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二十一世紀頼光四天王!

二十一世紀頼光四天王!〜屏風の姫君。

作者: 正井舞

卜部は美術部と放送部を兼部している。剣術は渡辺に教えてもらい、実家の祖母が書道家で、ならば彼に必要なのは咒を描く際のデザインセンスと咒を唱える際の声を鍛える事だ。

弓の名手として知られた卜部季武だが、和弓は現代では持ち運びが難しく、また碓井のように自分で組み立てたり組み上げたり出来る大鎌とは少々勝手が違う。渡辺綱の鬼斬りは実は所持に銃砲刀剣類登録証を所有者変更届等を手続きしてあるが、所持する人間の年齢が年齢なので事の次第は手間がかかっている。

「焼失した屏風、ですか?」

都内の、歴史あるというには新しい、しかし創立何年と懸垂幕が掛かる事はある学校は、私服登校が可能で、部活動も同好会も選択授業も豊富。式典には標準服と呼ばれる学蘭やセーラー服を指定されるくらいの割と自由な校風を渡辺は気に入ったようで、それを追うように入学した卜部は、偏差値が泣いてるよ、なんて頼光にからかわれたが、自称渡辺先輩のナンバーワンファンの位を持つくらいには学校生活を楽しんでいる。都内と言ってもどちらかといえば駐車場のあるコンビニや田園もある、碓井が通う進学校に較べれば田舎である高等学校は小高い丘の上にあり、夕陽が林の中に消えていく様は幻想的で、卜部は美術室から見えるその風景がとても好きだった。

文化祭は秋であるが、出し物はそろそろ決めなくては、と顧問教師は顎をさすった。

「個人展示ならね、今のままでも大丈夫。」

「新しいキャンバス部費で下さーい!」

「文化祭用だよね?」

「うぐっ。」

そいうった戯れもあり、君は、あなたは、と顔を見合わせ今年も個人展示で結論が出そうであろうな、と卜部が察する頃、卜部先輩は水墨画、と隣にいた女子生徒に首を傾げられた。

「はい、裏打ちも額装も自分で出来るところまでやろうかと。花園さんは?」

その名の通り花咲くような少女はしかし、その名前から何か縁でもありそうですね、と卜部は邪推しそうになる。鬼に嬲られた記憶など無いに限る。

「日本画って、時間掛かる?」

「えっと、物によるかと・・・花園さんは普段は油彩水彩ですよね?絵の具の質や描き方も少々勝手が違うので、どうでしょうか・・・。」

ううん、と唸った卜部を少しのほど観察したらしい花園は、はい先生、と挙手をして。

「関東大震災で焼失したっていう、屏風を再現してみるの、面白いと思います!」

「屏風絵かい?」

「そうです!えっと、四枚セットなんですけど、関東大震災で一枚焼失しちゃった、っていう。」

なにそれ、聞いた事無い、と洋画を中心とする面々はあまり乗り気でなさそうで、巻き込まれるように卜部は睨まれたが、はてさて、と肩を竦めて顧問の様子を見た。

「うーん、難しそうだけど、そうだなぁ。和物画材、面白いと思うよ。複製を作る、という感じになるかな、チームで屏風図一枚、四つチーム組んで、うん、これならいけそう。」

げ、採用された、まじで、とブーイングめいた声は、油彩画ばっかりやって日本画の魅力忘れちゃ元も子もないでしょ、と顧問に言いくるめられた。彼は選択授業でも二年生には日本画を中心とした話をしてくれる。

案の定花園は他の部員からハブにされ、仕方が無い、と卜部がチームを組む事になった。別段デッサンや油彩画には興味の無い彼である。

「良かったんですか、花園さん。」

「敬語良いですよぉ、卜部先輩。」

「いいえ、これ癖なので。あと、敬語ではなく丁寧語です。国語は大丈夫ですか。」

「先輩の意地悪ー!」

憤慨した花園と戯れる卜部は、本当に少女漫画の浪漫から出てきた美青年と美少年の狭間の実に魅力ある男であって、コットンシャツとジーンズのシンプルな格好が清潔だ。墨汚れを防ぐ黒いエプロンを取って美術室内のロッカーに入れ、下校前に必ず剣道部が稽古している道場に寄る。

