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生まれたよ。捨てられたよ。女神が現れたよ。

初めての加速です。

 僕は生まれた。あくせくと。

 生まれた時から、何かに焦っていた僕は、無意識の内に思った。加速して生きなくては。

 時間は有限、タイムイズマネー。

 僕は、生まれた瞬間から、意識があった。

 前世のはっきりとした記憶こそないものの、日本語を喋ることは出来た。そして、病院の院長や助産師の会話から、ここが日本だということが分かった。

 僕の親は誰なんだろうか。しかしそんなことはもうどうでも良かった。なぜならば、僕はたぶん親に捨てられたからだ。生まれた瞬間、はっきりと意識が覚醒した瞬間、僕は何かの箱に入れられた。そして、そのまま、車で運ばれて、朝、病院が開かれる前に、病院前に箱を置かれたからだ。

 父親と母親の顔は影しか分からなかった。声ももはやモノトーンの印象しか残らなかった。

 さあ、生まれた瞬間捨てられた最底辺の僕の人生どうなることやら。

 でも、不思議と哀しくはなかった。というのも、たぶん僕は捨てられなかったら、親に殺されていたのではないだろうか、と思ったからだ。痛いのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。何も悪いことをしていないのにそんなことを、されるぐらいならば捨てられた方がましだ。ありがとう僕の両親。たぶん両親もそれを分かっていて、もし捨てなければ虐待に走ると分かっていたから、僕を開院前の病院に置いたのだろう。そして、僕を院長が「大変だ! 赤子が捨てられているぞ!」と拾ったのと同時にどこかそばに止めてあった車がぶーんと走れ出した音を聞いた僕は、それが両親の車だったと確信を持っていえる。僕が拾われるのを確実に見届けてから、車を走らせたのだ。それが両親の最後の僕への愛と呼べるものだったのかもしれない。それが愛と呼べるのならばだが。まあいいさ、両親に捨てられて、そんなくず両親の遺伝子を受け継いだ僕だけど、遺伝子のせいにして、この人生を棒に振るつもりは毛頭ない。まあ、精一杯生きるさ。そして、僕が誰かと結婚して、あるいは付き合って、もし子供を相手が授かったとしたら、僕は子供を捨てることは絶対にしない、と思った。さあ、僕の人生を始めようじゃないか。

 僕は寝た。病院の中でぐっすりと眠った。

 眠りながら、これは夢だという意志があった。これは何ていうんだっけ。忘れた。だけど、これは間違いなく夢だという自覚があった。

 僕がいる空間は、一面深さ数センチの浅い湖に囲まれた場所だった。湖面に青い空、入道雲が映っていて、気温は真夏の暑さだ。 

 そして、立ち尽くす僕の目の前に、女神が現れた。いや、それは女神なのかどうかは分からない。けれども、女神の恰好をしていた。自由の女神のような雰囲気を、恰好をしていた者が空からゆっくりと降りて来て、僕の目の前に着地したのだ。着地と言っても、湖面に降り立ったわけではなくて、湖面数十センチの所で宙に浮いていた。

「あのう、あなたは何者なのでしょうか? 女神様でしょうか。そしてここは夢の中ですよね」

 僕が言うと、女神らしき者が意外そうな顔をした。

「ほうっ、あなたはここが夢の中だということがお分かりなのですね。生まれたばかりなのに、とても賢いですね」

「ははっ、ありがとうございます」

 女神に褒められたけど、別に嬉しくはなかった。それにここ夢の中だしね。

 乾いた笑いをしていると、女神はどこか不愉快になったようだ。

「もっとあなたはこの世界に希望を抱きなさい! 人は希望を持って生きることが大事なのですよ。諦めたらそこでなんちゃらですよ」

 どこかで聞いたことのあるセリフ。たぶんそれは有名な台詞なのだろう。だけど、僕は思い出すことは出来なかった。

「それで、女神様が何の用なのですか? 用件があるならば早くして下さい」

「焦らないで下さい。そんなに焦っても仕方がないことですよ。とはいえ、そうですね。あなたの目が覚めたら、またあなたが眠って夢を見るまで、私が姿を現すことが出来ないので、さっさとした方がいいかもしれないですね。それにここは敵も出て来ていない空間ですからね。次にあなたが見る夢に敵が出てこないとは限らないですからね。そうなるとやっかいですから、用件はやはり早く済ませた方が良さそうですね」

「そうなんだ。女神さんは夢の中限定出現の女神様なんだ」

「ええそうです」

「じゃあ名前は夢女神とか言うんですか?」

「バク女神です」

「バク女神?」

「ええ、あの夢を食べるバクと、爆笑を合わせて爆女神と言います」

「って、女神様夢を食べるのですか?」

「ええ、それが私の生きる糧、源です。貴重なタンパク源です。爆笑でしょ?」

「もう、サバイバルをしている人みたいな言い方やめて下さいよ。って爆笑って、その名前考えたの女神さん自身ですか? ええもちろんそうです」

「というより、夢の中に敵が出てくると、女神さんやっかいなんだ」

「そうですね。襲われたら怖いですね。女神ですけど。私、怖いの苦手なんです。怖い夢はあまり好きではございません。そして、食うのも簡単ではありません。食っても美味しくないですしね」

