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日本鬼子異聞  作者: 国防省 ◆Oppai.FF16
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第4話・ダブルスパイ

「ケン、こりゃ銀だな。銀の銃弾」


 ふんと鼻を鳴らして銃弾をカウンターの上に置く、行きつけの銃砲店のマスター。


「土産物屋なんかによく有るだろ? アレをもっと精巧にしたものだ」


 キズミ(目に嵌める虫眼鏡)を外しながら吐き捨てる。


「何の為に?」

「魔除けだろ普通。見た事無いのか?」


 白けたように聞き返す、初老の頑固親父。


「いえ、それはもちろん有りますが……」


 マネージャが出張から持ち帰った銃弾。武器検証の部署での検査結果(マネージャが深刻な表情で検査を依頼したらしい)と、この店長の見立てが一致した。

 因みに、その部署での非破壊検査では、内部にパウダー(火薬)が入った、恐ろしく良く出来たレプリカである、という結論だったそうだ。


「これを撃ったらどうなりますかね?」

「は? これを使う? 実際に拳銃に入れてか?」

「はい」


 自分は速攻で休暇に入る為、もし検査結果に問題が無ければ、俺に出張土産として渡して欲しいと言われたそうだ。それはつまり、使えという事なのだろうか?


「弾はもちろん、薬莢まで銀のこの銃弾をか?」

「はいそうです」


 大真面目に頷く。


「おい、ケン……今度のミッションは、バンパイアの掃討作戦か何かなのか?」


 ある意味、凡百のバンパイアなどよりも、もっと厄介な相手なのだが。


「まあ、そんなところです」

「……いやまあ、真面目に答えるとだ、寸法的には問題無いだろうよ。.357SIGが使える

銃ならちゃんと薬室に入るし、ハンマーの衝撃にもパウダーの燃焼にも耐えるだろうさ」

「では、弾を発射出来ると?」


「ああ、多分可能だろう。しかしな、これは恐らく純銀だ。混ざりものが一切無い」

「普段俺たちが目にしてる銀は、ほぼ間違いなく何らかの混ざり物が有る」

「それは多くの場合、耐腐食性も含めた、強度アップの為だ」

「だから、ジャケットも無いこの純銀の弾を打ち出すと、ライフリングの溝で削れて弾道

が安定せんだろうし、なんせ軽いので威力も無い」

「そんなモノを使う必要性が全く分からんな」


「…………」


 一気に捲し立てられてしまった。


「いやまあ、そうなんですけどね。しかし何て言うか」

「?」

「夢が無い、というか萌えない」

「MOE? なんだそりゃ?」

「あー、新しいミッションのシークレットコードです」


 無論、口から出まかせだ。


「……今から部屋に帰る前に、病院か教会に立ち寄ることを勧めるよ」

「そうですね。ありがとうマスター、また今度」



「問題は、これが“発射された後のモノ”という事なんだがな」


 まるでワケがワカラナイ。

 自室のPC机の上、電灯の明かりを受けてキラキラ輝く純銀の弾丸。


 無論、病院にも教会にも立ち寄らず、真っ直ぐ帰ってきた。

 職場で武器検証の担当者からこの銃弾を渡された後、気になってボスに問うてみると、詳細はプライベートに関わる事だからと教えてもらえなかった。


 しかしあまりにも気になったので、ボスのPCにスパイウェア(自作)を忍び込ませ、それにマネージャの出張報告を検索させ、中身から銃弾に関係が有りそうな項目を検出させ、逐一メールにして俺の部屋のPCへ送信させるようにした。


