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大原さんに見合いをお断りしてからしばらくして、私は仕事を始めた。

といっても週に3日のアルバイトに毛が生えたような派遣の仕事だが、家にいるとまたお見合いだなんだと言われそうなので、早々の社会復帰することにした。

それでも残りの4日は仕事がないので家にいる。

私が家にいることになれた母は私を留守番にして出掛けるようになった。


まぁそういう親孝行もありかな、と。


電話が鳴ったのはそんな私が留守番をして母が出掛けている日だった。

たく兄の奥さん、絢子あやこさんからだった。


「どうしたんですか?」


「匠くんが事故に遭って、これから病院に行くところなんだけど、奥寺くんが同乗していたらしくて、お義父さんかお義母さんにも来てもらった方がいいかと思ったの。」


泰が事故??

たく兄の車でってこと?

どんな運転してたのよ。

いや、そもそも泰はなんで日本に来てるの?

あっちで練習してればいいものの。


「母は今出掛けていて、父もクラブの方なんで、どこの病院ですか?」


私は絢子さんに病院を教えてもらうと家を飛び出した。

入院なら着替えとか保険とかどうするのかなと思ったけど、とにかく病院で様子を確かめてそれから次の行動を決めればいいと自分に言い聞かせた。

病院に着くとすぐに絢子さんを見つけることができ、残りの力を振り絞って走り寄った。


「操ちゃん。そんなに慌てなくても命に別状はないから。」


「泰どこ?」

切れ切れの呼吸で絢子さんに詰め寄った。

私の勢いに驚いた絢子さんは目を泳がせて指差した。


「み、右に曲がった奥の個室。その隣りが匠くん・・・」

絢子さんが言い終わらないうちに私は走り出した。

病院の廊下を走るなんて非常識極まりないけど、走る脚を止めることは出来なかった。

ドアを開けようとしたら鍵がかかっていて開かなかった。


なんで?部屋の中には病人とか怪我人がいるはずなんだから、鍵なんて必要ないじゃない。


「私、操。開けてよ。」

コンコンとノックしながら声をかけたが返事はない。


「泰、いるんでしょ。」

目頭が熱くなって涙がこぼれてきた。

無性に腹が立つ。

理由は・・・分からない。

事故のケガで練習とか試合とか出られなくなったらどうするのよとか、そういうことだと思う。

悔しくて涙が止まらない。

ドアにおでこを押し当てて肩を震わせて泣いていたら「何してんの?」って泰の声が後ろからした。


!!


びっくりした条件反射で振り返っちゃったから泣いている顔をまともに見られてしまったの方もびっくりした顔になって、それから、優しく笑って

「泣くほど心配した?」ってからかうように聞いてきた。


「そんな」ことないって言おうとしたら泰に抱きしめられた。


耳元に泰の心臓の音が響いた。


「ちょっと、離してよ。」


ひしいで抵抗を試みるがスポーツマンの腕力に敵うわけでもなく。


「どこに行ってたのよ!」


「検査、で、結果聞いてた。異常なしです。匠さんも今医者と話ししてる。」


「たく兄も大丈夫なの?」


「うん、軽く当てられただけだから、まぁ一応念のためってことで」


「何しに来たの日本に。」泰の場合、日本に来ていなければ事故になんて合わなかったのに。


「休暇。それと大原さんから見合いの話しが来て。」


あぁそっか。


「操の縁談がまとまりそうだからって言われて・・・今回も相手に操と結婚しないでくれって頼み行かないとって」


ちょっと待って!


私は泰を見上げた。


「今回も・・・って?っていうかやっぱり離して目立ってヤダ。」


人が来る気配はないがもし誰かに見られたら、泰が奥寺泰久だって分かって嫌だった。


「仕方がない。」そう呟くけど、泰は体を離してはくれなくて、私の背中にあるドアノブに鍵を差し込んで私の腰を左手で抱き込んだまま部屋に入った。

今度は泰の背中にドアがあってガチャリと鍵をかける音がした。


どうして閉めるかな?


