4.
藤枝董子と宮本家の人々(前編)
昨日の夜、実家の母から電話がかかってきたときに、和哉さんの実家に行く話をした。
「あちらのご両親に失礼のないようにね。あなたはお父さんに似て大雑把だからお母さん心配」
子供から言わせてもらうけど、大雑把なのは間違いなく母のほうだ。
「だいぶ失礼じゃない?」
「でも、董子ならそのままで大丈夫よ。自信を持ちなさい。お父さんなんか結婚の挨拶されただけで、ため息ついてんのよ。まったくしょうがないわよね~」
「うん、ありがとう。じゃあね」
母らしい励ましを聞いて嬉しくなる。でも、父よ・・・“花嫁の父”モードはまだ早くないだろうか。
新幹線の中で緊張している私の手を和哉さんが力強く握ってくれる。
「大丈夫?」
「う、うん。ちょっと緊張してきちゃって」
「俺も董子の家に行ったときは緊張したよ」
「え。そうなの?全然見えなかったよ」
「そりゃあ、そう見られないように頑張りましたから」
和哉さんの、ちょっとおどけた口調がおかしくて思わず笑ってしまう。
「少しは力が抜けた?」
「うん。ありがとう」
肩の力が抜けていく。頭の中に、“董子ならそのままで大丈夫よ。自信を持ちなさい。”という母の言葉が浮かんだ。
和哉さんの実家は、新幹線で1時間ほどかかる地方都市にある。
「初めまして、藤枝董子と申します。今日はお忙しいなか、お時間いただきありがとうございます」
「和哉の母です」
「和哉の父です。息子がいつもお世話になってます」
にこやかに出迎えてもらって、私はちょっとほっとした。
お茶をいただきながら、私たちの馴れ初めなどを聞かれたので、特に隠すこともないので素直に伝える。
「あら、藤枝さんは和哉の部下なの。じゃあ、お仕事はどうなさるの?」
「はい。仕事は続けます」
「あらそうなの?」
お母さんの声が若干強張る。どうやらお母さんは「仕事は辞めて主婦業に専念します」というセリフを期待していたらしい。
「母さん。俺たちが話し合って決めたことに何か不満でもあるのかな」
「そんなものありませんよ。でもね・・・」
間に入った和哉さんとお母さんの間にちょっと緊張が走ったとき、割って入ったのはお父さんののんびりした声だった。
「2人とも、私にも話をさせてくれよ。藤枝さん。和哉は上司としてはどうですか?」
お父さんから聞かれて、ちょっと返答を考える。まさか周囲からはその容赦のない仕事ぶりから密かに「オニミヤ」って呼ばれてますなんて言えない。
「和哉さんは、仕事には厳しいですが部下をいたわってくれる上司です」
うん、我ながらうまい表現かもしれない。
「董子がいないと仕事がスムーズにまわらないんだ。助かってる」
和哉さんが横から口を挟んできて、それが思わぬ褒め言葉だったので恥ずかしくなる。
「和哉、横から口を出すなよ」
「俺が話題に上ってるんだから、当人が登場してもいいだろ?」
「和哉、割り込むのはやめなさい」
お母さんにたしなめられた和哉さんが、一瞬“男の子”に見えた。
思わず吹き出してしまうと、それに釣られたのかお父さんたちも笑った。
その後、ふと会話が途切れたときに和哉さんが背筋を伸ばした。
「父さん、母さん。俺は藤枝董子さんと結婚します。彼女のご両親には挨拶を済ませてお許しをいただいています」
改まった口調の和哉さんに、ご両親は一瞬驚いた顔をしたもののすぐににっこり笑ってうなずいた。
「そうか。わかった」
お父さんがうなずいた隣で、お母さんから「藤枝さん・・・・董子ちゃんって呼んでもいいかしら?」と聞かれる。
「は、はいっ」
「さっきはごめんなさいね・・・・これからよろしくね」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
帰り際、お父さんから「董子さん。また遊びにいらっしゃい」と言われ、お辞儀をしたときにふと気がつく。
いつの間にか、「藤枝さん」から「董子さん」に呼び名が変わっていた。
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