番外編:4 秋山響子のスイート10
董子の先輩、秋山さん主人公。
旧姓:林です。
長文になります。ご了承ください。
今日はダンナと息子はダンナの実家に出かけていて家には私一人だ。久しぶりのおひとりさまを満喫していて、ふと結婚指輪が目に入った。
そういえば、指輪の内側に入籍した日を刻印してたよなあ・・・私は指輪をはずして内側を見た。
「うわー、今年で結婚して10年?!いつの間にそんなに」
独り言を言った後に、私はふと私とダンナのなれそめを思い出した。
とても、いい匂いがする・・・これはかつおだしのにおいだ。しかもちゃんとかつおぶしからとったやつ。ん?うちにかつおぶしなんてあったっけ・・・・じゃあなんで??
「林さん、そろそろご飯できるから起きない?」
システム部の秋山くんの顔が私をのぞいていた。
「え・・・う、うわああっ!!なななんで秋山くん!?」
「なんでって。ここ、僕の部屋だから」
思わず自分を見下ろすと、下着とインナーしか身に着けていない。えっ・・・えええっ。これはいったい?私、やらかしたのか?とうとうやってしまったのか?!
私が自分を見下ろしたのと同時に秋山くんも顔をちょっと赤らめて目をそらす。
「あ、あのさ・・・私はいったいどうして秋山くんの部屋にいるのかな」
「まずは、一緒に朝ごはんを食べようよ。でもうち、女性の着替えとかってなくてさ・・・」
「あ。昨日の服着るから大丈夫・・・」
「そ、そっか。じゃあ着替えたらこっち来て」
「う、うん。ありがとう」
お互いに顔を見ないまま、ぎこちなく会話を終えて秋山くんの姿が見えなくなると、ベッドの下にあるなぜかたたまれた服を私は手に取った。酔ってはいても服はたたんだようだった。
よし、化粧は落としてないのは仕方ないけど、まだ女は捨ててなかったようだ私。
テーブルの上には白いご飯に、ねぎとえのきにワカメの味噌汁。ベーコンエッグの卵は私好みの半熟で、とても美味しい朝食なんだけど・・・いったい、どこから話を聞いたほうがいいんだろうか。
下着をつけてたってことは、おそらく寝てはいない・・・はず。でもあのベッドはシングルだ。秋山くんはいったいどこで寝たんだろう・・・あああ、人の部屋に来て(間違いなく同意はない)ベッドを奪うってどういうことだよ。
私、何やってるんだろう・・・情けない。どうやって謝罪をしたらいいのかしら。思わずため息をつくと、秋山くんが“ん?”という顔をしてこっちを見た。
「もしかして口に合わないかな。僕、朝はご飯派なんだけど」
「ううんっ!とっても美味しいよ。私も朝はご飯派だし・・・でもちゃんとだしから取ってるなんてすごいね。私なんか粉末かつおだし愛用だよ」
「僕だってそうだよ。ただ、ミキサーで煮干と鰹節を粉末にしてるだけ。でも本当は鰹節をちゃんと削ってとるのが理想だよね」
秋山くん・・・粉末という言葉は同じだけど、使用してるものは全然違うよ・・・・。私は何も言えずに黙々と食べることに専念した。
食後には秋山くんが緑茶をいれてくれて、ようやく本題を話せそうな雰囲気になった。
「あの、さ。秋山くん、いったいどういう経緯で私はここにいるんでしょうか」
「昨日の同期の飲み会で席が隣になったのは覚えてる?」
「あ。それは覚えてる」
最初は経理の同期と並んでしゃべっていたんだけど、宮本くん狙いだった彼女はビールを片手にそっちに突撃しちゃって、私は誰かと話すのも面倒で一人で手酌で飲んでた。そこにサワーのジョッキを持った秋山くんが話しかけてきたんだ。
同期とはいえ、あんまり話したこともなかったので隣に座られて驚いたものの意外と話が弾んだ。
「僕がお酒を勧めたのが悪かったんだけど、林さん酔っ払っちゃってね。飲ませた僕が責任もって送ることにしたんだけど、教えてもらった住所は結構遠いし体調も心配だったから、まだ近い僕の部屋に連れて行くことにしたんだ」
「べろべろ・・・・本当に申し訳ない」
「で、部屋に到着してお水を出そうとしたんだけど・・・その、林さんが服を脱ぎ始めちゃって・・・ごめん見ないようにはしてたんだけど・・・でも、まあ歩けそうだったからなんとか寝室に誘導して、ベッドに寝かせたんだ。それで・・・服を勝手にたたんでごめんね」
恥ずかしそうな秋山くんを前に、私はそれこそ穴があったら入りたい心境になっていた。本当に・・・・私、最低じゃないか。
「こ、こっちこそごめんなさいっ!!酔っ払ったあげくにそんな醜態・・・・うわあああ・・・本当にどうお詫びをしたら」
「・・・まあ、それは気にしないでいいよ」
「いや、そんなわけには」
「それより、僕はかまわないけど林さんのほうが困るかも」
「え。それはどういう」
「だって僕が送っていくって言ったのは同期が顔をそろえているときだったから・・・あのね、きっと皆、僕が林さんをお持ちかえりしたっていう認識なんじゃないかなーと」
秋山くんに言われて初めて気がつく・・・そっか私はお持ち帰りをされたことに・・・なんですとっ?!
「いやいや秋山くん、そこは弁明しないとっ!!」
「だから僕は弁明しなくても別にかまわないんだ」
「は?!何をのんきなことを。だめだよ、そのへんはちゃんとしないと。ちゃんと互いに否定すれば大丈夫だよ。皆すぐに忘れてくれるって」
私がそう言うと、なぜか秋山くんはがっかりしたようにため息をついた。
「だから、僕は林さんとならかまわないって言ってる。どうしてかというと、僕は林さんが好きだからね。こんなチャンスめったにないし?」
「は?わ、私のことを好き?何を言って・・・私たち、仕事での接点も少ないじゃないの」
「その少ない接点だって、林さんの人柄は分かったよ。それじゃだめかな。だめなら、これから接点を作ればいいじゃない」
「・・・そういうもの?」
「そういうものだよ。僕は人を見る目にはちょっと自信があるんだ」
なんか、何を言っても秋山くんにはかなわない気がしてきた。
それから私たちは付き合うようになって・・・現在に至っている。彼の人を見る目が正しかったのかどうかは分からないけど、穏かで愛ある暮らしというものはこういうものなんだろうな、とは思っている。
「それにしても・・・このなれそめは賢に聞かれても絶対話せないわね。墓場まで持っていく秘密にしよう」
私がぼそりと独り言を言うと、玄関の鍵を開ける音がした。出迎えようと玄関に行くと、いるのはダンナだけ。
「おかえり。賢は?」
「ああ、僕の実家に泊まるってさ」
「はああ?!なんで」
「なんでって。結婚10周年くらいはお祝いしたいじゃない。でも、響子忘れてただろ。まあ僕も忘れてたんだけどね」
「確かに忘れてた・・・」
「だから今日は2人きりで過ごしたくて、賢を実家に置いてきてしまったんだ。勝手に決めてしまって、ごめん」
確かにオイオイと思うけど、2人きりで過ごしたいなんて言われたら、あんまり怒れないじゃないか。
「・・・しょうがないわね。明日、迎えに行けばいいか」
私がそう言うと、ダンナは出会った頃と変わらない笑顔になった。




