ヴィミ・シシル
「ヴィミの仕事が粗いからに決まっているだろうが。罠を全部踏み抜いてダンジョンを移動するな。周りの迷惑を考えろ」
「私に関係ないじゃん。他の奴がどんくさいだけでしょ」
今は春先の時期。
それでも寒そうなほど肌を露出させた虎人の少女が、眼鏡をかけた男性と大声で言い争っている。
レオンは冒険者ギルドと似ている場面を見て、張り詰めた表情が解れた。
――ん、あの子。この前、助けてくれた……。いや、止めを刺されたの間違いか。
「昨日、シグマから質のいいシーフを紹介してもらった。どうも、ものすごく速いらしい。お前についていけるだろうから、これからは二人で救助隊の仕事をこなせ」
「はぁっ? 私に他の仲間なんかいらないって言ってるでしょ。相手が、そこにいるさえない顔の男だったら、私は大丈夫でも男の方がダンジョンですぐに死んじゃうじゃない」
銀髪虎人の女の子に指差されたレオンは、口角をこわばらせた。童顔を手で揉み込む。
――一七歳になっても女性経験がないからそう思われるのかな。いや、気の持ちようだ。
「黒髪、黒眼……。もしかして、君がレオンか?」
ウルフィリアギルドのギルドマスター、キアズ・ウルフィリアが銀色の眼鏡のブリッジを中指の腹で押し上げ、レオンにピントを合わせる。
「は、はい。レオン・ワーノックといいます。職業はシーフで、二年間ほど冒険者として活動していました」
「ちょっと、ギルドマスター、私に会わせたい男ってこいつ? このどんくさそうな男が速いって言うの?」
「あぁー、レオン、救助隊が何かよくわからないかもしれないが、ヴィミが手取り足取り教えてくれるから、心配しなくてもいい」
――すでに、仲間関係がちょっと心配です。そもそも、僕は彼女に存在を覚えられてすらいなかったのか。
「ともかく、ヴィミは一人でダンジョンに潜るのは禁止だ。仕事がしたいなら、レオンと共に行動してもらう。文句は言わせないぞ。お前の命を守るためでもあるんだからな」
「うぐぐ、ギルドマスターの卑怯者っ。加齢臭と口臭がうんこ野郎っ」
ヴィミは歯をむき出しにするほど大口で叫ぶ。
罵倒されたキアズは後方によろめき、受付を支えに体勢を立て直した。
「悪口を言っても、状況は変わらない。今、受けた依頼をレオンと一緒に解消してきなさい」
キアズの指示を受けたヴィミは鋭い視線をレオンに向ける。
肉食獣特有の威圧感。
琥珀色の瞳が鼠を見つけた猫のように光っている。
――まるで信用されていないな。
レオンは、とりあえず笑顔を作る。
「インフィヌートの入口まで来て。五分も待ってあげないから」
自己紹介もなしに、ヴィミは尻尾の陰すら追わせない速度で、ウルフィリアギルドから飛び出した。
「あ、あの……。勝手に、飛び出していっちゃいましたけど」
レオンは、ヴィミのあまりに自分勝手な行動に面食らい、キアズの方に説明を求める。
「すまない、彼女について行ってくれ」
キアズは手を合わせ、懇願するような笑顔を浮かべる。
レオンは肩から力を抜き、小さく頷いた。
「と、とりあえず、ついて行けばいいんですね」
レオンもウルフィリアギルドを出て、馬車が横行している東大通りの車道に立つ。
人とぶつからないよう注意しながら西側にある『インフィヌート』の入口に向って全力で走った。
馬車を追い越し、御者から苦情が飛ぶ中、彼も謝罪を叫ぶ。
王城近くに存在する巨大な建造物、地下に広がる『インフィヌート』の入口を囲った堅牢な建物が見えてきた。
巨大な建物が豚の顔に似ており『落とし豚』といわれている。
冒険者たちが蟻の行列のように並んで『落とし豚』に入っていく。
レオンは行列の中で腕を組みながら足踏みしているヴィミのもとに到着した。
「遅い。私が到着してから三分も待ったんだけど。生死がかかわる中で、三分も救助者を待たせるき? 心臓が止まっていたら、もう助からない時間よ」
「な、なんかごめん……」
「死体に謝っても、返事は帰ってこないわよ。自分をもっと戒めなさい」
――ヴィミは救助隊として誇りを持っているんだな。声が大きい鬼教官。生えているのは角ではなく虎の耳だけど。
「今回はそこまで急ぐ必要もないんだけど、救助隊は何よりも速さが大事。わかった? あと、私の名前はヴィミ・シシル。一七歳。立派な大人よ」
ヴィミは革製の胸当てが着けられた平たい胸に手を当て、堂々と自己紹介した。
――大人の部分を強調するあたり、彼女も子供っぽく見られるのが常なのかもしれない。意外に似た者同士なのかも。
「さっさと、仕事に行くわよ。目的地は一三層」
レオンは一度、首を傾げた。だが、すぐに目を見開き、足が一歩後ろに下がる。
「ちょっ、中層じゃないか。僕はLv.1だから行けないよっ」
「それは冒険者の話でしょ。救助隊は何階層だろうとレベルはあまり関係ないわ。規則はあるけど。まあ、実力より逃げ足があれば問題ない。あなた、速いんでしょ?」
レオンは問答無用で中層に向かう羽目になり、全身にじっとりと粘っこい汗をかく。
――や、やばい組織にやって来てしまったのかもしれない。
「じゃあ、一二層のボス部屋まで行くわよ。二年も冒険者をやっていたなら最短の通路くらい覚えているだろうから、引率なんてしないわ」
「ま、まあ、覚えているけど、魔物とか罠とか、毎回障害が変わるじゃないか」
「魔物は躱す、罠は抜ける。私たち救助隊はダンジョンでお金稼ぎするわけじゃない。救助する相手からお金を貰う。つべこべ言わず、さっさと行くわよ」
ヴィミは説明を手短に済ませ『落とし豚』に入っていく。
だが、まだ説明が足りないレオンは顔を顰め、彼女の曝されている真っ白で綺麗な背中を追った。