「言葉の通り。あの時も沢井さんに会ったら『結婚辞めてくれ』って『操と別れてくれ』って頼むつもりだった。子供が出てきたのは想定外だったけど、操は絶対子供を優先するって分かってたから何も言わずに済んだだけ。」


さっきよりも強い抱きしめで耳に息をかけるくらいの距離で囁かれた。


「おかげで操の最初の男にもなれたみたいだし。」

満足げな声が聞こえる。

私の方は訳の分からない怒りと恥ずかしさで顔が熱くなった。


「だ、だって、今まで付き合った人はみんなこっちがそろそろいいかな~って思うと、要兄さんに会いたいとか試合を見てみたいとか言いだすから」

その瞬間にジ・エンドになっていた。

クスクスと楽しげに笑う泰。

余裕ありげな態度がムカつく。


「な、何よ、馬鹿にして!大原さんには私じゃなきゃヤダとか言っておきながら実際はそうじゃないくせに。」


「何それ?俺、操だけだよ。俺だってあの時が初めてだったよ。」


えっ!?


一瞬引きかけて、でもじゃぁあの用意の良さは何?とか突っ込みそうになったけど、この話題を引き延ばすのが嫌だったので話題を替えることにした。


「どうして沢井さんと結婚するって知ったの?」


「要さんと匠さんがそれぞれメールで知らせてくれて、別々のメールだったから2通も来たんだ。『操の結婚が決まった』って。付き合ってるヤツ入るだろうなって思ってたけど、どうせすぐ別れるだろうって思ってたから、ノックアウト2回食らった感じでおかしくなってキレた。」


キレたって、もしかして、だから?


「向こうで試合終わってすぐの飛行機に乗って、何て言ったら別れてくれるだろうって、寝ないでずっと考えてて、やっぱり俺の子供がいるとかが決定的かなとか。」


そんな事実はあの段階ではなかったし、そういうのは通常女性が使う手口ではないだろうか?

それに子供ってまさか・・・

私の考えに気がついたようで


「うん、さすがに本当に子供作っちゃうのは犯罪かなと思って、多分そういう理性みたいなのが働いたんだろうな。アレ用意したのって。」


用意って、ちゃんと用意してあっても、あの時点ではやっぱり犯罪寄りに近い気がする。


「ねぇ操。」

未だ抱きしめから解放されないまま、それでもずっと言いたかったであろうことを話すことが出来たらしい泰が更に穏やかな声で改めて話しかけてきた。


「一つだけお願いがあるんだけど。」


泰の方を再び見上げると、あの赤い熱を帯びた瞳をしていた。

この頼み事は聞いては行けないと思ったけど、泰が言葉を続けてしまった。


「操の時間を俺にちょうだい。」


私の時間??


「俺ずっと考えた。俺が今選手を辞めたら、操は俺のこと結婚相手として考えてくれるかなって。でもやっぱり辞めることはできない。チャンスがあるならもっと上を目指したいし。だからといって選手生命の終わりが来るまで操に見合いされたり他の男と付き合ったりされるのは、今までは俺の都合を押し付けるわけにはいかないって言い聞かせてたけど・・・もう、限界だから。だから俺が今の世界で生きられる最後の日までの操の時間を俺にちょうだい。」


「泰・・・」


「それはきっと遠くない、未来だから。」


遠くない。

確かにもうそう遠くはないだろう。

要兄さんはたく兄みたいな大きなケガがないからこの手の話題が我が家では出ていないが、要兄さんの同期も既に何人かは現役を退いている。

泰の同期も怪我や故障でこれまで通りとはいかない選手もいるらしいし。

それに注目される選手は泰の後輩の方が少しずつ増えている。


らしい。


「俺の残りの人生は全部。1分1秒惜しみなく操にあげるから、だから。」

もう一度泰が私を強く抱きしめた。

泰の指にも力が籠る。

泰にとってはきっと最後の賭けにも等しい頼みなんだと思った。


「好きって言わなくてもいいの?」

泰の胸の音を聞きながら泰の背中に自らの腕を回してそっと問いかけた。

泰は私に答える代りに口づけを落とした。


甘い-------------。



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