 結果がいま、目の前のディスプレイの中のメーラー画面上に並んでいる。

 全部で10通だ。

 古い順から開いてみた。


  ① トーキョーで電脳少女に出会った

  ② ソードで攻撃されそうだったが、銃は持っていなかった

  ③ しかし銃で反撃した。命中したがダメージを与えられなかった

  ④ コニーの様な娘が欲しいと思った

  ⑤ 排出された薬莢は、使われていない銃弾だった

  ⑥ それは銀色に輝いていた

  ⑦ 自分はソードで四断されたが、まるきり無傷だった

  ⑧ 銃は電脳少女と共に消えた

  ⑨ 銃がガンロッカーに戻っている事は、先ほど確認した


「…………」


 ま、まあ、④はいわゆる文章再構成時のエラーって奴だろう。意味不明にも程が有る。というか、気にしたら負けという奴だろうな。


 そんな混乱する気分を変える為、リモコンでステレオを鳴らす。選曲はランダムで。

 ……うん、アカペラの曲か。こういうのも落ち着くな。

 それで問題は②③それと⑨だろう。この流れの異様さには戦慄すら感じる。これではまるで、マネージャの銃が瞬間移動したと言ってるも同然ではないか?


 それと、③と⑤の流れも謎だ。

 銃弾が丸々排出されたのなら、そもそも命中させ得るモノが無い筈なのに、命中はしたと言っている(ダメージ云々は置くとして)。矛盾の塊だ。


「ふう……」


 っと、そういえばメールは10通有った筈だった。後一つはどれだったか……

 あ、そうそうこれだ。

 ポチッとな。


  ⑩ 銃には、出張前には7発の銃弾が入ってたが、先程見たところ6発だった。


 ……7発の内の1発……それだけが思い通りに当たらない……

 そこで、ステレオから流れている曲が『魔弾の射手』である事に気付いた。


「なんてベタな」


 そう気付くと、他の矛盾もどうでも良い事の様に思えてきた。

 疲れてるんだろうな、早めに寝るか。


「明日も仕事だし」


 はっ、いかん。自分で滅びの言葉を吐くとは。

 こういう時は、思い切り現実逃避出来るサイトでも見て気分転換するに限る。

 思い立ち、ブックマークを適当にクリックした。

 そして立ち上がったのは、日本鬼子のまとめサイトだった。


「おお……」


 サイトでは今、2体目のキャラである『小日本』案のノミネートが終わったところだった。

 どれも劣らずの魅力的な萌えキャラ絵が並べられている(みな申し合わせた様に幼女なのは疑問だったが)。

 この内から後日の投票によって最終的に代表デザインが選出されるという。

 だが、これで1体目の『日本鬼子』の代表デザインが霞むわけでもなく、いやそれどころかますますネット民たちの人気を集めているようだった。


 きっと、ボスの様な狂信者が日本にもいるのだろう。

 それもかなりの数が。


「………………」


 脳裏に、少し虚ろな目をして鬼子の事を熱く語るボスの顔が浮かぶ。

 それで或る意味で現実に引き戻され、ブルーな気持ちが再充満する。

 もういい、PCを落として寝よう。


 ……ここのところ、日本を中心として情報の漏洩が多くあって、仕事が多忙を極めていたからな……



「ルクセンブルクのサーバーを経由して、そこから漏れた、とか」

「日本の、公安当局の資料が」

「かなり重要な内容もあった模様」


「模様、どころか此方でもとっくに入手している」

「ふむ、当然だろうな」

「分析は?」

「太平洋軍司令部に丸投げだ」

「オアフ島がまた煩く言ってきそうだな」

「俺たちの仕事は情報の収集だ」


「中国漁船と日本の沿岸警備艇の接触事件は?」

「あのビデオの漏えいも先週だったな」

「あれは確信犯か、若しくは単なる愉快犯の仕業だろう」

「あんなものを重要視する意味が分からないな」

「あんなもの、とは、つまりそのビデオも?」

「9月の時点で入手済みだ。三隻から撮った延べ十時間分、全てな」

「無論、オフ・リージョンだ」


「しかし最近緩いな」

「ああ、それも日本を中心として」

「日本は昔から緩いだろう? 何を今更」

「先週は特に酷かった。まあそれで、うちらも大忙しだったわけだが」


「日本にいま何が?」

「それはネット上のシステム的な問題なのか?」

「さてな。ケンはどう見てる?」

「…………」

「おい、ケン!?」


(コールさん、ケネス・コールさんっ)


 隣に座っている、情報システム局の女性に揺り起こされる。


「ふぇ、ふぁい?」


 女性の顔を見る。若い。銀髪・緑眼の端正な顔立ちが困惑の色。

 起こしておいてこちらを見るな、か? どういう事だ?


