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第一話ようこそ、ネルアへpart1


 暗闇の中に溶けていく、俺が感じていたのはそんな気分だった。俺が、俺の心の中にあるものが、虚無の闇に溶けていく。詩的に比喩するなら、そんな感じの。

 目を開けているのか、閉じているのか、そもそも俺の身体は存在しているのか、それすらも分からない。夜の真っ暗闇の中で、自分の姿すらも視認できないような、あんな感じ。

 そう言えば、俺はどうしてこんな所にいるんだったっけ。何かがあったような気がするんだけれど、何が起こっていたのか思い出せない。重要な出来事だったと思うけれど、何だったっけな。

 だけどすぐに俺は気付いた。俺は、もっともっと大切な事を忘れていることに。


 ……そう言えば、俺って。



 ふと、今まで感じていなかった重みを感じた。重みというほどでもないし、とても局所的なものだ。感じたのは、自分自身の瞼の重みだったのだから。

 ああ、そうか。俺は今まで眠っていて、夢を見ていたんだと悟った。固く閉じた目をゆっくりと開くと、それまでの暗黒が嘘だったかのように、真っ白な天井が視界に飛び込んできた。

 無地の、真っ白な天井だけが視界に入っていて、他には何も見えない。だから一瞬だけ、ここはまだ夢の続きじゃないかと錯覚した。だけれど、それは確かにほんの一瞬だけのことで、一つの声が俺を現実に引き戻した。


「あ、目を覚ましましたね」


 だんちょー、という軽い声が聞こえた。何だか嬉々としているようだけれど、どうしてだろうか。

 声がした方向に目を向けてみる。目覚めてすぐなのにも関わらず、俺はハッと息を呑んだ。そこにいたのは、一人の若い女性だった。そしてその人は、とても美しかった。

 顔が、というだけではない。確かに容姿も美しく、異性受けしそうだったがその事を言ったのではない。彼女の事は何一つ知らないが、この人物からは生きている力強さみたいなものが発せられていた。その存在感が、俺に影響を与えて、一目で美しいと感じてしまった。

 黄金の髪の毛は、まるで一面のひまわり畑のような力強い輝きを放っていて、その笑顔自体も輝いていた。宝石のような青い瞳は、彼女の心の中のように澄んでいる。いや、彼女の心の事は何一つ知らないのだけれど。

 彼女は、黄緑を基調としたワンピースに身を包んでいた。頭には、一輪の薔薇の髪留めが咲いている。煌めく髪は、肩の下数センチぐらい伸びていた。


「おお、目覚めたのかい?」

「はい。ちょっとまだ寝起きでぼーっとしてますけど」


 現れたのは、シルクハットを被り、白いひげを蓄えた柔和な老人だった。ステッキを手に持っており、手品師という印象を受けた。

 団長、というからにはこの二人は同じ集団に属していて、この老人がリーダーなのだろうと、まだ重たい脳を叩き起こして必死に考える。それで、一体何のグループなんだろうか。

 格好から考えてみると、マジックショーの一団だろうか、それともサーカスとかそういった人達なのだろうか。

 どちらにせよ、助けられたという形になるのだろう。彼らに感謝をするためにも、コミュニケーションを取るためにも俺は起き上がった。その時の仕草の些細な音に彼女は反応し、こちらを振り返った。


「おはようございます」


 太陽のような笑顔だと思った。俺も彼女も何もしてないのに、その笑顔に気圧されてしまいそうになる。

 だけど、そんな感覚を必死に押し殺して、冷静なふりをして俺は返事をした。


「……おはよう。ここは?」

「ん? ここですか。ここはですね……」

「劇団“ネルア”だ。ネルアというのは“マナ界”において“極上の楽しみ”という意味を持っていて……」


 女性が話しだしたとたんに、それを遮るようにして老人は喋り出した。時折、手に持つステッキを振り回すように、大袈裟な身振り手振りを加えつつ。

 その様子を見て、金髪の彼女は呆れたような表情になった。


「まったく、団長はいつもこうなんだから」

「そして我々の理念は各世界の子供達に笑顔を届けることであり……」

「やっぱり聞いてない」


 いつもこうなるから気にしないで。彼女はあっけらかんとそう言ってみせた。

 最初に問いかけてから、この人達に唖然として、何も喋れなくなってしまった俺だったが、もう一度彼女に問いかけられて、何とかもう一度会話を続けることができた。


「私の名前はルカ。あなたは……」

「ああ、俺の名前か」


 さて、今から自己紹介を始めようとしたその時だ。俺は、さっきの夢の終わり際の事を思い出した。

 自分の表情が、凍ってしまったように硬直したのが、自分でもよく分かった。


「何だっけ?」

「えっ?」


 俺の返答に彼女は動揺する。だけれども、それ以上に俺の方が動揺していた。

 何をどうやっても、俺は自分の名前を思い出すことができなかった。


「俺って一体……誰だっけ?」


 答えてくれる人なんて、ここにいる訳がなかった。


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