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日本鬼子異聞  作者: 国防省 ◆Oppai.FF16
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第6話・妖の願いとお役所仕事

「君らは何なんだ?」


 門の前に佇む少女と幼女に問いかける。

 しかし、彼女らは戸惑う表情を見せるばかりだ。


「俺は 山都(やまと) 武士(たけし) 26歳、フリーのハウスキーパーだ」


 こちらから名乗っても状況に変化は無い。


「趣味は機械弄りと絵画を少々」


 趣味の話題にも興味が無いご様子。

 どうやら、ここから先は若い人だけで、ってな展開にはならないようだ。

 そこで質問の向きを変えることにした。


「此処に人間は居るのか?」


 こんな人里離れた山の中に、頭にツノのある和服少女と外見が万華鏡の様に変わる幼女。

 どう見ても人間ではない。

 しかしあやかしだとしても、こんなのは見たことも聞いた事も無いが。

 その謎な少女が、おずおずと握手をするような姿勢で、俺の方に右手の手のひらを差し出してきた。小首を傾げながら。


「いや、俺は当然人間だが」


 という事は、他に人間は居ないのか。やれやれ、ビビって損しちまった。

 まあ、妖と相対してるってのも充分怖い状況の筈なんだが。

 しかし何故か、この二人には怖さを感じなかった。


「あー、では写真を撮らせてもらっても良いのかな?」


 その問いかけで、やっとリアクションを貰えた。どうぞどうぞという振りを見せて、門の中に入っていく二人。……扉を開けずに。

 軽い門扉を開けて、再度屋敷の中に入る。

 二人は納屋の前に立ってこちらを見ていた。


 では、蔵の方から。

 しかし、撮影を始めると、何故か幼女が眼前にやって来てフレーム内に入ろうとする。


「ちょ、屋敷の様子だけ撮りたいから」


 言っても離れてくれない。諦めて被写体を母屋に変更する。

 しかし今度は少女の方がやって来て邪魔をし始めた。


「あの、ポーズも要らないから」


 照れ臭そうにしなを作る。ちょっとカワイイかもしれないと思ったのは内緒だ。


「ん……? 邪魔してるんじゃないのか?」


 しなを作ってるんじゃなく、どうも納屋の方を指し示してる様だ。

 そっちを先に撮れってのか。


 どういう理由があるのかは分からないが(だいいち、妖の行動原理なんて誰も知らないだろ?)とりあえず歯向かう理由も無いのでそちらに向かった。

 そして、扉の無い納屋の暗がり辺りにデジカメを向けたところで。


「ああ、これを知らせたかったのか」


 暗がりの中、農機具らしいものの間、その地べたに白い毛皮の塊があった。

 近づいて確認。犬だ。それもかなり大きい。

 秋田犬か。それでも破格の大きさだ。鼻先を自分の腹に突っ込む様にして丸くなってる。

 一瞬、寝てるのかと思ったが、違う。この生気の無さ。


「ごめんよ」


 後ろ足を触ってみる。

 比喩でなく氷の様に冷たかった。死後三日ってところか。

 やれやれ、気付いて良かった。こういうのはあまり撮りたいものじゃねえからな。


「…………?」


 背後から問い掛ける様な気配が。


「多分、納得して逝ったと思う」


 背中でそう答える。

 普通、死の直前には呼吸を確保する為に、横倒しとかもっと楽な姿勢をとるはずだ。

 それがこの如何にもただ寝てるだけってな姿勢。腹一杯食って満足ですみたいな表情。

 きっと此処を死に場所と決めていたんだろう、この犬なりの理由によって。


「……! ……!!」


 振り返ると、幼女が少女の胸の中で声も無く泣きじゃくっていた。

 何かえにしでも有ったか。泣いてどうにかなるもんでもなかろうに。



 しかし、これは困った事になった。

 犬は弔わなきゃならん。このまま骸を晒し続けるのは余りに哀れだ。

 しかし、ここは廃村とは言え確か未だ私有地の筈。そこの庭を勝手に掘り起こして、この大きな犬の死骸(恐らく100Kg前後)を埋めて良いわけも無い。


 屋敷から出て、車のサイドドアを開き、中から衛星電話とアンテナ一式を取り出す。

(仕事柄、ケータイの電波が届かない所に行く事が多い為、必須だったりする)


 アンテナを車のルーフに置き、方向を調整。メリットを確認。

 どうやら妖たちは、まだ納屋に居る様で、外には出てきていない。

 邪魔は入らないと判断してダイヤルを開始。先ずは0081から。


 …………


「はい、光彩不動産です」

「あ、毎度お世話になっております、キーパーの山都ですが」

「あん、タケちゃん? どうしたの元気ィー!?」


 遠慮の無い大声に思わず受話器を離してしまう。社長の奥さんのキンキン声。

 それを聞いて、少し浮世離れしていた心持ちが一気に現実に戻った。


「ええ、元気っす。社長をお願いしたいんすが」

「あのおっさんは出張中よ、アメリカへ。先週言ったじゃない」

「え、そうでしたっけ? 困ったな」

「なに、どしたの? 何か困りごと?」

「ええ、今、緋ノ元様の件で海無し県に来てるんですが、そこでちょっと」

「火の元? 戸締り用心? そんな話あったっけ?」

「え?」

「確かタケちゃん、今週はオフだって言ってたじゃない」


 何か、ずれて行く様な感じが。


「いや、確か社長から話を貰って、一昨日」

「だからね、おっさんは7日前から海外出張中よ」


 なんてこった、じゃあ俺は誰からこの話を受けたんだ?


