第二体育館前、昼休み
昼休みにジュースを買いに行った先で高宮さんに出くわした。第二体育館前の自動販売機。高宮さんはコーヒー濃いめカフェオレが好きだと聞いたが、順番待ちで後ろに立って見ていれば、たしかに濃いめカフェオレのボタンを押した。あたたかいやつ。
高宮さんが、ガコンと落ちたカフェオレを拾う。振り返って私と目を合わせ、微笑んだ。
「ごめん。待たせた?」
「え? あ、全然」
「よかった。何買うか決めてる? 私はいつもこれなんだけど、時々、あれとか、あっちも、飲んでみようかなあと思うんだよね」
友だちのように話しかけられて、少し困惑する。そうか、そうだよね、クラスメートだものね、と落ち着いた。高宮さんが指したものは、ぶどうゼリーソーダと、ピリ辛ココアだった。
「ピリ辛ココアは美味しいって、部活の先輩が言ってたよ。七種のスパイスがどうこうって」
七種のスパイスと聞いて、ココアに七味唐辛子でも入っているのかと私は思ったのだが、大門先輩いわく、違うらしい。シナモンとかカルダモンとか、そういうの。高宮さんは興味を持ったようだ。
「そうなんだ? じゃあ、一つ買ってみよう」
有言実行というか、それも迅速に、高宮さんはさっそく財布を開いた。カフェオレはブレザーの右ポケットにおさまっている。硬貨を投入、しようとして、手を止めて高宮さんは私を見た。
「順番?」
「いいよ、高宮さんどうぞ。私まだ決めてないから」
「うん。ありがと」
高宮さんはガコンと落ちてきたココアを拾い、左のポケットにしまった。用は済んだだろうにこの場に留まっているのは、私を待っているのだろうか。さっさとお目当てのレモン炭酸を買うことにする。決めていないと言ったのはもちろん嘘である。
「わ。冷たいやつにするんだ。寒くないの?」
「うーん? 冷たいけど、寒くはならないかな」
「そうなんだ」
高宮さんが校舎へ向かって歩き出したので、後に従った。
昼休みには、放送部が何か音楽を流している。教室のある東棟にしか流していないらしく、西棟の階段をあがる私たちには、遠くからしか聞こえなかった。曜日ごとに担当の部員が定まっていて、その部員の趣味で音楽が流れている。今日は月曜日、クラシック。金曜日は高宮さんの日、まったくもって趣味の読めない選曲の日。
「あ、そうだ。約束がなかったら、一緒にごはん食べない?」
すぐには返事が出なかった。「は?」と言わなかったのはよくやった。高宮さんめっちゃフレンドリーだな。今日はじめて話したような相手だというのに。
「えーと、どこで?」
「これから購買部でパンを買って、屋上行くつもり。でも、どこでもいいよ。教室でも、放送室でも、新聞部の部室でも?」
足を止めた。三階から四階への踊り場で、高宮さんの思考回路がさっぱり理解できないことをあらためて実感した。謎だ。屋上には立ち入りできないはずだし、というか、その前に。
「購買部って一階……」
「教室に戻るのかと思って」
「私が?」
「うん。違った? 五時間目は世界史でしょ?」
「うん」
「だから」
「え?」
「あれ? 世界史はいつも小テストがあるから、直前の休み時間に勉強してなかったっけ?」
「あ、そうか。そうだね」
「購買部へは一人で行くけど、先に約束して捕まえておかないと、もしかしたら教室にいないかもしれないし」
そう聞いて、ようやく腑に落ちた。高宮さんは、私の行動を邪魔しないようにと考えたらしい。
「高宮さん、一緒に行こうよ。購買部。部活の友だちが、サンドイッチセットが好きって言ってて、興味があったんだ」
「サンドイッチセットは人気だから、売り切れかも」
高宮さんは目を伏せて、どこか申し訳なさそうに呟いた。
「売り切れだったら、高宮さんのおすすめを教えて」
「あ……うん。わかった。行こっか。急がないと」
「うん」
にっこり笑って高宮さんが階段を駆け降りていく。追いかけながら、振られているレモン炭酸の始末について考えた。