第一話part3
俺は二人に先導されるがままに馬車に乗りこんだ。ばんえい、という種類の馬らしく、かなり大きな車を楽々とひきずることができるらしい。
配置としては、運転手に道を示すために団長が前の方、残った俺たちが後ろの方に座っていた。席が隣のせいで、ルカとの距離が近く妙に落ちつかない。
どうしたものかと思い、とりあえずポケットに手を突っ込んでみると固いものが手に触れた。何だろうかと思って取り出してみると、トランプみたいに薄っぺらいものだった。
手の平サイズに収まる長方形のカード、どこにはいくつかの個人情報と証明写真が印刷されていた。
「何見てるんですか?」
「いや、ポケットに免許証が入っていて……」
「免許証?」
その言葉に、彼女は首を傾げてみせた。なぜだか知らないが免許を知らないらしい。
車という道具を運転するのに必要な身分証明書だと説明してみるが、イマイチピンと来ていないようだ。
「車って……馬車じゃないんですか?」
「そうじゃなくて、機械で……エンジンで動くんだ」
「エンジンって? うーん地球界の乗り物でしょうか……」
「地球界?」
今度は俺が素っ頓狂な声をあげる番だった。そう言えば、さっきも団長が“マナ界”だとか何とか言っていたような気がする。
「えっ、ゲートの事も忘れたんですか?」
「げーとぉ?」
そこからまたしても講釈が始まった。ゲートというのは百年前に地球界で発明されたテクノロジーなのだとか。それによってあらゆる世界がリンクしだしたのだとか。
何だか異世界という響きがひどく新鮮で、なんだか魔法みたいな感覚だった。
「うーん……一般常識まで忘れているだなんて」
「いやいや、免許のことは覚えてるんだけど」
「そんなものここじゃあ常識でも何でもないです」
きっぱりと彼女に言いきられて俺は肩を落とした。複数の世界をつなぐ門の存在はあるのに、運転免許証を知らないだなんて。だが、その直後不意に光明が差したような想いがした。
「……こいつ探せば良いんじゃね?」
そこには、見知らぬ人物が映っていた。今の日付をルカに確認してみると、2372年の五月十日なのだとか。とすると、この免許の人はそろそろ五十近い年齢だろう。
もしかしたら、この人は自分の父親かもしれない。そういう期待を抱いて、この人物の名前をよく覚えておこうとした。林道 実篤。青い目をしていること以外は、地味な人物だった。
「どうかしたんですか?」
「いや、この免許証っていうのは、結構大事なものだから……。この免許を持ってるってことはこの人と俺が知り合いの可能性が高いんだ」
「そうなんですか。マナ界だったら空飛ぶ絨毯のおかげでそんなもの要りませんでしたからねー」
さらっと非科学的なものが聞こえてきたが今はそれを気に留めないでおこう。異世界があるなら魔法の国があっても良いじゃないか。
「それにしても、この人とあなた全然似てませんね」
「うーん、だよなー」
「目の色違いますし、この人地味な割にあなたは結構整った顔立ちですからね。とりあえず親子の線は薄いです」
躊躇なく褒めてもらったことよりも、手がかりだと思ったものが実はあまり頼りにならなさそうだという落胆の方が大きかった。だけど、やはりこの人物と自分は接点が無い訳が無い。それだけは確かだと思う。
「はあ……どうしたものかねえ」
そんなこんなで落ち込んでいると、団長のはしゃぐ声が聞こえてきた。顔を上げてと指示されたので、とりあえず視線を上げて、窓の外を眺めてみた。
そこには、大きな建物が居座っていた。シアター、そのような単語がでかでかと飾られている。きっとここが、今日劇が行われるホールなのだろう。
「ここが今日の会場です。さてと……私は控室に行って皆と打ち合わせをしなくては。ルカ、彼と一緒に客席に向かってください」
「はい!」
馬車を降りると、それだけ告げて団長はどこかに去っていった。見かけの割に軽快な動きで、気付いた時には彼の姿を見失っていた。
「ルカは出ないのか?」
「はい。私は雑用とかがメインですからね。何せ加入してからまだ三カ月しか経っていませんし」
「新入りだったのか」
「はい。あれ? もしかして女優さんだと思ってくれちゃいました? 私なんて舞台に上がるほどの美貌はございません」
そうでもないと思うけどなー。そんな独り言を心の中で呟く。声になんて出せる訳が無い。ほとんど初対面の人間にそんな事を言えるほど、俺のメンタルは強くない。
それに、一人で見ていてもすぐに考えごとに没頭してしまいそうだから。この嫌な気分を紛らわせるために、劇に集中するためにも誰かと一緒の方がありがたい。
「さてと、間もなく開演です。楽しんでいってくださいね」
そう言ってルカは、俺を客席へと案内するためホールへと駆けて行った。
何だか一瞬嫌な視線を感じた俺だったが、すぐにその後を追って会場の中へと入った。
本日の演目は“騎士と花束”。そんな看板が堂々と飾られていた。すると遠くからルカの呼ぶ声がした。早く早くと、急かしてきている。
何だか当たりから妙な電子音を感じた俺だったが、そんな事を気にもかけずに、ルカの方へと走って行った。