raid
『青年。お前の内に渦巻く感情は何だ。』
――怒りだ。俺の祖国と…クリスタルを消した奴らへの。
『何故、憎しみではない?』
――原因は俺だ。だから、憎しみを抱く権利などない。
『ふむ…お前はなかなか面白そうだ。よかろう、俺と契約しろ。』
――お前は誰だ?
『俺は「憤怒の悪魔」。お前に俺の力を与えてやる。俺の名は――――
コンコン
控えめな音に続き、木製のドアが軋む音をたてながら開いた。
「「失礼します。」」
室内は比較的明るく、中央には円形の巨大なテーブルがあり、それを囲むように椅子が置かれていた。
その向こう、窓際にこちらに背を向けた佇む男が一人。
レオナとリリンは入ってすぐのところで敬礼をした。
「一番隊隊長、レオナ・レッドフィールド。副隊長、リリン・アーネスト。ただいま戻りました。」
「ご苦労。」
背を向けたまま男がいう。
抑揚のない声。だがそこには、微かに威圧するそうな威厳さが混じっていた。
「二時間後、ここで幹部報告会を行う。それまで本部内で待機。」
「「了解」」
声と共にもう一度敬礼する。
「団長。下がってもよろしいでしょうか。」
「ああ。」
「「失礼します。」」
頭を下げ、ドアを開ける。
廊下に出ると二人は息をついた。
(相変わらず団長は緊張するなぁ。)
「隊長。私は一度一番隊の待機室へ行きます。」
「わかった。あたしは自分の部屋にいるから、用があったら呼んで。」
「了解です。」
ぺこり、と頭を下げるとリリンは廊下を走って行った。
レオナはそれを見送ると反対側へ歩き出した。
通り過ぎる人はレオナを見ると頭を下げる。
周りを特に気にすることもなく、自室へと足を運ぶ。
やがてある部屋の前に着くとレオナはゆっくりとドアを開いた。
「おっかえりー!」
ばたん。「ぶっ」
もう一度開くと部屋の真ん中で顔を押えている者が一人。
「いってー…いきなりドア閉めんなよー」
「いきなり飛びかかってくるからでしょ。」
「だってよー久しぶりに会ったんだぜー?」
「ってゆーか何であたしの部屋にいんのよ。」
「お前が帰ってきてるって聞いてな。」
「それだけで人の部屋に不法侵入しないでよ。レン。」
椅子に座りガタガタと揺らしている少年、レン・ヴェルグはにやり、と笑った。
「いいんだよー。将来一緒の家に住むんだから。」
「やめてうざい。」
「ひっで。」
机から椅子をもう一つ引き、そこに腰を下ろした。
「それで?」
「ん?」
「三番隊隊長さん。」
「その呼び方やめろよなー隊長ってガラじゃないだろ俺。それにお前より年下だしー。」
「結構さまになってるわよ?ここ実力主義だから歳も関係ないし。」
「はあぁぁあ。年上の人に命令すんのはなんだかなー。」
レン・ヴェルグ。齢15にして隊長になった騎士団最年少の団員にして最年少の隊長。
金髪金眼。元気そうな見た目[いや中身もか]と反対に得意なのは隠密行動。
自称「趣味」でもあるらしい。
こそこそ動くのが?
