第6話・妖の願いとお役所仕事
「君らは何なんだ?」
門の前に佇む少女と幼女に問いかける。
しかし、彼女らは戸惑う表情を見せるばかりだ。
「俺は 山都 武士 26歳、フリーのハウスキーパーだ」
こちらから名乗っても状況に変化は無い。
「趣味は機械弄りと絵画を少々」
趣味の話題にも興味が無いご様子。
どうやら、ここから先は若い人だけで、ってな展開にはならないようだ。
そこで質問の向きを変えることにした。
「此処に人間は居るのか?」
こんな人里離れた山の中に、頭にツノのある和服少女と外見が万華鏡の様に変わる幼女。
どう見ても人間ではない。
しかし妖だとしても、こんなのは見たことも聞いた事も無いが。
その謎な少女が、おずおずと握手をするような姿勢で、俺の方に右手の手のひらを差し出してきた。小首を傾げながら。
「いや、俺は当然人間だが」
という事は、他に人間は居ないのか。やれやれ、ビビって損しちまった。
まあ、妖と相対してるってのも充分怖い状況の筈なんだが。
しかし何故か、この二人には怖さを感じなかった。
「あー、では写真を撮らせてもらっても良いのかな?」
その問いかけで、やっとリアクションを貰えた。どうぞどうぞという振りを見せて、門の中に入っていく二人。……扉を開けずに。
軽い門扉を開けて、再度屋敷の中に入る。
二人は納屋の前に立ってこちらを見ていた。
では、蔵の方から。
しかし、撮影を始めると、何故か幼女が眼前にやって来てフレーム内に入ろうとする。
「ちょ、屋敷の様子だけ撮りたいから」
言っても離れてくれない。諦めて被写体を母屋に変更する。
しかし今度は少女の方がやって来て邪魔をし始めた。
「あの、ポーズも要らないから」
照れ臭そうにしなを作る。ちょっとカワイイかもしれないと思ったのは内緒だ。
「ん……? 邪魔してるんじゃないのか?」
しなを作ってるんじゃなく、どうも納屋の方を指し示してる様だ。
そっちを先に撮れってのか。
どういう理由があるのかは分からないが(だいいち、妖の行動原理なんて誰も知らないだろ?)とりあえず歯向かう理由も無いのでそちらに向かった。
そして、扉の無い納屋の暗がり辺りにデジカメを向けたところで。
「ああ、これを知らせたかったのか」
暗がりの中、農機具らしいものの間、その地べたに白い毛皮の塊があった。
近づいて確認。犬だ。それもかなり大きい。
秋田犬か。それでも破格の大きさだ。鼻先を自分の腹に突っ込む様にして丸くなってる。
一瞬、寝てるのかと思ったが、違う。この生気の無さ。
「ごめんよ」
後ろ足を触ってみる。
比喩でなく氷の様に冷たかった。死後三日ってところか。
やれやれ、気付いて良かった。こういうのはあまり撮りたいものじゃねえからな。
「…………?」
背後から問い掛ける様な気配が。
「多分、納得して逝ったと思う」
背中でそう答える。
普通、死の直前には呼吸を確保する為に、横倒しとかもっと楽な姿勢をとるはずだ。
それがこの如何にもただ寝てるだけってな姿勢。腹一杯食って満足ですみたいな表情。
きっと此処を死に場所と決めていたんだろう、この犬なりの理由によって。
「……! ……!!」
振り返ると、幼女が少女の胸の中で声も無く泣きじゃくっていた。
何か縁でも有ったか。泣いてどうにかなるもんでもなかろうに。
しかし、これは困った事になった。
犬は弔わなきゃならん。このまま骸を晒し続けるのは余りに哀れだ。
しかし、ここは廃村とは言え確か未だ私有地の筈。そこの庭を勝手に掘り起こして、この大きな犬の死骸(恐らく100Kg前後)を埋めて良いわけも無い。
屋敷から出て、車のサイドドアを開き、中から衛星電話とアンテナ一式を取り出す。
(仕事柄、ケータイの電波が届かない所に行く事が多い為、必須だったりする)
アンテナを車のルーフに置き、方向を調整。メリットを確認。
どうやら妖たちは、まだ納屋に居る様で、外には出てきていない。
邪魔は入らないと判断してダイヤルを開始。先ずは0081から。
…………
「はい、光彩不動産です」
「あ、毎度お世話になっております、キーパーの山都ですが」
「あん、タケちゃん? どうしたの元気ィー!?」
遠慮の無い大声に思わず受話器を離してしまう。社長の奥さんのキンキン声。
それを聞いて、少し浮世離れしていた心持ちが一気に現実に戻った。
「ええ、元気っす。社長をお願いしたいんすが」
「あのおっさんは出張中よ、アメリカへ。先週言ったじゃない」
「え、そうでしたっけ? 困ったな」
「なに、どしたの? 何か困りごと?」
「ええ、今、緋ノ元様の件で海無し県に来てるんですが、そこでちょっと」
「火の元? 戸締り用心? そんな話あったっけ?」
「え?」
「確かタケちゃん、今週はオフだって言ってたじゃない」
何か、ずれて行く様な感じが。
「いや、確か社長から話を貰って、一昨日」
「だからね、おっさんは7日前から海外出張中よ」
なんてこった、じゃあ俺は誰からこの話を受けたんだ?
