引き寄せる
レオンは右腕からしたたる自分の血を握りしめる。するとブラッドウルフが笑い楽しむようにウルフナイフの柄が素早く脈動する。
――やっはり、このナイフは生きている。
「悪いけど、俺は容赦って言葉を知らねえんだわぁ」
パックスは元から持っていたナイフをレオンに投げ込む。牽制してからアントナイフをレオンの心臓目掛けて突き出した。
「ヴィミを傷つける奴は相手がだれであれ……」
レオンは投げ込まれたナイフの柄を左手で掴んだ。ウルフナイフは再生し、赤黒い刃が生えた。
「はっ?」
パックスは右手首がウルフナイフに切り裂かれ、目を丸くする。右手が宙を舞い、アントナイフがレオンに届かなかった。
「絶対に許さない」
レオンは凛々しい顔つきのまま、追い打ちをかける。二本のナイフでパックスの胸に交差した傷を深く刻んだ。
「何が、どうなった?」
パックスは右腕を動かし、手首の先を見ていた。何もなく、血がただあふれ出ている。胸部からも血が流れ、吐血する。膝から力が抜け前方に倒れ込み、救助カードに入った。所持品がドロップアイテムとなり、地面に転がる。
「油断してくれてありがとう……」
レオンは体に受けた傷を手で押さえる。だが、血は簡単に止まらない。足元がおぼつかなくなる。アンダルタの咆哮が一七層に響き渡ると顔から血の気が引いた。
――この場所は危険すぎる。ヴィミのもとに早く戻って、安全な場所まで移動しなければ。
レオンは足を引きずりながら歩いていたが、ヴィミのすぐ近くで体から力が抜け、前方に倒れ込んだ。
「くっ……、あと、ちょっとなのに」
ヴィミの手を握り、彼女を引き寄せようとする。だが、動かない。逆に引き寄せられる。彼女の体に寄り添う体勢になった。
「バカ……。体を張りすぎよ」
「ヴィミを助けられるなら、いくらでも体を張るよ」
「……私のこと好きすぎでしょ。わ、私は弱い奴なんて大っ嫌いなのに」
ヴィミの琥珀色の瞳とレオンの黒い瞳が互いを見つめ合う。危機的状況の中、傷口から流れる血が早まる。
互いに意識が朦朧とする中、引きあうように顔が動き、唇が限りなく近づく。
「レオン、無事かっ」
赤髪の剣士ノーリスが茂みの中から勢いよく走り出て、戻って来た。
「ダルシーを強姦しようとしたやつはどこだ。絶対に許さねえ。確実に俺の手でぶっ殺すっ」
いつも冷静な青髪の盾士カリーが顔に血管を浮き上がらせ、血眼になり叫ぶ。
「ちょっ、レオンと泥棒猫が、嘘でしょっ。私が先に唾を付けてたのにっ」
金髪魔法使いのリンは声を荒げながら顔面を蒼白させた。
「そんなことより、両者の生死の方を確認するのが優先です」
ダルシーは僧侶の服装が切り裂かれていた。胸の谷間が丸見えだ。ブラジャーと下着を曝した状態だった。服装を気にせず、レオンとヴィミのもとにすぐに駆けつけた。
「で、でっか……」
ヴィミは薄れゆく視線をダルシーの大きな胸に向ける。自分の貧相な胸部と見回した。
「レオンさん、もう大丈夫ですよ」
ダルシーは赤子に乳を飲ませる母親のようにレオンの上半身を抱きかかえる。手の平に《スキル》【癒しの光】を発動させ、傷口に当てるように動かした。レオンが負っていた傷が塞がり、頬の褐色も元に戻る。
「ありがとう、ダルシー、助かったよ」
「いえいえ、私の方こそレオンさんにお礼しなければいけませんから、気にしないでください」
ダルシーはパックスの所持品が落ちている地面をにらむ。彼女はレオンの治療を終えた後、ヴィミの脚の傷も治療した。
「皆、無事でほんと、よかった」
レオンは立ち上がり『聖者の騎士』の面々を見回す。
――パックスの話が本当に嘘だった。きっと僕を怒らせて冷静さを失わせようとする作戦だったのだろう。
「それはこっちが言いたい。ドリミアさんはどうなった。逃げたのか?」
ノーリスは辺りを見回し、首を傾げた。
「救助カードの中に入っている。パックスもドリミアさんの仲間だったらしい。って、説明は後。早くここから逃げないと」
「そうもいかないみたいだ。一八層への入口を見に行ったが出られなくなっている。見えない魔力の壁ができていた。どうやら、特殊なボス部屋のようになっているらしい」
ノーリスは腰に手を当て、首を左右に振る。
「でも、外側からなら入って来られた。大量の救助カードが発動したんだ。増援はきっとくる。それまで、どこか隠れられる場所に……」
「あの化け物の攻撃から隠れられる場所なんて、見当たらないわよっ」
リンは、レオンの腕に抱き着きながら叫ぶ。
――アンダルタの暴れ具合を見る限り、森を破壊しつくすのも時間の問題だ。増援が来るまで無事でいられる保証はない。
救助隊の増援が来ても、アンダルタが一七層で存在している限り一七層から出られない。生きて帰るためには、一七層のボスとして存在しているアンダルタを倒す必要がある。
――パックスがヴィミを人質に取り、すぐに他の層に逃げなかった理由はおそらく、一七層の外に出られなかったからだ。
レオンはドリミアとパックスの私物を魔法の袋に入れ、証拠をしっかりと残しておく。大型のアントナイフは一本、小型のアントナイフはまだ八本残っていた。レッグホルスターにしまい、少しでも攻撃手段を確保する。
全て拾い終わった後、頬を強く叩いた。
「僕がアンダルタを引き付ける……」
「アンダルタ? それがあいつの名前か。って、レオン、本気か?」
ノーリスはレオンの申し出に目を細める。
「レオンが自ら囮役を担うなんて、初めて聞いたぞ。積極的に戦いに参加するような奴ではなかったはずだ……」
「僕の速度なら、あの巨体も翻弄できるはずだ。皆は距離を取って離れていてほしい」
「ちょ、危険すぎるわ。いったい何を考えているのっ」
リンは長い金髪が靡くほどレオンの腕を引っ張り、泣きだしそうな黄色い瞳を向ける。