歳も近いということがあって懐かれてしまった。
年上の人に命令するのが躊躇われるのはレオナも同じだ。
いい例がリリン。最初の頃はレオナも敬語で話していた。
「そういえば、レンはこの間までシトラに居たんだよね。どうだった?」
シトラはここから西に三つ目の街だ。
大きいわけでもなく小さいわけでもない、普通の街。
その二つ向こうの巨大都市、オルキスとここの物資運送拠点でもある。
今回レンはオルキスからこちらに運ばれる大量の物資や運送する団体を守る任務に就いていた。
まぁ、元々レンの管轄区域だったため当たり前だが。
レンの管轄はオルキスからここのふたつ前の街までの4つだ。
各部隊にはそれぞれ管轄区域がある。
それは本部から遠いものもあれば近いものもある。
団長たち本部在住の団員はこの町周辺1つずつの街、計6つが管轄区域だ。
レオナの管轄区域は東に二つ行ったところの『ラゼル』からその先5つの街だ。
「んーとくになかったなー。途中ちっさな盗賊団が襲ってきたくらい。」
「ま、それぐらいなら問題外ね。」
隊長クラスの力は強大だ。
小さな盗賊団の一つや二つぐらいなら問題外。
一人でも片づけられるだろう。
「そっちは?今日休みだったんだろ?」
「んー、そうね。知り合いとご飯食べてたら『勇敢なる』強盗団の皆様方が来たぐらいかしら?」
冗談めかして二人で笑っていると、時計が時間を告げた。
「そろそろ報告会の時間ね。」
「うっし、行くか。」
部屋を出て、二人並んで廊下を進む。
「今回は誰が帰ってきてるの?」
「えーと…ニコラス、アルバート、メアリー、ハンス、それと姉さん。」
「…それだけ?」
「ああ。」
はぁ、とため息をつくレオナ。
「まぁ、仕方ないか。」
そうこうしてるうちに、目的の部屋の前に着く。
先ほどレオナが男に報告をした部屋だ。
ノブに手をかけ、ゆっくりと回した。
同時刻。
本部のある『エンリ』周辺の森の中。
得体のしれないいくつもの黒い影が蠢いていた。
エンリへと向かって。
聞くに耐えない奇声を発しながら。
室内は先ほど来た時と同じように明るかった。
先ほどと同じように窓際に男が立っている。
違うのは、円形のテーブルに数人の者が座っていること。
そのうちの一人がタバコをふかしながら口を開いた。
「遅いよアンタ達。3分の遅刻。」
「細かいな姉さんは。」
金髪の髪を掻き上げる女、8番隊隊長リディア・ヴェルグ。
レンと同じ金眼だ。
「団長、これで全員そろいました。」
壁際から声が上がる。
黒の髪を結ってお団子状にし、メガネをかけている女、エル・ランス。
この騎士団の副団長にして秘書のようなこともやっている団長の右腕だ。
「話ってなんすか?だーんちょっ。」
円形のテーブルからまた声が上がる。
5番隊隊長、ニコラス・エドモンドだ。
くせっけのある天パに軽い口調。
掴みどころのない飄々とした人間だとレオナは評価している。
「ニコラス!ふざけた口調で団長を呼ぶな!」
「おーコワッ。すいませんねーエルさん。次は気を付けますよっと。」
「貴様…っ。」
「ま、まぁまぁ二人とも。落ち着いて?早く報告会始めましょうよ。貴方たちも座って。」
口を挟んだのは同じテーブルからだった。
4番隊隊長、メアリー・イレーナ。
薄い栗毛にブラウンの瞳。
穏やかで明るく誰にでも優しい。見た目もよく、騎士団内でもマドンナ的存在だ。
そのため入団したばかりの騎士団員は4番隊への入隊をよく希望する。
メアリーに促されるままレオナとレンは席に着いた。
「けっ。」
どんっ!
