第二体育館前、放課後
放課後、新聞部の活動がはじまる前にジュースを買おうと思った。西棟の北階段前から続く渡り廊下、第二体育館の入口前。校舎から一番近い自動販売機で、夏になると売り切れも多い。去年の夏、すべて売り切れだった日には、記念撮影をして記事にした。
今は冬で、暖かい飲み物が並んでいるが、私はいつもレモン風味の炭酸ジュースだ。
「お前まだ高宮好きなの?」
お? おもしろそうな話題ですね? 渡り廊下に出る前に足を止めて、鼓動を一定に保つ。
先に尋ねた男子生徒は、たしか隣のクラスの人だ。サッカー部。なぜ制服のままこんなところにいるのかと思ったが、今日は月曜日、サッカー部は練習が休みだ。
「何だよいきなり」
答えたほうの男子生徒は、その声で、誰なのかわかった。サッカー部で、隣のクラスで、私の気になっている人。真野くんだ。あ、そうそう、思い出した、尋ねたほうは坂本くんだ。
真野くんは好きな人がいるのか。ショックは感じなかった。最近ちょっと気になるかもという程度で、まともに話したこともないのだから、そんなものだ。
「いや、ほら、高宮、いつもこの自販機でカフェオレ買ってるよなあと思い出してさ」
「ああ、そうだっけ。いや、何でそれ知ってるんだよ」
「知ってるって言うか、高宮がよく持ってるカフェオレ、こっちの自販機でしか売ってないから」
ああ、あれか。第一体育館と格技場の間にある自販機にも、屋内プールと弓道場のそばにある自販機にも、ミルクたっぷりカフェオレはあれど、コーヒー濃いめカフェオレはない。高宮さんとやらはあれがお好みらしい。
「で、まだ好きなんだ?」
「……まだ、とか言うなよ」
「ふーん」
「悪いか」
「別に、何て言うか、まあ、そうだよな。いい声だし」
いい声。高宮さんについての情報が一つ増えたところで、誰なのかに気づいた。高宮さんとは、私と同じクラスの高宮さんではないだろうか。思い返してみれば、第二学年全七クラス、高宮さんは一人だけだ。三年生には一人いるが、あれは男子生徒で、性別はおいておくにしても、呼び捨てにするとは考えにくい。だって彼はたいそうな美形で、高宮様と呼ばれているくらいなのだ。
高宮さん。高宮未知さん。未知さんなんて変わった名前だなあと思ったのを覚えている。
よくある、日光で茶色くも見える黒髪で、目の色もそう。髪型にこだわりはないのか、長かったり、唐突に短くなったりで、今は肩にかかるくらいの長さ。少し毛先に癖がある。ほとんどの女子生徒がダサいと嫌っている制服のベストだが、高宮さんは気に入っているらしく、更衣期間に着ていた。それがダサく見えないどころか、スタイルよく見えたので、私も家で試してみたら、着用率の低い理由がよくわかった。あれは着る人を選ぶのだ……美くびれ……ああ、話がそれてきた。
高宮さんといえば、遅刻欠席が日常茶飯事だ。高校の三大遅刻魔の一人。高宮さんは一年生の入学したばかりの頃に、一週間だか二週間だか休んでいたことがあり、実は入院していたらしいとの噂を聞いた。保健室にもよく行くようで、病弱なのか、さぼり魔なのか、他人の目には判断が難しい。
自販機前から真野くんと坂本くんが消えていた。ジュースを買うことを思い出して、外へ出た。
気になる人だったはずの男子生徒より、その思い人だという高宮さんのほうが、興味を引かれる。同じクラスではあるが、まじまじと見たことはなかった。気になる。しばらく、高宮さんを観察してみることを決めた。