西棟北階段室、昼休み
案の定サンドイッチセットは売り切れで、代わりに、高宮さんのおすすめのピザを買った。
高宮さんの後について、西棟の北階段を四階まであがる。予習より高宮さんのお昼ごはんに興味があるので、いつも食べている場所に行きたいと言ってみたのだ。
「こっちだよ」
四階建ての校舎だが、階段は四階より上へまだ続いていた。四階より上の踊り場には机でバリケードが作られていて、高宮さんは端の一つを退かして先へ進んだ。おそるおそるで後に続く。私が先へ立ち入ると、高宮さんは机を元の位置に戻した。ドアか。
「お邪魔します……」
「いらっしゃいませー」
踊り場の先には、まだ階段。一番上まであがると、屋上へ続く扉があった。扉のそばには掃除用具入れと、机や椅子が積み上げられていた。人が立ち入らない場所で、もちろん掃除当番もないのに、ほこりっぽさはなかった。もしかしたら、高宮さんが掃除しているのかもしれない。
「好きに座って。机と椅子、出したほうがいい?」
「ここ、階段室とか言う場所だよね。入って大丈夫なの?」
「さあ? 何だっけ、ペントハウスは西棟北と東棟南にあって、それぞれ、代々受け継がれてるんだって。ゆうちゃんが言ってた。あ、ゆうちゃんって、従兄なんだ。三年生。放課後なら、ここに来たら本を読んでるかも」
「三年生で従兄のゆうちゃんって……高宮優介? 高宮様?」
「そうそう。私も三年生になる前には次の清掃係を見つけておかないといけないんだ。東棟の日だまり同盟は人数がいるから、後継ぎの悩みもないんだろうけど」
高宮さんは高宮様と従兄妹だったのか。じっと見つめてみると、目元が少し似ている。
「あの、あんまり見ないで、恥ずかしいから」
「ごめん、つい。似てるね」
「そう? あんまり言われないよ。ゆうちゃん、カッコいいから。私は絶世の美少女じゃないし」
最上段にハンカチを敷いて腰を下ろした。レモン炭酸ジュースの缶を床に起き、購買部の白い袋からピザを取り出した。
高宮さんも隣に座り、カフェオレとココアをレモン炭酸のそばに立てた。購買部の袋からは、私と同じピザが出てくる。
「さっき、話しかけたのも、誘ったのも、ゆうちゃんから聞いたからなんだ。新聞部の子が、意味不明なことを言っても嫌な顔ひとつしないで話を聞いてくれたって。名前を聞いて、私と同じクラスだって思って、ちょっと気になってた。最近、私のこと見てた?」
「はい見てました」
「何か面白いことあった?」
責めるような色はまったくなく、高宮さんは好奇心を宿した目で尋ねた。輝いている目を見たのは、高宮様と話した時以来だ。同じ表情になると、よく似ている。
高宮さんを好きな人は三人ほど見つけたが、それを面白いことと評するほど私は薄情ではない。
「面白いこと。そういえば、地学の教室移動の時、みんな高宮さんに引っ付いて行くんだね。あれ、何かあるの?」
「ああ、あれは……」
高宮さんは眉を寄せて、首をひねった。高宮さんにもわからないのだろうか。
地学と生物は選択で、私は生物を取っている。地学の生徒は地学教室に向かうのだが、高宮さんの移動に合わせて、他の生徒が移動しているようなのだ。
「何て言うか、この階段、幽霊が出るんだって」
「幽霊? あ、七不思議の一つ? 西棟北階段の三階に女子生徒らしき幽霊が出るっていう」
高宮さんがうなずいた。
七不思議と言えば、高宮さんがさらりと流した日だまり同盟の存在もその一つだ。良家の子女が集うサロンで、場所は不明だとか。高宮さんの話を信じれば、東棟のペントハウスがそのサロンの所在地だ。見に行ったとして、見せてもらえるだろうか。
地学教室は西棟三階の北の端にあって、どうしても階段の前を通らなければならない。だが、怖がりの生徒が集団で移動するのはともかく、なぜ高宮さんを中心にすることになったのだろう。
「それで、よくわからないけど、私がいると出ないんだって」
「幽霊が?」
「うん」
「つまり、地学の人たちみんな幽霊見たことあるの?」
「それは知らないけど。突っ込みどころが変わってるね」
「そうかな?」
私は、私のことを別段変わった人間だとは思わない。大多数の生徒が立ち入り禁止の階段室に興味を持たないように、私も、自力ではこのペントハウスを見つけられなかったのだから。
話の切れ間になったので、手に持ったままだったピザに口をつける。薄い生地は柔らかくて、チーズはよく伸びる。クリームソースときのこの相性がいいのか、じわりと味が混ざって美味しい。
「美味しいでしょ?」
「うん。すごく美味しい」
覗きこむようにして尋ねる高宮さんに、自然と笑みがこぼれた。