と、反対側に座っていた男が足をテーブルの上に置いた。
7番隊隊長、ハンス・エステバン。
灰褐色の髪に青い瞳。
逆立てた髪に両耳のリング型ピアス。鎖のネックレス、というどこぞの不良のような格好だ。
気性が荒く、口調も悪い。態度もデカく自分勝手ではっきり言って騎士団の汚点。
「ばっかみてー。まるでお姫様とその子分だな。」
「ハンス!貴様その汚い足を『早鷹の円卓』からどけろ!」
「うっせーよクソババア!」
「なっ…貴様今なんて言ったぁ!」
「ああ?!やんのかゴラァ!」
「黙れハンス。」
まさに一触即発、というとき。
再び口が挟まれた。
11番隊隊長、アルバート・アルフォンス。
濃い茶髪にブラウンの瞳。
体格がよく力持ちで寡黙で無口だが言いたいことははっきり言う。
「エル。お前がそんなでどうする。」
「っく…。」
エルは苦虫を噛み潰したような顔をすると窓際の男の方へ声をかけた。
「団長、遅くなりました。報告会を始めましょう。」
それまでずっと黙っていた男がゆっくりとこちらを振り向いた。
白銀の騎士団、創設者であり団長マギ。
姓は不明。
真っ赤な髪に燃えるような瞳。
鋭いまなざしは人睨みで虎をも殺せそうだ。
常に威圧感を醸し出しているがそれだけではない事を幹部ならば皆知っている。
彼らはマギに助けられたことのある者たちばかりだからだ。
「ああ。これより幹部報告会を行う。ニコラス、報告を。」
「はいよー。」
幹部報告会。
2か月に一度あり、その月にあったことや問題を報告する場である。
だが、これまで幹部報告会で幹部全員が集まったのは2度だけだ。
「今月は物資の運送が頻繁だったねー。盗賊も1度しか来てないし。」
「ご苦労。メアリー。」
「はい。物資については先月と変わりありません。ですが、最近農産物を盗まれる農家が出まして…今犯人を捜索中です。」
「ふむ。ご苦労。ハンス。」
「わあってるよ。こっちは特に変わりないな。ただ最近強盗やらスリやら泥棒やらが増えてんのが気になるな。調査中だ。」
「ご苦労。アルバート。」
「…問題ない。」
「ご苦労。リディア。」
「鉱物資源が多く取れてる。問題と言えば最近蟲系のモンスターが増えたことぐらいかね。」
「ご苦労。レン。」
「問題は特にないよ。盗賊団の出没率が増えてるのが気になるけどそれ以外は特に。いちよ街の常駐人数を増やす予定。」
「ご苦労。レオナ。」
「最近訪れる旅人が増えて宿屋が足りなくなっていること以外は特にありません。」
「ご苦労だった。皆の者。今日はもう休んで――――」
どおおおおおん!!!
突如響いた轟音に皆一瞬固まる。
先ほどまで静かだった本部内が慌ただしくなる。
「な、何事だ?!」「知るか!」
コンコン
「失礼します!」
一人の一般団員が急いではいってきた。
「何があった。」
「モンスターが南の門を破り、大量になだれ込んできました!」
「数は。」
「不明です。」
それだけ聞くとマギは素早く幹部たちに指示を飛ばす。
「5・4・3・11番隊は住民の避難誘導。1・7・8番隊は部隊を引き連れ敵殲滅。私とエルもそちらに合流する。」
「「「「「「「了解」」」」」」」
敬礼をすると幹部は慌ただしく走ってゆく。
残されたのはエルとマギだけだった。
「エル。お前の部隊の者に襲撃を仕掛けたものを探らせろ。」
「団長、それはつまり…。」
「ああ。このタイミングでの襲撃、モンスターによる門の破壊。誰かが故意に操っている可能性がある。」
「了解しました。」
エルがそういった直後。
マギが激しくせき込んだ。
「団長!大丈夫ですか?」
「…平気だ…」
「やはりまだ…」
「エル、私たちも行くぞ。」
「しかし今の団長では…」
「エル。」
「…了解しました。」
肩を支えるようにして、二人は部屋を出た。
遠くとある山の崖の上。
其処に座る影があった。
「いよいよ、作戦開始だ。」
その者はニヤリと意地悪く微笑んだ。
「まずは、白銀の騎士団とやらの力を見させてもらおうか。」
と、そこで何かに気付いたかのように鼻をひくつかせる。
「この匂い…悪魔憑きか?誰だ?」
さらにもう一度鼻をひくつかせ、先ほどよりにやける。
「スィモスと…カタラか。なかなか面白くなりそうだ。」
くすくすくす…
笑い声が小さく木霊した。
「カタラ、お前にはあの時の礼を返さねばな…。」