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日本鬼子異聞  作者: 国防省 ◆Oppai.FF16
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第1話・日本鬼子現る

このラノベもどきを、日本鬼子の発案者である鬼子ちゃんちゅっちゅ ◆wgtXDfHaPLUF氏と、全てのオーディエンスに捧げます。

 2010年10月某日


「おいケン、今週のレポートは出来てるのか?」


 窓の無い広いオフィス、ボスの催促が響く。


「あ、はい。……今サーバに上げました」


 ボスの席に行き、ファイル名を伝える。


「ふむ、今日は何やら手こずってたようだが……が?」

「…………」


 数十人の部員が忙しく働き騒然としてるフロアで、俺とボスの周囲だけ時間が止まった。


「……なあケン」

「イエス、ボス?」


 開いたファイルを見て絶句するボス。それに対し、分かってるという意味を込めた返答。

 かけているメタルフレームの眼鏡の中心を左手の人差し指でクイと持ち上げて、その後に続く言葉を待つ姿勢を示す。


「ふむぅ……俺が日々の忙しさに未だ壊れてないとするなら、ここには、日本に新たな擬人化キャラが誕生した、と書かれてる様に見えるんだが?」

「貴方は未だ壊れていませんよ、ボス」


 つまり、壊れるのはこれからだろうから。


「しかし何故、反日デモでの常套句に対するアンチテーゼが擬人化なんだ?」


 それは俺もそう思った。最初は。


「しかも、作成にあたって、かなりの人数が手弁当で参加している、と……」


 読み進めるボス。その表情が徐々に愉快なものに変わる。


「なんと言う事だ、金楯を作動させた上で尚、中国のネット民に影響を与えてるのか」


 参照で貼っておいた、中国の某掲示板の書き込み(英訳)を見て笑うボス。


「ハハッ、おい見ろよケン、こいつなんか早くも負けを認めてるぞ?」


 愉快そうに笑う。


「何故こういう展開になるんだ? いや大変興味深いが」


 そう、これはある程度共有出来る文化を持った者同士でないと通じないアイロニー。


「ふむ、つまりあれだ、ONIという単語が日本と中国では別の意味を持っている、という事を逆手に取ったって事なんだな?」


「はい、私もそういう理解をしております」


 レポートも、同じ意味合いで締めたしな。


「しかし、今回の件は発見が早かったな。どうやったんだ?」


 ネット上から、軍事や兵器に関するワードを検索し報告するプログラム/ロボット。それが『薙刀』という単語に反応・報告によって得た情報だ。実は先週の末から知ってたが。

 その旨をボスに伝える。


「うむ、キミの自作検索ソフトが大活躍した、というワケだな」


 ボスの笑顔が徐々に薄くなる。


「そして今週の勤務の殆どは、そのヒマ人達のやり取りを閲覧する事に費やされた、と」

「イ、イエス、ボス」

「おおぅケン。この国防総省は、国民からの税金で運営されているんだぞ?」


 そして素の表情から落胆方向へと変化していく。

 少し大袈裟なジェスチャーと共に。


「無論まだ若いキミの給料もだ」

「イ、イエス、ボス」


 そう返事するしかない。


「……ふむ、まあいい。来週はAPECの終了を受けて、我が東アジア地域戦略部も忙しくなるぞ。今日はもう帰って良し」

「イ、イエス、ボス」


 結局、最後の方はそれしか言ってなかったような気がする。

 ……まあ、こうなるとは思ってたが。

 そして未だに東シナ海の一件で大忙しの中国担当達の恨めしそうな顔を横目に、帰宅の準備をした。


 まだ朝と言える時間。国道。

 出勤途中で込み合う対向車線を横目に、快適に車(中古のBMW)を走らせる。

 途中のファストフード店で食事を済ませ、自分の部屋の有るアパートメントに帰り着く。

 車を地下の広いが薄暗い駐車場に止めた。


 26歳の独身男性には-我ながらそう思う-不釣合いな広い部屋。

 シャワーを済ませ、机の上のステレオに火を入れクラシックを選曲する。

 屋に満ちる穏やかな旋律。先ずは田園の風景から。

 しばしの間、淹れたてのコーヒーの香りと共にそれを愉しんだ。


