鋭い感覚
Lv.6のドリミアがブラッドウルフより格上なのは、周知の事実だった。
――今まで、ドリミアさんの実力を何となくでしか実感できなかった。でも、ブラッドウルフと戦ったからこそ、彼が化け物だと理解できる。
レオンが持つアントナイフの柄に巻かれた黒い革に手汗が染みる。口の中が渇き、アンダルタに襲われている冒険者たちの悲鳴が小さく聞こえてしまうほど耳が遠くなる。
「止まっていたら駄目だ……」
レオンはヴィミとドリミアの移動速度に近づく。瞬きの間に四度の攻防が繰広げられた。ドリミアの死角に回り、背後からアントナイフを突き刺そうと試みる。だが、完璧に【障壁】が展開され、止められる。その瞬間、大きな斧が振るわれる感覚が迫りくる。
風の刃が服を切り割き、かすかに血がにじむ。
ドリミアの《魔法》【風鎧】の追撃は自動発動のため、彼が意識していなくても放たれる。その際【カウンター】により、ドリミアの回避時、攻撃や魔法の命中率が上昇する効果が乗る。すると確実に目の前に飛んでくる。『俊敏』が低ければ即死攻撃だった。
「レオンくんは非力だねえっ。武器が強いだけじゃ、冒険者としてやっていけないことくらいわかるでしょっ」
ドリミアは剣を真横に振るが、空を切る。
「ほんと、君はちょこまかちょこまかと動き、悪さするネズミみたいにうざったいね……」
彼は舌打ちし、すでに距離を取っているレオンを睨んだ。
ドリミアの《魔法》【風鎧】【障壁】と《スキル》【予知】【カウンター】だけでも太刀打ちするのが厳し中、彼は傷を自動で治癒する【自然回復】と《レアスキル》【英雄の盾】の影響を永続で受けている。防御面だけなら穴がなかった。
――そのすべての能力が人間を殺してレベルアップし、手に入れた効果なのか。強くなるために、人を殺すなんて……。
レオンはアントナイフを握る手に必要以上の力が入る。
――どうしたら、ドリミアさんに真面に攻撃を当てられる? 【予知】と【障壁】を掻い潜らなければ攻撃は当たらない。でも、僕は二度、彼に攻撃を当てている。能力は完璧じゃない。だから攻撃は当てられるんだ。なら、勝てる可能性は十分ある。
レオンはヴィミと正反対に冷静さを維持しながらステップを踏み、リズムを取った。
ドリミアの能力は自動で発動するものと、任意で発動するものがある。
任意ということは、知覚できなければならないということ。
――ドリミアさんの感覚を狂わせられたら《スキル》と《魔法》を掻い潜れるかもしれない。彼の一番鈍い感覚は何だ。
レオンはヴィミの攻撃の合間を縫い、一撃離脱しながら走り回る。その際、レッグホルスターに収まっている八本の細いアントナイフが目に入る。防御特化のドリミアに小さな傷を与えても勝ち目は薄い。ドリミアに攻撃が当たったとき、彼は表情一つ変えなかった。それだけ、痛みに強い。
――そうだ、ドリミアさんはナイフが刺さったのに跡が残っていることすら気づかないほど痛みや傷に鈍感だ。そこを突けば勝機はある。
単調な攻撃でドリミアに近づいても【予知】と【障壁】で防がれる。背後を取り、ドリミアから見えにくい場所に傷を作らなければ、すぐに気づかれる。
そのため、レオンは猫に追われる鼠のように一瞬で進行方向を変え、ジグザグに走り込む。八回方向転換したのち、ドリミアの正面に到着。速度が乗ったまま、アントナイフを喉元目掛けて突き出す。当たり前のように【障壁】が現れ、防がれた。
――防がれるのは予測済み。
風の刃を回避し、二回のステップで攻撃箇所を変え、ドリミアの背後に回る。同時、大型のアントナイフを突き出す。
刃先は左肺に刺さった。引き抜くと同時、回復を遅らせるために細いアントナイフを流れるように傷口に刺し込む。
――痛みに疎いドリミアさんなら、大きなアントナイフを引き抜かれたとしか感じられないはずだ。
「くっ、早いだけの鼠風情がっ」
ドリミアが振るう剣と風の刃の連続攻撃がレオンに降り注ぐ。
レオンは髪の毛一本分の距離感で躱し続け、即座に離脱。
「お前はネズミ以下だ、ごみ糞野郎がっ」
ヴィミが倒れた大木を振るい、ドリミアの横っ腹に直撃させる。
ドリミアは、ゴムボールのように弾き飛ばされた。地面を跳ねまわり、速度が落ちたのち靴裏で滑りながら体勢を整える。ダメージはない。
「あぁ、こざかしい。ほんと、コバエが回りに飛んでいると食事が台無しになるよね」
ドリミアは鎧についた土埃を払う。首の関節をぽきぽきと鳴らし、笑顔を作る。背後に手を回す素振りはなかった。
――ドリミアさん、背後に刺さり続けている細いアントナイフに気づいていない。
人間は肺が一つなくても呼吸が出来る。致命傷とならず救助カードが発動することはなかった。一度、救助カードに入ってしまえば内部で時が止まる。外側から解除しない以上、救助カードの時間停止期限までドリミアは何もできない。そうなれば、レオン達の勝ちだ。
「レオン……、どうしたら、あいつに攻撃が通るの」
ヴィミは呼吸を荒くし、隣に立つレオンに聞き耳を立てる。
「ようやく、会話ができるだけ、冷静になってくれたんだね」
「あいつをぶっとばしたら少し冷静になれた。でも、全然効いていないみたいね」
「今のところ【予知】で先読みされて発動する【障壁】を躱し、即座に攻撃するくらいしか、方法が思いつかない」
「『俊敏』と『器用』がぶっ飛んでいないと無理な芸当じゃない」
「だから僕が基本的に攻撃する。ヴィミはドリミアさんの気を引いてほしい」
「レオンに頼るなんて癪だけれど、それしか方法がないなら仕方ないわね」
ヴィミはレオンの作戦に乗り、余裕の表情が常に張り付いているドリミア目掛けて攻撃を仕掛ける。
「あぁ~、ほんと、ヴィミちゃんの友達が快楽に溺れている姿はすっごく厭らしかったなぁ。頑張って耐えようとしても、体がいうことを聞かなくなっちゃったら女の子は皆、性の奴隷になっちゃうんだよね」
ドリミアは唇に油を塗ったのかと思うほどペラペラしゃべる。 剣を持つ手に力が入り、鋭い眼光をヴィミに向けた。
だが、ヴィミは激高せず、煽りを聞き流す。




