東棟南階段室、放課後
永原が取手に手をかけると、ピッとかすかに電子音が鳴った。ロックが外れたような音がした。永原がドアを押して開けた。
ペントハウスは、西棟の北階段と違って、一つの部屋になっていた。机のバリケードなどなく、屋上へ出る扉を開ければ、そこに部屋があった。屋上への扉はさらにその向こうにある。
高級レストランの個室程度にきらびやかなペントハウスの中では、二人の生徒がテレビに向かってゲームをしていた。それからもう一人、床に座って本を読んでいる生徒。私たちが入室しても、誰も動かなかった。
ゲームをしている一人は、雲洞谷さんだった。ソファに仰向けに寝転んでコントローラーを操作している様は、私の中のクールビューティのイメージをぶち壊した。それより、逆さまに画面が見えているはずなのに、ぷよを消すのが上手すぎやしませんか。
「ゲームしてるのが、雲洞谷さんと、一年の星ヶ崎くん。高速読書中なのが三年の矢橋さん」
永原が小さな声で言うと、第三者がいることに気づいたのか、星ヶ崎くんがこちらを見た。すぐに画面に目を戻すあたり、どうやらゲームのほうが大事のようだ。
対戦が雲洞谷さんの勝利で終わると、雲洞谷さんが体を起こした。星ヶ崎くんはため息をついてから、腕時計を見て、ゲームの片付けを始めた。乱れた髪を手で整えながら、雲洞谷さんがこちらを見ずに口を開いた。
「いつでも来ていいよ。同盟入るなら指紋登録して。じゃないとここのドア開けられないから」
「え、あ、はい。どうも。あ、でも、入るのは遠慮させてもらっておきます」
答えると、雲洞谷さんがこちらを見た。鼻か口のあたりでも見ているのか、目が合わない。表情が薄いせいで、何を考えているか想像しにくい。怒らせたのだろうか。私に話しかけたわけじゃないとは言わないはずだ、この場のよそ者は私以外にいない。
「永原の友だち?」
「はい。同じ新聞部で」
「あ。そっか、それで、見たことあると思った。同い年だし、丁寧なのやめてください」
「わかりま、わかった。えっと、じゃあ、お邪魔しました」
「帰るの?」
「うん。高宮さんに聞いて、こっちはどんな所かなって、興味持っただけだから」
雲洞谷さんの表情が揺れた。曇ったように見えた。
「高宮」
雲洞谷さんが呟く。
「高宮未知は、あんまり、私は好きじゃない」
「そう、なんだ」
「あなたが友だちでも構わないけど、何も知らないなら、気をつけたほうがいいと思う」
忠告にはうなずけなかった。納得できなかったというよりは、困惑したせいだ。高宮さんは人気者で、当然、嫌いな人もいるだろう。だが、雲洞谷さんは、高宮さんを嫌っている風には見えない。同じ遅刻魔として、何か思うところがあるのだろうか。
「お邪魔しました」
私がもう一度告げると、雲洞谷さんはこくりとうなずいた。小さく手を振って「またね」とかすかな声で聞こえた。
永原とともに、ペントハウスを後にした。三階へ降りて、北の端の部室へ向かって廊下を歩く。吹奏楽部の練習や、それに混じって屋外の部活動の声が聞こえる。
「気にすんなよ、高宮のこと。雲洞谷さん、人見知りで、ほとんどの人間のことが慣れるまでは苦手だから。それに、切り捨てが早くて、一度でも直観的にだめだと思った相手のことは、それ以上はもう深く考えないんだよ」
「ほー、人見知り。それで目を合わせてくれなかったんだ」
次の機会を願う言葉をくれたということは、私はだめだと思われなかったらしい。
「それで、ご感想は?」
「立派な部屋だった。雲洞谷さんと先生は似てない。日だまり同盟って、新聞部より人多いんだね……。あ、そういえば、雲洞谷さんは永原のこと知ってるの?」
「俺のこと? ただの同級生だと思ってるはずだけど」
隠密というのはそういうことか。こっそり見ているだけ。永原がいつかストーカーと言われないように、願っていてあげよう。