救助隊
「足の速さを生かして、救助隊になるってのはどうだ?」
「救助隊ですか? 僕は曲がりなりにも冒険者として二年間も働いてきたんですよ。いきなり、救助隊に推薦されても困ります」
レオンはシグマの提案を突っぱねた。
――今は少しでも早くLv.2に上がり、強くなりたい。二年間、冒険者として英雄ルークスのようにカッコいい男になるために努力してきたんだ。今さら救助隊に転職する気になれない。
レオンは初めて一人で『インフィヌート』の中に潜った。
レベルを上げる方法で一番手っ取り早いのは、魔物と戦うことだ。逆に魔物を倒さなければレベルは上がらない。
六層からは『初心者殺し』と呼ばれる魔物が出現するため、レオンの実力で潜れるのは五層が限界だ。
彼は五層まで来て、体長一メートルを超えるカエルのような魔物、フロックバックに遭遇し、立ち止まった。
「僕もレベルを上げて強くなるんだ」
レオンはナイフのグリップを力強く握る。
足だけは速く、即座にフロックバックの死角に回った。その瞬間、逆手に持っていたナイフを振りかざす。
フロックバックの体に鋭い刃が直撃。だが、氷のようにツルツルで、鳥の皮以上に弾力のある皮膚は傷一つ付いていない。
「くっ、やっぱり、攻撃が通らない」
レオンは《アビリティ》の『力』の値が低すぎた。
二年間、冒険者として働いてきたにも拘わらず、少し腕の立つ者なら簡単に倒せてしまうフロックバックにすら攻撃が通らない。
即座に一歩引く。
すると、フロックバックは間抜けな顔をレオンに向けた。
なんでも丸飲みする大きな口が開かれる。
長い舌が岩を砕く速度で吐き出された。
レオンは、攻撃を躱すのは得意だ。だが、躱すだけでは一生斃せない。
隙を見てフロックバックの体に刃を何度直撃させても、ダメージを与えられない。
「あ、あれ、こ、こんなにいたかな?」
一体のフロックバックに攻撃を仕掛けている最中、二体、三体、四体と増えていき、いつの間にか逃げ場がなくなった。
攻撃が全く通らない魔物に逃げ場を塞がれたら、どうなるか。想像できないわけじゃない。
――あ……、し、死ぬかも。
レオンはフロックバックの間抜けな顔を見下ろし、腰が抜け、その場で座り込んだ。
足が震え、泣きそうになりながらも立ち上がり、逃げ道を探す。だが、少しずつ距離を詰められていく。
その間、フロックバックの舌の攻撃が矢のように何度も行き交う。
彼は攻撃を躱し続けた。だが、躱すたび、敵の攻撃で地面が抉れた。
目の前に迫ったフロックバックが口を開ける。
レオンは攻撃を避けようとしたが、粗くなった足場に躓いてこけた。立ち上がる隙はなく、目をつぶる。
その瞬間、トマトが潰れるような音と共に、生暖かい液体が頬を伝う。
目をそっと開いた……。
目の前にいたフロックバックが尻に敷いたサンドイッチのようにぺしゃんこになっている。
代わりに、虎耳と銀髪が特徴的な少女がいた。男の目は一切気にせず、動きやすさだけを重視し、素肌を晒しまくった超軽装備。
少女は鋭い目つきを周りのフロックバックに向ける。一分もしない間に、全てを殴り、蹴り、蹴散らしていく。一方的だった。
倒されたフロックバックのドロップアイテムが地面に転がり、少女が拾っていく。
「あなた、一般人? 魔物を倒せないのに一人でこんなところまで来るなんて、相当方向音痴なのね。出口は……」
「い、一般人?」
一般人は上層の弱い部類に入る魔物すらろくに倒せない。レオンと同じだった。
レオンは長い間、言葉が出てこなかった。
ゆっくりと立ち上がり、震える唇をようやく動かす。
「た、助けてくれて、ありがとうございました。それじゃあ、僕はこれで」
レオンは目の前の少女から逃げるように立ち去る。
次の日も、また次の日も『インフィヌート』に潜って魔物を斃そうとする。
だが、真面に斃せる魔物はスライムだけ。スライムをいくら倒したところで《アビリティ》は一切変化しない。
そうこうしているうちに、手持ちの金が付きた。
ルークス銀行に貯めておいた金を切り崩しながら生活する日々。
「このままじゃ、貯金だけ減っていく。お金が尽きたら、生活できないぞ。冒険者として生きていくことすらままならなくなってしまう……」
一人で魔物が倒せない以上、冒険者としての収入はゼロ。
貯金はあるが無限ではない。
シーフとしての危機感知が反応し、警鐘を鳴らしていた。
「……くっ、救助隊の仕事は、弱くてもこなせるのだろうか」
レオンはルークス銀行からバルディアギルドまで走って移動する。
建物の中に入ると、受付でシグマが朝っぱらから飲んだくれている冒険者に叱りつけていた。
説教が終わるまで待ち、身を乗り出しながら声をあげる。
「シグマさん、僕を救助隊ギルドに推薦してください」
☆☆☆☆
次の日の朝、レオンは冒険者ギルドではない建物まで歩いていた。
田舎から王都に出て来てほとんど使った覚えがない道を行く。
東門に続く東大通り沿いにあるため、迷わず到着した。
「……救助隊ギルド、何気に初めて来たな」
巨大なダンジョン『インフィヌート』に入るのはほとんどが冒険者。
冒険者の種類は様々。お金目的の者もいれば英雄譚に憧れている者もいる。
絵本の中は夢で一杯だが、現実は甘くない。
『インフィヌート』に入ると冒険者に向いている者と向いていない者、運がいい者、悪い者が如実に現れる。
冒険者に向いていない者と運が悪い者はこの救助隊ギルドのお世話になるのが、当たり前だった。
「僕は周りの皆が優秀だったから、一度もお世話になってなかっただけか」
レオンが訪れたのはウルフィリアギルドという名の救助隊ギルド。
キアズに推選されたのが、この場所だった。
救助隊ギルドの中でも一番実績を残しているウルフィリアギルドはバルディアギルドと王城を挟んで正反対の位置に建てられていた。
――ギルドマスター同士の仲が悪いのかな。
ルークス王国の王都は高い位置から見ると円形だ。
その中心に王城と『インフィヌート』に繋がる入口があり、八方位に大通りが整備され、区画に分けられている。
バルディアギルドは西地区、ウルフィリアギルドは東地区にあった。
レオンは罠や魔法が仕掛けられているダンジョン内を歩くようにウルフィリアギルドの中に入った。
「すみません……、シグマさんに推選されてきました」
冒険者ギルドよりも清潔感のある内装。むしろ医療機関の雰囲気に近い。
「ちょっと、なんで私一人で仕事したらいけないのっ」
レオンのかぼそい声を打ち消すほど、甲高い声が響き渡る。




