屋根を踏み抜いてしまった女の子の話
星を見ようと屋根の上にのぼったら、屋根を踏み抜いてしまった。
そして足が抜けなくなってしまった。
さらに悪いことに、そこは他人の家の屋根だった。
どうしよう、とミウはため息をついた。
頭上には満点の星、さそり座のアンタレスが赤く光っている。
もし流れ星が流れたら、屋根を直してくださいと願うのか、それとも足が抜けますようにと願うのか、どっちがいいのかわからない。
あんまり星が綺麗だったから、そこに梯子があったから、その家には明かりがともらず誰もいないようだったから、一見丈夫そうな屋根だったから、ついのぼってしまった。
それにしても、どうして今日に限ってミニのキュロットなんて履いているんだろうと思う。むき出しの太ももが痛くて、抜こうにも抜けない。
その時、すうと星が流れた。ミウは慌てて屋根、足、と唱えたが、声にはならなかった。
「おーい」
下で誰かが呼んでいる。ミウは体をよじり、見ようとした。その拍子に、すぽんと足が抜けた。
太ももをさすりながら下を見ると、赤いジャージを着た少年が手を振っている。
「早く下りてこいよ」
ミウはちらっと後ろを見た。かなり大きな穴があいている。
少年はここの住民だろうか。正直に謝るべきか、反対側から逃げるべきか迷った。
「早く。一緒に来い」
少年は言った。するとミウの体はひとりでに屋根を滑り降り、梯子も使わず地面に着地した。
こんな猫みたいな動き、一度もできたことないのに、とミウは自分で自分に呆れる。
少年はミウの腕を強くつかみ、引っ張っていこうとした。黒々とした髪と目は、有無を言わせない強さがあり、ミウは少し怖くなった。
「あの、どこに行くんですか」
「あっちだよ。迷い猫を探してる人がいるんだ」
「え、あ、ちょっと待ってください」
太ももが痛くてまだ走れなかった。少年は苛立った様子で言う。
「早く行かなきゃ、また見失うぞ」
「でも何で、私が」
「お前の飼い主だろ?」
ミウは目をまたたいた。さっきの動きが猫みたいだったから、からかってそんなことを言うのだろうか。でも、少年の顔はいかめしいほどに真面目だった。
「私……猫じゃありません」
ミウがおそるおそる言うと、何、と少年は大声を出した。頭上の星がちりんと揺れるほどの勢いだった。
「あの、離してください」
少年はさらに強く、ミウのもう片方の手首もつかむ。
「じゃあお前は、どこ……どこの」
少年の目がじりじりと迫ってくる。ミウは逃げ出したかったが、あまりに強くつかまれているので動けなかった。
「どこの中学……いや、高校なんだ?」
働いてます、とミウは言った。B商事の総務課で、と付け足したが、よく考えるとそこは、大学を卒業して最初に入った職場で、五年前に退職していた。
その後のことを話そうとしたが、言葉が出なかった。いろいろな仕事をしてきたはずなのに、思い出そうとするそばから欠けて消えていってしまう。
「へえぇ……えらいねえ?」
少年はさらに顔を近づけてくる。目の周りにしわができ、顔はよく見ると脂ぎっていた。髪は逆立ち、逆立ちすぎてオールバックになり、白いものが混じっている。
もう少年とはいえなかった。
助けて、とミウは叫んだ。その途端、屋根の上から星が落ちてきた。本当は星ではなく、ミウが壊した屋根の欠片だったのだが、見事に元・少年の頭を直撃した。
元・少年はミウの手を離し、ばたんと仰向けに倒れた。開いたままの目から星が飛び散る。
ミウは急いでその星を集め、ポケットに入れた。短いキュロットだったが、ポケットだけは大きかったのだ。
ミウは梯子をのぼり、屋根の上に戻った。壊れたところに星を塗り込むと、みるみるうちに穴はふさがった。周りと少し色が違い、光沢があるけれど、叩いても乗っても大丈夫だ。
ああ疲れた、とミウはその場に寝転がった。
いつか猫に生まれ変わったら、この屋根を自分の寝床にしようと思った。