 ステレオの横にあるデスクトップPCを起動し、仕事中は全く見れない国内のニュースに目を通す。

 相変わらずグダグダな政治の話と、煮詰まって退屈なプロスポーツばかりだ。

 辟易し、もっと興味のあるものに切り替える。


「投票が締め切られるのか」


 仕事で追いかけていた、日本の或るサイトと某掲示板。そこでは、件の擬人化キャラの最終案が今まさに決定しようとしていた。


「しかし分からない……」


 俺は学生時代に数年間日本へ留学した経験があり、それなりの日本通と言われている(事実、わが国の国防総省でも日本の情報収集担当になっている)しその自負もあったのだが、それにしても最近の日本の変わり様には舌を巻くばかりだ。


「何故こんな露出の少ない服装の案がトップなんだ?」


 MOEという感覚も理解はしていたつもりだった。それは少女が偶に放つ、年に似合わない色気の事だと。 しかしこの擬人化案の中では、そんなテンプレ的なモノには人気が無い。


「しかも、最初からある程度デザインが決まっている」


 まるで事前に申し合わせていたかのように。そうでなければ、6日間/140点の案が、ごく初期のものを含め、ここまで似通ったものになるはずが無い。

 今現在トップの案も、ごく最初の頃に出されたものだ。


「それなのに、何故こんなまわりくどい事を。まるで祭りのように」


 もうここまで2位との差が開けば、さっさと決めてしまえば良いものを、と思ったところで、不意に『祭り』と『祝福』という言葉がイコールで繋がった。

 理由は無い、ほんの思いつきなのだが、それがこの騒ぎの本質を顕してる様な気がした。


「そうか、『祀り上げる』のか」


 敢えて票差を付ける事によって、トップの案に重みをつける。その重みがキャラクタの厚みに代えられるとしたら? そしてそれが神による祝福と同義なら?


「なるほど……」


 日本人は基本的に無宗教だ。しかし宗教的な発想を全くしないわけではない。

 方向が真逆なのだ。俺たちが神から何かの恵みを期待する時、日本人たちは神に何かをしようとする。彼らにとって神とは、俺たちの認識とは別のものなのだから。


「同じ単語でも別の意味を持つのか」


 今回の一件に共通するフレーズ。この段差は、軍事戦略にも有効な事は今日のレポートにも書いた事だ。そう俺自身が!


「来週、ボスに相談すべきだろうな。いや今すぐにでも?」


 と思ったところで鳴る携帯電話。……必要な時に限って余計な電話が入る、まったく。


「ケンか? 休んでるところスマンな」


 意外にもボスからだった。彼ももうすぐ帰宅の時間だろうに緊迫した口調。

 嫌な予感。


「イントラが例のアレでトラフィックだ。悪いがすぐに来てくれ」


 例のアレ。省内ネットにトラフィックをもたらすものと言えば、最近猛威を振るっている中国由来のサイバーテロ。擬人化案が決まりそうな時に。


「分かりました、すぐ参ります」


 電話を切ると、クラシックが魔王の襲来の場面に切り替わっていた。


 車を飛ばし仕事場に着く。駆け込んだフロアでは部員たちが為すすべなく呆然としていた。


「ケン、こっちだ!」


 ボスに呼ばれ、ボスの席の後ろにあるサーバーマシンルームへと入った。

 四方向ガラス張りで棚が設えてあり、十数台のサーバーマシンが唸りをあげている。


「これは……酷い」


 コントローラ端末の席に着きつつ、素直な感想が漏れる。


「なんとかなりそうか?」


 質問には答えず、先ずは即効性のある(と思われる)対応データを打ち込んでいく。

 このサイバーテロの特徴は、予め送り込んでいた一見無害なデータを時間で結束させ、それに稼動命令を出すプログラムを送り込む事により稼動するというもの。

 それは、仕込んだサーバを中心にしたPC端末間の通信を無効化させる。我々はこれを中国に因んで『虎』と呼んでいた。


「今日の虎はしつこいです。最悪サーバを止めるしかないかも」

「そんな、なんとかならんのか!?」


 途中でサーバを止めると、後の復旧が大変な事になる。それはゴメンだが、このままではサーバが物理的に(異常に発生した熱により)破壊される危険性すらあった為、苦渋の判断だ。