「? もしもし? おーいタケちゃーん!?」

「あ、失礼しました。……それでお手数お掛けして恐縮なんですが」

「いやぁねえ、なに急に畏まってるのよ」


 近くの村役場の電話番号を調べてもらった。

 丁寧にお礼を言って電話を切る。最後まで不審がられた。

 奥方とはいえ専務。仕事先にこういう不信感を持たれてはいけないんだが。


「土地の所有者は法務局へお問い合わせ下さい。電話番号は――」


 教えられた電話番号へ掛け直す。

 今の仕事の前は某官公庁に勤めていたので、こういうのは慣れっこだ。


「お越し頂ければ登記簿謄本の閲覧は可能ですが、電話ではお教え出来ません」


 礼を言って電話を切った。

 だがまあ普通はそうだわな、土地の所有者に関しては。

 正直に言うと、人の少ない村だから、ちょちょっと融通してくれるかもと思ったが。


「え、犬の死骸ですか。それなら保健所の方へ。電話番号は――」


 つっけんどんな対応にちょっとムッとしながら電話を掛け直す。


「飼い犬の死亡届をご提出下さい。死骸の処理は役場の環境業務課へ。電話番号は――」


 たらい回しにウンザリし始めながら、村役場へ三度目の電話をかける。

 ……電話機のバッテリー残量もそろそろ気になり始めた。


「ダンボールに詰めて持ち込んで下さい」

「いや、大きさ的に無理っぽいんですが」

「ああ、困りましたね。因みに、猟師さんが山中で大きな猪をしとめた時は、その場で血

抜きをして、更に解体してから下ろすそうです」

「!! バラして持ってこいと?」


 冗談じゃない、こんな巨大な四足(よつあし)を。

 道具もノウハウも持ち合わせていないぞ。


「猟師さんは、売れる部分しか下ろさないそうです」

「はあ、では残りは?」

「つまり、そういう事です。近くに山があるのでしょう?」


 適当に捨てろ、ってのか。


「そういう事ですか。了解しましたが、真っ白い動物ってのは、あまり邪険な扱いをした

くないんですがね。しかも秋田犬っぽいし」


 忠犬ハチ公の。


「真っ白で大きな秋田犬、ですか……あっ」


 なんだ? 受話器が落ちたような音が?


「お電話代わりました。秋田犬ですか、一応国の天然記念物なんですがねえ」

「因みに、あきたけん、ではなく、あきたいぬ、が正しい読み方です」


 そうなのか? 知らなかった。


「いや、こちらも通りがかりみたいなものなんで」


 どうやら先ほどの相手の上司っぽい感じだな。

 話が通りやすそうだと思い、簡単に事の経緯を説明する。

 もちろん妖の事は伏せたが。


「ははぁ、そういう事ですか。ではとりあえず首輪をご確認下さい。それで……」

「首輪ですか。確か無かった様ですが」

「……え!」


 ? 何やら電話の向こうが色めき立ったような?


「それは確かですか? それに類する様なもの全て?」

「は、はい。首輪とかそれに類するものは何も無かったかと」

「そうですか……」


 なんだ、この緊迫感? 首輪が無い事の方がまるで重要だという様な?


「分かりました。では、そちらを何時頃にご出立のご予定でしょうか?」


 うわ、なんか急にバカ丁寧になったな。


「今ちょっと取り込み中なんで、それが片付けばすぐにでも。しかし何故?」

「え? ああ、それは当然、こちらがそちらへ向かう都合があるからです」

「途中の獣道で車が鉢合わせになったら、あの道幅ですから、すれ違えないでしょう?」


 ああ、なるほど。よく考えてくれてるな。……って?


「それでは、引取りに来てくれると?」

「ええ勿論ですとも。なんせ天然記念物ですから」

「……死んでますが」

「ああ、それと」


 ここで如何にも大切な事を言うぞ、という感じで溜めを作ってきた。


「その村にはですね、出るんですよ、とても怖い鬼がね」


 オニ? ……ああ、そう言えばあのツノ少女も鬼か。まるで怖くなかったが。


「ですから、日が沈む前にそこから下りた方が良いですよ」


 いや、あんたの物言いの方がよほど怖い。


「出来るだけ努力はしてみますが、どうも泊まりになりそうです」


 今、そう決めた。

 役所仕事の言いなりになるのは気に入らんからだ。


「そうですか……とりあえず、忠告はしましたよ?」


 念押しか。ご丁寧に痛み入る。


「確かに、承りました」


 その後、謝辞を述べて電話を切った。

 電話機のバッテリー残量がギリギリだった。



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