「そうなんですか」

「ええ。あっそうだ。早く用件を言わなければ」

「お願いします。たぶんですけど、僕そろそろ目が覚める気がしますので用件を早く言って下さい」

「私の要件と言うのは、あなたの願いを叶えに来たのです」

「僕の、願いを?」

「ええ、あなたは生まれた瞬間に捨てられました。現実世界で、です。ああ何て可哀そうな、あなた。嘆かわしい出来事。私はそれを見て夢の中から涙を流しました」

「じゃあ、もしかして僕が言葉を喋れるようにしてくれたのは女神さまなのですか?」

「いいえ、違います。それはただの手違いです」

「手違い?」

「ええ、本来ならば前世からの記憶は一切合切、次の来世に持って行くことは不可能なのですけれど、あなたの場合は、記憶消去の法則に手違いというか、バグがあり、言葉の部分だけ、持ち越すことが出来たと思われます」

「へえっ。でもそういったケースは良くあるのですか?」

「いえ、良くはありません。まあとはいえ、数十年に一度ぐらいは起きるケースではあります。しかし、その記憶は一時が過ぎれば、新しい記憶の中にうずもれるのですが、あなたの場合はどうなのでしょうね」

「ってことは僕が記憶をなくすこともあるということですか?」

「ええ、そうですね。バグはいずれ直り、あなたの記憶も消える可能性があります」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! せっかく記憶を、言葉だけとはいえ、持ち越すことが出来たって言うのに、何でまた言葉を最初から覚えなくてはいけないんだよ。そんなことは嫌だ。せっかく時間が短縮出来たっていうのに。だって僕は何も悪くないだろう? バグが悪いんだから、僕の記憶を消すようなまねはしないでくれよ。しないで欲しい。どうか、プリーズ」

「では、それがあなたの、願いということでいいですか?」

「えっ? どういうこと? じゃあ僕がそれを、今の記憶を消さないでくれって言ったら、日本語を覚えたまま人生を歩むことが出来るってこと?」

「ええ、さっき言った通り、あなたの願いを叶える為に私はあなたの夢の中に来たのですから」

「嘘っ、ちょ、ちょっと待って! 考えるから。僕もっと願いを考えるから」

「早くして下さいね。私もそれなりに忙しいのですから」

「よし! 決めた! 僕願いを決めたよ!」

「願いを言うがよい、どんな願いでもたった一つだけ叶えてやろう」

 彼女は厳かな雰囲気で、でもどこか役者のような言い方で言った。たぶん誰かの、何かの物まねか何かかもしれないけれど、今の僕には全くもって関係なかった。

「では願い言いますね」

「ええ」

「僕の願いを無限に叶えられるようにして下さい!」

「ちょ、ちょっと! それなし! なしだから!」

「ええっ、さっきどんな願いでも叶えてくれるって言いましたよね。女神さんは嘘つきクソ野郎なのですか?」

「そ、そんなことはないけれど、それちょっとずるくない?」

「いやいや、ずるいとか、ないわ。願いを叶えてくれるって言っていたのに、叶えてくれない女神さんの方がずるいわ」

「ぐっ、で、でもさっき何でもとは言ったけれど、私にも能力の限度ってものがあるから、私の能力以上のものは、あなたに与えることが出来ないわよ。それでもいい?」

「女神様の能力以上って一体何?」

「うーん。例えば巨大隕石を破壊して欲しいとかは私には無理ね。あと魔王を殺してくれというのも無理ね」

「そうなんだ。って魔王っていないから」

「いや、いるのよ。皆の心の中にね」

「誰が上手いことを言えと」

「と、言うのは冗談だけれど、実際に魔王というのは、この宇宙にはいるのよ」

「嘘でしょ?」

「ううん。本当よ。だから、その強大なパワーを持つ魔王を退治して欲しいという願いは不可能よ。私のその力はないわ。ただ、魔王がいる世界に行きたいというならば、転送程度、転生程度ならば私の力で可能だわ」

「うわっ、それ本当? って嫌だよ。せっかく生まれてきたばかりなのに、また転生って。そんなの嫌に決まっているよ。しかも魔王がいる世界になんて絶対嫌だ」

「そう、でも私の能力に限度があることは理解して頂けたようね」

「うん」

「じゃあ、何が望みなの? あなたは」

「だから僕が叶えたい望みは、無限に僕の願いを叶えられるようにしてくれ、ということだ。それは出来るんだよね」

「まあ、ね。たださっき言った通り、私の能力以上は不可能だけれどね」

「いやいや、それで十分だよ。別に俺そんな巨大な力欲しくないし」

「でもね。さっきの話には続きがあってね。もしあなたが私の与えた能力を元に修行とかをすれば、あなたは巨大な力を手にすることが出来るかもしれないわよ?」


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