春の温風
俺達はどこに向かっているかも分からず路上を歩いていた。
「ほんとに何もないのねこの世界」
「確かに歩いてもあるのは、田んぼか畑、そして茂った草むらに奥には森」
犬川は首をかしげて唸っている。
「どれくらい歩いたっけ?」
「わかんないけど、一時間位歩いているような気がする」
腕時計もないのにそんな質問を口にするとは。
頬をかする温風。体に合った気温。この世界季節は今、春だろう。しかし、道に花がひとつも咲いていないのが気になる。
「さっきから同じ所を歩いているだけのような気がしてきた」
「よくあるよね、それ」
確かにずつと同じ景色な気がしてきた。
風がふくたびに犬川の黒髪がたなびく。とてもきれいな黒髪。
「一定の間隔で風がふいてない?」
「え?」
きれいな黒髪を見ていたので不意をつかれて返答が遅れる。
「どうしたのぼーっとして」
「いやなにもない」
俺は視線を逸らしてしまう。
「森に入りましょ」
「何で?」
「分かるわよ、いずれ」
そう言って犬川は森のある方向へ歩み出す。
「志乃も来て」
俺は森の前に立った犬川に歩み寄る。
「ここにある雑草に触ってみて」
俺は言われた通り雑草に手を差し伸べる。あれ?平面になってる。
「分かったでしょ」
「壁だから押せば倒れるかも」
「しかし何で分かったんだ?」
「風よ」
「風?」
「風がふいていたのに森の前の雑草は揺れていなかった」
そういうことか。全然気がつかなかったけど。
「私たちは閉じ込められてるのよ」
俺たちの歩みはすべて意味のなかった事だと知るとなぜだか悔しくなってくる。
俺はこの壁を押し倒そうと決意した。




