第一話part4
想像していたのより、ずっと大きなホールだった。やはり劇団と言っているだけあって、何百人、何千人の人を収納できるほどの大きなものだった。舞台もとても広く、背景や大道具なんかもとても壮大なものにできそうな、そんな大きさだった。
そう言えばと、俺はついさっき疑問に思ったことを尋ねてみた。
「入ってから、まだ三カ月なのか?」
「はい。でも、団長も他の皆もとっても良い人で。何だかずっと前からここにいたみたいです」
今まで何をしてきたのか、なんでいきなりこの劇団に入ろうとしたのか、訊きたいことはまだまだ出てきたけれど、とやかく質問するのは止めておいた。
だけども、そんな俺の心情を見透かしたのか、ルカは自分から喋り出した。
「小さい頃、お父さんがいなくなっちゃったんです。それでお母さんがあれちゃって何年か前から虐待されてたんです」
酷いことを言っているはずなのに、彼女は何食わぬ顔だった。それどころか、それも自分の一部であると言わんばかりに誇らしげにしている。
助けられたんです。そのように彼女は続けた。
「半年ぐらい前に。何界から来たのかは分からないけど、ホライズン候補生の養成学校の修学旅行でマナ界に来た人がいるの。その人が、私を助け出してくれた」
その後、どうにかして町をふらついていると、団長と出会った。衣食足りていない少女が今にも倒れそうにしているのを見て、団長は話しかけてきたらしい。
そんなに弱っているなら、どうかうちの劇を見て行きなさい。そしたら一発で元気になります、と。
「あの頃から、ずっと団長はそうなんですね。でも、だからこそ私は助けられた。だから……あなたもきっと団長が助けてくれると思います」
今日上映するのは、何の因果かは分からないが記憶喪失の騎士の物語らしい。そういう、天性の運命を手繰り寄せる才能というものが、団長にはあった。初めてルカが目にした劇は、母親に家を追い出された少女の物語だったのだから。
「まあ、私は自分で出て行ったんですけどね」
とてつもなく暗くて、重たい身の上話なのに、ルカは笑っていた。それどころか、俺を心配するぐらいの余裕まである。
ああ、だから彼女からは生きて行くための芯の強さを感じたんだ。改めてその事を痛感した俺は、ふと時計の針がかなり進んでいるのを目にした。
「あれ、もうすぐ上映時間じゃないか」
「ほんとですね。何かあったんでしょうか」
聞くところによると、もう既に舞台の上を劇のために準備し終えていないとおかしい時間になっているようだ。それなのに、舞台のうえは準備が完了していないどころか、始まってもいないらしい。
「二時間前には準備を始める筈なんですけど……皆の様子を見に行きましょう」
良からぬ事が起こっている。そう直感したルカは迷いなく席を立って控室へと向かう。ネルアの一員であるという証明書は持っているようなので、入れるらしい。
何の足しになるかは分からないが、俺も一応ついていくことにした。
俺の勘が正しければ、何か脅迫されている可能性が高い。俺の耳の中で、看板付近で聞いた不吉な音が思い起こされた。
「爆弾……ってところか」
この時、俺は記憶喪失だったせいでまだ自分の長所というのを理解していなかった。
同時に、自分自身の短所も。