「どこ見てる、こっちだ、ケン」


 ボスが会議机の向こうから怒鳴る。

 マズい、週初のミーティングの途中だった。50名ほどの局員たちの視線が集中してる!

 所定のテーマが消化され、雑談に移ったところで気を抜いたのが拙かったか。


「お早う、ケン。まさか夕べは二人でお楽しみだったのか?」


 出向元の、情報システム局の局長の嫌味に漏れる失笑。五十人分だ。

 その中で隣席の女性が赤面し俯く。おいおい、それじゃまるで本当に……


「そのような事実は存在しません」

「システム的な問題では無いと?」

「え……?」


(先週の騒動について尋ねられています)


 隣の女性からフォロー。


「あ、えっと、私見ながら今週のAPECに向けてのセキュリティ改善の隙を突かれたと

考えます」

「広義に於いては、システム上の問題と言えなくも無いかと。無論日本の、ですが」

「なるほど。では先週の、中国からのサイバーテロ騒ぎは?」


 情報システム局の局長、ズバリ国名を。流石に歯に衣を着せない。


「あれは、その」


 ボスを見る。しかめ面を作った。黙ってろという事か。


「強烈なトラフィックでした。外部からの更なるアクセスすら弾くほどに」

「故に時間を稼げ、その間に対応するコードを作成・入力出来ました」

「ほう、あの短時間でか」


 局長の目が光る。


「何かスペシャルな出来事もあったんじゃないか?」

「い、いいえ、他には何も」

「まあ、そのくらいにしてやって下さい」


 ボスの助け舟。


「それに、情報局の局内機密というものもありますので」

「ミスターアフレック、彼は元々、我が情報システム局の人間なのだが」

「彼の出向期間はあと22ヶ月残っている。問題無い」


 情報局の局長。

 つっけんどんな物言いに場が白け、ミーティングはそのまま解散となった。


 ミーティングルームを出て廊下へ。

 各々の仕事場へ向かうちょっとしたトラフィックの中で、先ほどの女性に声をかける。


「さっきはありがとう、ミス……」

「ユリア・イェンテと申します。今年度の新規採用で入局致しました」

「あ、私は」


 って、もう知ってるのか。しかし何故?


「存じ上げております。うちの部署では有名ですよ。日本通であるとか、有能なソフト

ウェアエンジニアで仕事が速いとか」(He is quite a fast worker)

「女に手が早い、も追加だな!」(with women!)


 システム局の局員が、通り過ぎざまに囃して行く。


「違いますよお~」


 局員を追おうと体の向きを変えるが、顔はこちらに再度向けて。


「また今度、コールさん」

「ケンでいいよ」

「じゃあ私もユリアと呼んで下さいね、ケン」


 少し照れた顔で。そして今度こそ廊下の向こうへ歩き出していく。


「ユリア、仕事頑張れよ!」(Break a leg!)


 俺も行くか、と体の向きを変えたところで、正面に恰幅の良い人の体があった。


「寝てんじゃないぞ」

「うわ」


 避けようとして不自然な足運びとなり、足首を捻ってコケそうになった。


「大丈夫か? そんなに夕べは激しかったのか?」


 ボスだ。ベン・アフレック45歳。別名下ネタキング。俺の肩を掴んで支えてくれた。

 同じ局の人間は数ヤード向こうに去りつつあり、傍からは、上司が部下に親父ギャグを注入してる構図に見えるだろう。


「いいえ、そんな事は」

「夕べ泊まったのは、ホテルカリフォルニアなんだろ?」

「だから何をいきなり」


 それは隠語で、スパイ活動の意味も有る。……まさかユリアがシステム局のスパイだと?