「渡辺先輩、ってうあ!?」

「きゃああ!!」

ダアン、と畳に叩きつけられた音に卜部は柄になく、花園は勿論悲鳴をあげ、何故か柔道着で合気の待ち型をやっている渡辺に、剣道部連中が声をかけた。

「綱くーん、たけちゃん来たよー。」

「渡辺、お前もう卒業したら自衛隊入れよ・・・。さっきコンサバ食らった俺が言う。」

「ヤダ。憲法改正とか煩いもん、今。」

ふう、と丹田から息を逃した渡辺は、よう、と卜部に気安く手を振って、隣の女子生徒に切れ長の目を眇めた。

「綱、目が怖いです、目が。」

「ああ、すまん。どこかで見た顔だ。」

「美術部の後輩です。」

「あっ、花園です!」

こここのひと怖いよぉ、と顔を真っ青にしている花園は、しかし健康的で化粧っ気の無いにも花の綻ぶようなくちびると潤みのある瞳が可愛らしい少女で、名を聞いた瞬間、ふわりと渡辺の表情少ない美貌に笑みが浮かぶ。

「どうも、たけがお世話に。」

「いいええ!こちらこそ!」

そうして卜部は美術室で起こった少々の困った事象を話し、焼失した四枚目にまで話が及ぶ。

「あー、俺、昔っから理系だから、さだのが詳しいんじゃないか?」

「げ、あっちまで行かないと駄目ですか。俺、あの高校苦手なんですけど。」

「さだの友達だって言えば案外入れるよ。」

「はあ・・・。」

んじゃ頑張れ、と、先輩こそ、と遣り取りし、花園がぺこんと頭を下げた。肩口より伸ばされた黒髪は細く、だからこそ美しく輝いた。

「あのぉ?」

「例の屏風ですよ、詳しい方がいるんです。遅くなりますかね、花園さんはどうします?」

「あ、詳しいお話聞けるなら聞きたいです!」

「では、念のためにお家に連絡を。少しのほど電車に乗りますので。」

何処へ、と聞いた花園は、告げられた学校名に眩暈がした。それほど一般人には常軌を逸する偏差値とカリキュラムの高等学校であったからである。何故か合皮の手袋をはめて携帯電話を取り出した卜部は、どうも、貞光、と遣り取りし、許可取れました、と携帯電話を仕舞って手袋を取った。

「花園さん、連絡し無いでいいんです?」

「はい、大丈夫です。お家のことは私がぜーんぶやってます!」

あ、誤解しないでください、と学生の帰宅に混雑する電車内で花園は慌てたように手を振って。

「うち、父子家庭なんです。私は一人っ子で、父の帰りも遅いし。洗濯とか、ご飯とか、その辺私のペースで出来ちゃうんですよね。」

「・・・それは、大変では・・・。」

「大変ですけど、気楽なんです。」

「それは、何より。」

なんと言えばいいのか迷った卜部だが、花園はにっこりと微笑み、大変だけれど、と前置きをしつつ、その生活は楽しいものであると言える彼女に卜部はつられ微笑んだ。混雑に無意識に庇えば、ありがとうございます、と俯いた耳元が真っ赤になっていた。

「碓井貞光の友人です。えっと、身分証明は学生証・・・花園さん。」

「おー季武、女連れたぁ珍しいねー。」

入構許可書を受け取る守衛室前、上品な黒いブレザーとスラックス、古代紫のタイは時代の流行に乗って少しのほど細身だ。

「失礼ですよ、貞光。こちら、俺の後輩です。」

「ははは、花園です!」

眼前に見る学力的雲上人に彼女は目を回しそうであり、まあ来い、と碓井は本校舎の事務室に二人の入構証を確認させるとそのまま別館らしい建物に入った。

「図書室?まさか。」

「そのまさか。複製画とまではいかんが、その絵の構図の覚書があるんだな。」

きしきしとチャシェ猫のように笑った碓井は美術史の棚から一冊の分厚く縦も横も長い本を取り出した。装丁は深緑でタイトルは無いが、著者名の一人の苗字が碓井だった。

「これ、俺のひいひいじいさん。」

「すっごいですね!」

「まあな。」

に、と歯を見せて笑った碓井は実に年相応で、本人でしょうが、と非常識なツッコミは野暮な気がして。三人で覗き込んだのは前もって碓井が用意してくれていたその屏風に関する構図覚書と使われた色彩だ。