「中国人民達に言って下さい!」


 全く、連中は今回、一体何人を動員して来てるんだ? こりゃ100や200じゃないだろう。


「ファッキン!」


 毒づくボスの向こう、部員たちのPCからも湯気の様なもの(いや、現実には異常な不要輻射による磁界のレンズ効果なのだろうが)が立ち上り始めていた。


「ボ、ボス、あれ……!」

「ん? ア、アレは何だ……?」


 PCから立ち上っていた揺らぎが集まり、全長5mほどの動物のような形になっていた。

 それは金色の毛を持つ、そう『虎』だ!

 それがフロアの中を縦横無尽に走り回り、PCやその他の電気製品に火花を起こさせる。

 しかも、他の部員たちには(恐らくは光の角度の都合なのか)それが見えてない様だった。


「ケン! あれも虎だ!!」


 立ち向かおうとするが、角度が変わると見えなくなるのか、すごすごと元の位置に戻るボス。


「ボス、実は自宅で考えてみたんですが」


 慌しくコードを打ち込みながらも、ボスに話しかける。


「なんだ?」

「この度の日本での擬人化の件、アレは特別な意味が有るんじゃないかと」

「なっ、そんな事いまは関係ないだろう!?」


 今までの擬人化と言えば、最初にモノが有る状態だった。今回の様に言葉とか概念を擬人化するケースは稀だった筈。しかもこんな大規模で。


「関係、無くはないですよ」


 この部署のPC環境は、あまり大っぴらに出来ないハッキングを含めて、日本を中心とした東アジアのネットが模された状態になっている。だから、日本のネットも今現在、かなりのトラフィック状態になっている筈だ。

 ……それなら。


「一縷の望みを託してみます」


 初音ミクも東方も、ベースになるデザインが最初にあった。それから二次創作が爆発的に増えていった。しかし今回の擬人化は、先ずベースから作り出そうとしている。

 それはまるで神を創造する様に。いや、自身が神になるのだろうか? まあ兎も角。


「ちょうど時間の様ですから」


 それは件の擬人化案の投票が締め切られる時間。時計を確認。何とか間に合ったか。

 サーバに無理矢理突っ込んだブラウザを立ち上げ、投票会場になっているサイトへ接続。

 そこでは丁度トップが決定した瞬間だった。あのスタンダードな着物の娘が。


「そこに集まってる人間に応援を頼みます」


 擬人化の絵を中国へばら撒けば、ある程度沈静化させることも可能かも。

 逆に言えば、もうそんな事くらいしか頼れるものが無い状態だった。


「な、なるほど……そんな事が」


 ボスが、出来るのか? と発音しようとした瞬間に、サーバから湯気の様な揺らぎが立ち

上り、その中に黒髪ロング+赤い着物の少女が現れた!


「でっ!?」


 あれは、たった今決まった擬人化案のトップの娘!

 その娘は、暴れている虎に狙いを定めると一気に飛び掛り、持っていた薙刀で十字に切り裂いてしまった!


「きっ?」

「!!」


 途端に正常な状態に戻る、PCやサーバ。

 事情の分からない部員たちは、皆一様にキョトンとしている。


「…………」


 机の上に立ち、虎が消えた事を確認した後、僅かに振り返ってこちらを見る赤い着物の少女。


「なっ!」


 消えてしまった。


「ア、アルカイックスマイル……」


 あまりの事に床にへたり込んでいたボスが絞り出すように。それは東洋の神秘。我々が未だに理解出来ない謎の感情。

そ の、よくよく見ないと分からないほどの薄い笑みを残して、その少女も消えた。


「……なあ、ケン」

「は、はい」

「あれが、『日本鬼子』っていうものなのか?」

「イ、イエス、ボス」


 そう答えるのが精一杯だった……




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