第一話part5
「どうしたんですか!?」
控室に飛び込むや否や、ルカは声を荒げてそう尋ねた。その控室はとても大きくて、相当多くの人間がそこに集まっていた。
団長と、きらびやかな衣装を着た人が何人か、そして“Horizon”という印の入った制服を着ている男が一人。おそらくこの男は警備員だろう。
「ルカ……」
「何があったんですか、舞台の準備できてませんし、お客さんも心配してます!」
「そうか、もうそんな時間なの……」
一目で、この人がヒロインなのだと俺にも分かった。落ち込んでしまって、少ししぼんでしまってはいるが、それでもこの人の放つ存在感は尋常ではなかった。
燃えるような赤の長髪、沈んではいるがきっと力強いであろう黒い眼光、少し鋭くも見える目の形、それなのに絵画に描かれていそうな美しい顔立ちで、劇に出てくる“美しいが気が強いお姫様”にイメージがぴったりだった。
そんな強そうな人が、いかにも意気消沈といった顔で項垂れている。一体何があったというのだろうか。
「脅迫状……と言えば良いのか、こんな感じだ」
何の役かは知らないが、役者の一人がルカに一枚の紙を手渡した。それに目を通していくにつれて、ルカの表情も次第に強張っていく。だ、ある一定のポイントでそれは怒りに変わったのか、眉間に皺を寄せてその紙を握りつぶした。
「何なんですかこれは!」
「ちょっとルカ、落ちつきなさい……」
見かねた団長がなだめようとするが、ルカの怒りも尋常ではなく、一向に収まる気配が無い。とりあえず、場の空気を変えないといけないな。そのためにもまずは、俺はルカが潰した紙をひょいと奪い取った。
全員の目が俺の方に向けられているのを感じ取り、狙い通りとほくそ笑む。こうでもしないと、皆下ばっかり向いて塞ぎこんだままだ。とりあえず、俺は嫌われ役になってでも顔を上げさせるべきだろう。
「お前、あのぶっ倒れてたガキか?」
「ガイ君静かに。乱暴な口を聞かない。お客さんですよ彼は」
「また団長は無償公開すんのかよ」
そう言えば、ルカも三カ月前に無理やりとはいえ無料で見せてもらえたんだっけ。どうやら、この団長は元気の無い人を自分たちの劇で盛り上げようとする癖があるらしい。
「まあ良い。これは俺らの問題だ。部外者はすっ込んで……」
「ああ、やっぱり爆弾か」
「……ろ。って、えっ?」
彼はいきなり間の抜けた声を上げた。えらくものものしい鎧とのギャップが凄まじい。鎧ということは、このガイという人が主役の騎士だろうか。
「やっぱり、って何だよ! つか勝手に読むなよ!」
鎧どころか兜もつけているから顔も見えない。だが、声音だけでこの人の苛立ちと焦りを感じていた。
それはともかく、俺はその脅迫状の細部まで目を通した。普通にそこいらにありふれている紙に、ミミズが這ったような汚い字で書かれている。読みとるのも困難だったが、何とか読めた。
『拝啓、ネルア一行へ
我々は境界人と呼ばれる組織です。あなた達も知らない訳がないでしょう。
我々は、あなた方の劇を中止させることを要求します。
理由を答えるつもりはありません。
ですが、要求を呑まなかった際は、すぐさま爆弾が爆発して、尊い観客の命が失われることでしょう。
何、我々は特別あなた方を嫌っている訳ではありません。
別の目的があるのです。
だからこそ、今だけこの要求に従ってみてはいかがでしょうか。
なお、爆弾はたった一つだけ。これだけは神に誓って本当です。』
「爆弾一個っていうのが嘘臭いな。一個除去したけど別のところでドカン、っていうのがあり得るな」
「おいてめえ、いつまで読んでんだよ!」
慌てて甲冑のガイさんが、俺の手元からそれを奪い取った。が、既に手遅れである。だってもう既にその中身は覚えてしまっていたのだから。
「何でお前そんなの分かったんだよ」
「玄関の看板の近くで、電子音を聞きとった。そしてこの不可解な騒ぎがあったから、二つが結びついて爆弾になった」
「えらい都合のいい解釈だな、お前が犯人だから知ってたんじゃないのか」
「無理ですよ、起きたのさっきでその後ずっと私と一緒だったんですよ」
「ルカはこいつを庇う理由があるだろう!」
今のその言葉に、俺は自分の耳を疑った。
おれが、ルカに助けてもらう理由があった。……それはなぜだ?
気になった俺はルカの方を見てみるが、彼女は俺と目を合わせようともしなかった。
「知りません! 私はネルアだって好きです! たとえ誰がやろうと、ネルアを脅かすなら絶対許しません!」
「ちょっと二人とも落ちついて……」
割って入ってきたのは団長だった。いつも通り、飄々とマイペースに事を運ぼうとしている。
「全く何なんですか二人とも、落ちついてください。爆弾さえ取り除けばいいんですよ。境界人の犯行声明には特徴があります。『神に誓って』と表記された場合は必ずそこで嘘をついてはいません。つまり爆弾は本当に一つしかない。逆に言うとゼロ個でもありませんが」
「じゃあ……誰が犯人であろうと玄関の爆弾さえ取り除けば良いってことか?」
「はい。それでは行きましょうか。大勢で行くのもあれですからね。ガイくん、ルカ、私、警備員さんと後は一応キミもきてください」
他の人達は適当に観客を誤魔化しつつ、準備をこっそりと始めるように。そう指示した団長は今示した四人の先導をするように控室の出口に向かった。
「さて、ショーまで時間はありません。私の中に舞台中止の選択は無い。みなさん、お互いに人事を尽くしましょう」
「おう!!」
その場の全ての者の声が重なり、大気を揺るがした。だが、俺はここでふと疑問に思ったことがある。
俺たちがこういうことをしようとしていると知れたら、その瞬間に爆発したりしないだろうか、と。
だが、今のところ異変が起きていない。この事から、俺は最悪の事態を想定し始めていた。
もしかしたら、解除できない爆弾かもしれない、と。