「凄い・・・!」

「確かに四枚ありますね。」

「記録によるとだな、女子校に寄付された物だそうだ。作者は不詳。関東大震災による火災で一枚が焼失。残り三枚も消化の水や火災の煙であんま良い状態じゃねぇな。復元された物はここの美術館で今も復元真っ最中・・・こっちな。」

美術館の図録のようになっているそれには、三枚は素人目、立派に復元されているようだが、卜部の目には描かれた人物や風景に未だ煤が残っているのが判った。コピー頼んで来てやる、と碓井は司書に向かい、あら碓井さん、美術史なんて珍しいね、とコピーは快諾してくれた。

「団欒図のようですね。」

花園がぼんやると、熱に浮かされるように言った。

竹林には舎人と思われる二人、二枚目には狩衣姿の男が二人、筆と冊を持っており、三枚目には衣冠の男と女房装束の女。現代に置き合わせると父と母にその息子が二人と通りすがりか使用人が二人。そして三枚目にも描かれている桜の爛漫に咲いた枝は覚書にある四枚目から枝を伸ばし、一人の少女が嫋やかく描かれている。

「ほれ、フルカラー。」

「ありがとうございます、貞光。」

「あっ、ありがとうございます碓井さん!」

いえいえお安い御用、と自分にもコピーを貰ってきた碓井はその記憶を辿るようでもあった。

「女の子・・・。」

「記憶、記録に寄ると、紅い衣の可愛らしい女の童だったそうだ。」

あぶね、と舌を出した碓井を卜部は視線で窘め、そうですか、と。お世話になりました、と頭を下げた。

「美術部展示か。見に行くぜ。」

「金時も一緒ですか。」

「おう。綱はどうだ?」

「柔道部を千切っては投げ・・・。」

「把握。森林浴にでも行かせるか。次の休みは・・・綱と金時次第か。」

「あっあの!」

図書館での密やかな雑談に、花園が控えめに声をかけ、おう、なんですか、と二人が振り返ったのに安堵したらしい。

「どちらの学校に寄付を?どちらの家が・・・?」

聞かれると思った、と上機嫌に碓井は司書室で借りてきた本を捲った。

「お前らの学校、丘の下に女子校があったんだ、大昔な。今でも年寄りは覚えてるかも知れねー。寄付はその家の勲章だからな、あった、これだ。藤井家だな。創立十年記念で寄付、とある。」

「その藤井さんというのは・・・?」

「それは解らん。直後に震災の混乱だ。焼けたか、残ったか、まだ大戦二つあるからな、本来はもっと枚数があったかも知れねぇし。やっぱり焼けたか、家を捨てて疎開したか。運が良ければ転居届が役所に残る・・・が。」

「そこまでは少し解りません、か・・・。」

はあ、と諦めの溜息を卜部は吐いて、そうですよね、と花園も同意した。

そうして今度は会社員の帰宅ラッシュに花園を女性専用車両に押し込んだ卜部は自宅の最寄りで交換したばかりのメールアドレスに、今日は有難うございました、と礼が届いている律儀さに微笑み、あら良い事あった、と帰宅を告げた玄関で母親に微笑ましく見守られ、精神年齢の年甲斐の無く、赤面してしまった。