「? もしもし? おーいタケちゃーん!?」
「あ、失礼しました。……それでお手数お掛けして恐縮なんですが」
「いやぁねえ、なに急に畏まってるのよ」
近くの村役場の電話番号を調べてもらった。
丁寧にお礼を言って電話を切る。最後まで不審がられた。
奥方とはいえ専務。仕事先にこういう不信感を持たれてはいけないんだが。
「土地の所有者は法務局へお問い合わせ下さい。電話番号は――」
教えられた電話番号へ掛け直す。
今の仕事の前は某官公庁に勤めていたので、こういうのは慣れっこだ。
「お越し頂ければ登記簿謄本の閲覧は可能ですが、電話ではお教え出来ません」
礼を言って電話を切った。
だがまあ普通はそうだわな、土地の所有者に関しては。
正直に言うと、人の少ない村だから、ちょちょっと融通してくれるかもと思ったが。
「え、犬の死骸ですか。それなら保健所の方へ。電話番号は――」
つっけんどんな対応にちょっとムッとしながら電話を掛け直す。
「飼い犬の死亡届をご提出下さい。死骸の処理は役場の環境業務課へ。電話番号は――」
たらい回しにウンザリし始めながら、村役場へ三度目の電話をかける。
……電話機のバッテリー残量もそろそろ気になり始めた。
「ダンボールに詰めて持ち込んで下さい」
「いや、大きさ的に無理っぽいんですが」
「ああ、困りましたね。因みに、猟師さんが山中で大きな猪をしとめた時は、その場で血
抜きをして、更に解体してから下ろすそうです」
「!! バラして持ってこいと?」
冗談じゃない、こんな巨大な四足を。
道具もノウハウも持ち合わせていないぞ。
「猟師さんは、売れる部分しか下ろさないそうです」
「はあ、では残りは?」
「つまり、そういう事です。近くに山があるのでしょう?」
適当に捨てろ、ってのか。
「そういう事ですか。了解しましたが、真っ白い動物ってのは、あまり邪険な扱いをした
くないんですがね。しかも秋田犬っぽいし」
忠犬ハチ公の。
「真っ白で大きな秋田犬、ですか……あっ」
なんだ? 受話器が落ちたような音が?
「お電話代わりました。秋田犬ですか、一応国の天然記念物なんですがねえ」
「因みに、あきたけん、ではなく、あきたいぬ、が正しい読み方です」
そうなのか? 知らなかった。
「いや、こちらも通りがかりみたいなものなんで」
どうやら先ほどの相手の上司っぽい感じだな。
話が通りやすそうだと思い、簡単に事の経緯を説明する。
もちろん妖の事は伏せたが。
「ははぁ、そういう事ですか。ではとりあえず首輪をご確認下さい。それで……」
「首輪ですか。確か無かった様ですが」
「……え!」
? 何やら電話の向こうが色めき立ったような?
「それは確かですか? それに類する様なもの全て?」
「は、はい。首輪とかそれに類するものは何も無かったかと」
「そうですか……」
なんだ、この緊迫感? 首輪が無い事の方がまるで重要だという様な?
「分かりました。では、そちらを何時頃にご出立のご予定でしょうか?」
うわ、なんか急にバカ丁寧になったな。
「今ちょっと取り込み中なんで、それが片付けばすぐにでも。しかし何故?」
「え? ああ、それは当然、こちらがそちらへ向かう都合があるからです」
「途中の獣道で車が鉢合わせになったら、あの道幅ですから、すれ違えないでしょう?」
ああ、なるほど。よく考えてくれてるな。……って?
「それでは、引取りに来てくれると?」
「ええ勿論ですとも。なんせ天然記念物ですから」
「……死んでますが」
「ああ、それと」
ここで如何にも大切な事を言うぞ、という感じで溜めを作ってきた。
「その村にはですね、出るんですよ、とても怖い鬼がね」
オニ? ……ああ、そう言えばあのツノ少女も鬼か。まるで怖くなかったが。
「ですから、日が沈む前にそこから下りた方が良いですよ」
いや、あんたの物言いの方がよほど怖い。
「出来るだけ努力はしてみますが、どうも泊まりになりそうです」
今、そう決めた。
役所仕事の言いなりになるのは気に入らんからだ。
「そうですか……とりあえず、忠告はしましたよ?」
念押しか。ご丁寧に痛み入る。
「確かに、承りました」
その後、謝辞を述べて電話を切った。
電話機のバッテリー残量がギリギリだった。