 しかし、ボスは趣旨が伝わっていないのかと言う表情で、こう続けた。


「ああ、聞いたところによると、彼女の実家はラングレーにあるそうな」


 今度はズバリだ。つまり彼女は某諜報機関(CIA)からの回し者だと。


「……じゃあ下手に手を出すと、彼女の父親から撃たれそうですね」

「そういう事だ。とりあえず注意しておけ」(keep your eyes open)


 こう言っては何だが驚いた。ボスも普通のジョークを使う事が有るのだと。

 それは実に鮮烈な――



 そう、鮮烈な風景だった。

 山深いところに在る廃村。その中の最奥の一軒。大きな屋敷。

 三十数年使われていないと説明された其処は、しかし予想した廃墟とは全く違っていた。

 それはあたかも、つい今しがたまで誰かが居た様な。

 待てよ、これじゃまるで……



 左に谷川、右に山の細い道を登る。自慢のワンボックス車の幅ギリギリだ。

 舗装はもうだいぶ前に途切れた。今は轍すらない砂利道だ。

 この山の手前の里、その一番山側の民家で確認したので間違い無い筈だが、それでも少し不安になる。それほどに山深いところへ向かっている。もしこれで間違いだったら?


 しかしそれは杞憂と分かった。上り道が下りに変わってすぐに、茅葺き屋根の数軒が木々の間に見えたからだ。


 俺はハウスキーパーだ。


 所謂ところのメイド長ではなく、主に別荘の保守や修繕などを行う、不動産屋の外注だ。

 そして今回は、客が以前暮らしていたという山里の家の確認を依頼されたのだ。


 停車し、渡されていた村の大雑把な手描きの地図を見る。

 確かに此処だ。谷川や囲むようにある山、その他の家の数・配置などが一致する。

 道は、その村に向かって緩やかに下っていた。


 嘗ては田畑だったであろう荒地を両脇に見つつ、最奥の大きな屋敷に到着。

 車を降り、低い土塀で囲われた屋敷の門をくぐる。門扉に鍵は無かった。

 広い庭を通り、玄関に辿り着く。表札を確認。古い板に墨書されたそれは、年月でかなり滲み翳んでいたが、確かに依頼主のそれと同じ『緋ノ元』と読めた。


 巨大な家だ。この母屋だけでも幅が20mは有る。

 大きな茅葺きの屋根は、平屋ながら高さが2階建てのアパートに匹敵した。

 左には二階建ての高さの蔵、右にも同じ高さの納屋が有り、さらにその右には風呂場らしいものが見えた。

 更に驚いたのは、此処には廃墟に有りがちな荒れた雰囲気が全く無い事だ。


 違和感の原因はすぐに分かった。

 雨戸が無いのだ。黒光りする広い縁側と障子、それが少し開いた奥まで見えている。


「ごめんくださーい!」


 障子の奥に向かって呼びかけてみる。

 返事は沈黙。

 三度同じ事を繰り返したが、結果は同じだった。ただ、お昼頃の穏やかな秋の日差しと、空から鳶の呑気な鳴き声が聞こえた。


 ポケットからデジカメを取り出し、とりあえず周囲を撮影しておく。

 塀や家の壁は殆ど傷んでおらず、庭の砂にはたった今付けられたかのような箒の後まで。


 意を決し、玄関を開けてみる。

 ガラスが嵌められた木の引き戸は、或る意味予想通りに軽く開いた。

 中は薄暗かった。


 目が慣れてくると、玄関の内側は広い土間で、それをL字型に板の間が囲んでいた。

 その奥にも八畳ほどの板の間が。

 もう一度奥に向かって声をかけ、その板の間に上がってみた。


 そこには、床と同じ黒光りする板で出来た大きな水屋と大きな食卓、そして驚くべき事

に、その上に料理とご飯が盛られた幾つかの漆器が並べられていたのだ。

 しかもそれらは湯気さえ立てていた。


「待てよ、これじゃまるで……」


 そう、これではまるでマヨヒガじゃないか。この21世紀に!


 その直後何かの気配を感じ、目線を上げた。

 そこには黒い水屋があり、そのツヤのある板面に、背後の景色と赤い着物を着た少女の影が映っていた。


 その少女の頭には、二本の小さなツノがあった……




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