『やあ、季武。』

「こんばんは、頼光。」

ほよんほよんとパソコンからの呼び出し音に、いちいち取り出すのも面倒だ、とグローブを付属にしたマウスを動かせば、久しぶりに太古の上司兼今生友人が顔を出した。

『すまない、俺はおはようだ。ところで屏風をやるんだってね?』

「ちょ、あんた何処にいらっしゃるんですか。・・・はい、日本画です。先生が詳しい方なので、俺はそんなにする事無いですね。」

確かに画面の向こうに見えるオーク壁の窓は白く、卜部の部屋の窓のカーテンの向こうは夜闇色だ。

『僕が一度見た事があるよ。』

「鬼の頼光君がですか。」

『俺はあの頃は今生は良いよ、と思っていたから。僕が言うには、注意しておけ、あの女の童は魅入る。』

「魅入る?魅入られる、ではなく?」

魅入られる、虜にされてしまう、よく聞く文句だが、魅入る、とは。

「まあ、気をつけておきます・・・。」

『ああ、ではおやすみ。三問目の和算、一つずれているよ。』

何故わかるんでしょうねぇ、と嘆息しつつワークブックを捲れば確かに証明二行目から二足す三が六になっていて頭を抱えた。

「卜部先輩、凄い不思議な夢を見たんです!」

朝練を終えた渡辺と談笑して周囲の女子生徒の目の保養となっていたホームルーム前、昇降口で出会った花園がまるい頬を薔薇色に紅潮させてきゅっ握り込んだ拳を細かく震わせた。渡辺が見やった広い視野は冷ややかな女子生徒の顔も認めてあり、先行く、と素っ気なく去った。つーなおっはよー!とその背に飛び付いたのは白山だった。ぎゃんぎゃんきゃんきゃんと犬と猫の喧嘩のような微笑ましさに、次々と男子生徒が合流し、適度に女子生徒も声を掛けて返されて、朝からそれだけで幸せそうな学生達は。

「筆を、筆を入れる夢でした・・・っ!私があの女の子に筆を入れているのに、あの女の子は私で・・・!」

魅入る、とは。

なんということだ、と卜部は立ち止まり、先輩、と気遣わしげに振り返った花園に、言わなければ、と思った。それはいけない、魅入られている。魅入っている。現実と空想の区別が曖昧になりそうになる。

「花園さん、今日は俺、放送部の会議を終わらせてから行きますので・・・。」

「はいっ!碓井さんから頂いたコピー、原寸大にして下書きを作って・・・。」

いいえ、と制した卜部は真っ直ぐに彼女の瞳を見て。

「岩絵の具や泥絵の具の使い方を、一度きちんと顧問の先生に聞いておいてください。俺は顔彩は使いますが、水墨画しかやったことがないので。」

「あ、はい。」

些か勢いを削がれたかと思いきや、しかしあの少女を描きたい、桜の枝を掲げて微笑む紅い衣の少女を桜を、そのちいさな背はあの屏風に描かれた風景を団欒図だと言った。卜部は仕事風景だと思った。碓井は冷静に、身分差を分けてある、と断じ、構図が素晴らしいね、とは頼光の言で、描かれている食材が豊富だと言ったのは坂田。文化人の風流だな、と首をかしげた渡辺と、絵画の鑑賞とはそれぞれの感性が物を言うのであり、だからこそ、花園の姿勢を正しいと、悪だと断じるのは難しいけれども。

「あの女の童、一度様子を見ますか・・・。」

授業中にふとそう考え、昼は渡辺と白山と弁当を屋上で。

「そういえば先輩方、藤井という家をご存知ですか?」

雑談の中、あのボロ屋、と首を傾げたのは白山だった。

「え、ぬい、知ってんの。」

「うん、近所だもん、花園さんもご近所よ。」

てか同じマンション、と白山は卜部の弁当箱から卵焼きを盗み取り、こらぁ、と渡辺に叱られる。卜部の卵焼き出汁効いてて旨いの、渡辺んちのはほうれん草入ってて面白い、と自分の物は購買のハムエッグサンドで、今朝早くなってっからオカンどうしてもねー、と苦笑した。仕方ないこれやる、ときんぴらごぼうを食わせてやるあたり、渡辺は大したツンデレだ。

