお早いんですね」
「これが仕事ですから」
服装はアレだが、これでも彼らの種族では正装なので別段おかしくはない。
彼が肩から提げているバッグに気付く。
「今日は大学なんですね」
「ええ、講義があったりなかったりで、曜日の感覚がずれてしまって大変です」
「俺は大学行ってないからなぁ……。キャンパスライフって憧れます」
「そう大したもんじゃないですよ、ははは」
と言いつつ、彼のステータスも覗き見てみる。
~
オーキッシュ奥野
種族:オーク
職業:大学生
レベル:13
腕力:89
偏差値:66
調教力:2
鬼畜度:0
自活力:92
将来の期待値:87
杏子に何かを期待され値:100
支払力:80
スキル
《耐久力向上》
《近接格闘経験値上昇》
《調教師の素質》
《ビッグダディの素質》
《良識人》
~
ホント、なんなんだろうな、この数値。
鬼畜度ってなんだよ。
0なら表示する必要ないだろう。
良識人なのに鬼畜ってどういうことだ。
そう考えつつも、二人で少しばかり談笑していると2階から金属製の階段を降りてくる音がテンポ良く聞こえてくる。
そちらに目を向けると美しく長いブロンドの髪と、そこから覗く長い耳を弾ませながら降りてくる女性が目に映る。
「あ、おはようございます、杏子さん」
「管理人さん、おはようございます」
なんとなしにステータスを視てみる。
~
杏子里佳
種族:エルフ
職業:騎士
レベル:20
腕力:57
魔力:45
耐久力:61
耐久力:3
調教率:0
奥野への期待値:100
スキル
《剣士適性》
《攻撃魔法適性》
《ガード率向上》
《特定ステータス上昇値倍化》
《妄想力向上》
《安産率向上》
~
耐久力が2つあるのはなんだろう。
あと奥野さんに何を期待しているんだろう。
この《なんでも鑑定》スキルについては、まだまだ分からない事だらけだ。
「テンプレ騎士団のお仕事ですか?ずいぶんとお早いですね」
「ええ、今日は外国からの使節が来られるらしくて、その式典のたみゅふぅん!」
階段を降り切って奥野さんの姿を認めた瞬間に座り込む杏子さん。
「だ、大丈夫ですか!」
俺は突然のことにビックリして動けなかったが、慌てて奥野さんが手助けしようと駆け寄る。
いや、よく見る光景なのだが、まったく慣れない。
「違うでしょう!そうじゃないでしょう!」
差し出された奥野さんの手を、声を荒げ、赤く火照った顔をして払いのける杏子さん。
えぇ……。
「えぇ……」
俺の心の声と、実際に奥野さんの発した声がシンクロした。