「どの辺りか・・・。」

「マンションの裏手通りすぐ。すっげーボロ屋だからすぐわかるよ。」

「わかりました。ありがとうございます、白山先輩。」

「綱の可愛い後輩だもん、良いってことよー。」

ぬい黙れ、と渡辺はその口に俵握りを放り込んだ。

放送部が来週の放送で何を特集するか、これはいっそ毎週金曜の慣わしのようであり、来週も恙無く一般生徒からのリクエストを放送することに決まる。毎週水曜の放送MCは卜部だ。

「花園さん、藤井家が何処にあるか、分かりました。」

「えっ。えっ?あ、お会いできます!?」

下書きの当たりを大凡終えていた花園は、美術室に放課後顔を出した卜部に素直についてきて、うちこの近所です、とバスを降りて語った。

「マンション裏手通り、だそうです。解りますか?俺は普段この辺来ませんので。」

「解ります!」

「とても古いお家だと。」

「だったら、彼処です!」

興奮を隠しきれない様子の花園は、夕陽のせいでなく顔を真っ赤にし、血の気が引く気配を卜部は素直に受け入れた。その屋敷は世が世なら姫君でも住んでいそうな立派な構えで、しかし土塀には今にも崩れそうな罅があり、中の積み石も露出している。豊かに繁った松の木は、ただ手入れされていないだけのようで、表札が朽ちかけた門扉から見えた枯れかけた桜は、しかし根元の子がこの春も花を咲かせた気配があった。

「・・・白浄の信心を・・・っ。オン。ボウジ。シツタ。ボダハダヤミ、信心発して無上の菩提を求む!願わくは自他ともに佛の道を悟りて・・・オン。ボウジ。シツタ。ボダハダヤミ、オン。ボウジ。シツタ。ボダハダヤミ!」

気づけば唱えてあった。滅多に声を荒げ無かった卜部が真言を叫んだ瞬間、我に返ったように花園は悲鳴を上げた。その歪んだ門扉には大きく育った青大将が絡みつき、やだ、こわい!と年相応に後ずさって訴えた。

「嫌です卜部先輩、ここ嫌です、怖いっ。」

「蛇、は苦手ですか・・・?」

「蛇もムカデもGもダメです!」

「止めておきましょうか、何だか人の気配もありませんし。」

こくこくこく、と必死に頷いた花園に、綻ぶように卜部は笑い、酷いですよー太古からの鎧を護りし黒光りの虫とか先輩も嫌いでしょー!と訴えられて、そうですね、新聞丸めて叩き潰しますね、なんて。桜の木の葉が生い茂ったその足元にぶら下がった何かなんて、きっと彼女は見なかった。見ていても、忘れてくれたと信じたい。無邪気にぷんすかと怒る花園はそれからも熱心に、着物の靡き方をバスタオルと扇風機で再現したり、桜の花をどの程度まで描き込むかを隣の屏風を担当するチームに積極的に相談したり、何か一皮剥けたような印象で。

きっとこの屏風が完成して、女の童が生き生きと描かれれば、その魂は今一度あの古い古い屋敷に帰るべきなのだ。

「調べて判ったことだがな。」

そう切り出したのはコンビニでアイスを買ってレジに向かった途中、碓井だった。頼光がどうにも気にかかる、と碓井にあの屏風に関する資料を集められるだけ集めさせ、途中で気付いた辺り、彼のひとの手の中で踊っている感は今生でも否めない。

「あの学校が焼けて、あの屏風が焼けちまう、ってんで、崩れる校舎に入った男があったんだ。」

「え、女学校でしょ?男性教師?」

渡辺の素直な疑問に、用務員、と簡潔に回答が来た。

「結果、三枚は無事に運び出されたが、四枚目の搬出途中、校舎自体がぐしゃっとな。因みにその男は、藤井家の跡取りだったそうだ。まあ、ご時世柄跡取りには困らなかっただろうが、あの屏風は実際一人、殺してんだぜ。」

魅入る、とは。

嗚呼これだ、と卜部はアイスを食べ終わった手を知らず合掌した。日焼けが苦手な長袖の袖口から、頼光から贈られた数珠が覗く。

「今年は、飽きの来ない秋になりそうだなァ。」

「巫山戯ろ。まだ夏にもなってねぇ。」

屏風の完成は、秋の文化祭だ。

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