第八話 レベルアップ
夜。
ギルド拠点は静まり返り、深い闇に包まれていた。
豪邸の中、冬吾は広いベッドに身体を沈めていたが、眠りは浅い。閉じた瞼の裏で、何度も同じ映像が再生される。
刃が肉を裂く感触。
熱い血が拳を濡らす感覚。
エッジの顔。驚愕と殺意と、そして確かな死が混ざったあの目。
「……っ……!」
夢の中で、エッジの亡霊が立っていた。
黒く焼け焦げたセブンスと並び、ゆっくりと冬吾へ腕を伸ばしてくる。
『よくも……』
『てめぇが……俺を……』
『戻してやるよ……同じ場所にな……』
「やめろッ……やめろ……!」
冬吾はうなされ、荒い息を吐いて飛び起きた。
天井が静かに広がっている。
深夜の空気は冷たく、現実は静かだ。
「……夢、かよ……」
汗が額をつたい、シーツを濡らしていた。
気を落ち着かせようとステータスを開く。
――その数字を見て、冬吾の息が止まる。
【レベルアップ Lv.1→Lv.10 】
【最大HP:145】
戦士らしい伸び代で、HPが大幅に増えていた。
たしかに強くなっている。
でも、その成長の裏には確かな「犠牲」があった。
(エッジを倒した経験値……その結果がこれかよ)
胸に重さがのしかかる。
ふと横を見ると、少し離れたベッドでクラウドが穏やかに寝息を立てていた。
彼はまだ高校生だ。
あの戦闘で凍りつくのは当然。
(……外、歩くか)
冬吾はそっと部屋を出る。
廊下の先、女子部屋の前に差し掛かると、そこに小さな影があった。
「……ベリー?」
壁に背を預けたまま、膝を抱えてうずくまっている。照明の薄明りに、その頬の跡が浮かび上がった。
涙の跡。
「寝れねぇよな……」
声をかけると、ベリーは顔を上げ、いつもの強がりを口にした。
「べ、別に……たいしたことないわよ……」
しかし声は震え、視線は揺れている。
冬吾は、悟った。
彼女は冬吾の半分しか生きていない、普通の少女だ。
それが今日、人を殺めた現実に押しつぶされそうになっている。
「無理すんなって。……あれは正当防衛だ。やらなきゃ、俺たちが死んでた」
ベリーは唇を噛んで俯く。
「……わかってる。頭では。でも…………焼ける匂いが……まだ鼻に残ってるの。あいつの悲鳴も……忘れられない……っ」
声が震え、涙がこぼれた。
冬吾は静かに隣に腰を下ろす。
「ベリー。お前はよくやったよ。俺だって怖ぇよ。正直、今でも足ガクガクだし……吐きそうだ」
「……アンタでも……?」
「ああ。てか慣れてたら逆にヤベぇだろ」
その言葉に、ベリーが小さく笑った。
そして、涙がこぼれたまま冬吾の肩に額を預けた。
「……ちょっとだけ……泣いてもいい……?」
「ああ、好きなだけ泣け。泣いて、呼吸整えて……そんでまた一緒に立てばいい」
ベリーはしばらく小さく震え、静かに涙を流した。
やがて、呼吸が整い、目元を拭って立ち上がる。
「……ありがとう。……少しだけ、楽になった」
「ならよかった」
少女はほんの少しだけ、力を取り戻した表情になっていた。
夜風が二人の間を通り抜け、遠くで時計の針が刻を打つ。
嵐のような一日が終わり、ゆっくりと、深夜が流れていく。
翌朝。
豪邸の中庭には澄んだ光が差し込み、昨日の血の匂いが嘘のような静けさが漂っていた。
クラウドは早く目を覚ますと、ギルド石碑を通して、レゾナンスのメンバー以外で唯一信頼できる相手・コンドルへ連絡を取っていた。
「昨日、実は……僕たち……戦闘になって……」
クラウドの声は震えていたが、隠さずに事実を全て話した。
エッジとセブンスに襲われたこと。
冬吾とベリーが撃破したこと。
ランキングに灰色の名前が並んでいたこと。
コンドルは沈黙の後、低い声で口を開く。
『実はな、クラウド。お前が言う前に、ある情報が届いてたんだ』
「情報……?」
『獅子王軍の内部に潜ってる仲間からだ。昨夜、エッジとセブンスが死んだって連絡が来た』
「っ……!」
クラウドの背筋に悪寒が走る。
『犯人はわかってないようだが……獅子王軍は怒ってる。誰かが殺したってだけで、復讐に動くような連中だ。』
「僕達……狙われる……?」
『その可能性はある。クラウド……お前ら、本当に気をつけろ。この世界は、殺しが暴走する。復讐連鎖に巻き込まれたら終わりだ』
そこで通信は切れた。
クラウドはしばらく茫然と立ち尽くし、深呼吸を一つしてから仲間のもとへ戻る。
「どうしたの、クラウド?」
冬吾が尋ねる。
「……獅子王軍、怒ってるって。 エッジとセブンスの死は、まだ犯人不明らしいけど……」
その言葉に、ベリーとコルトの表情が強張った。
「また昨日みたいに突然来られたら、今度こそ全滅ね……」
ベリーが小さく呟く。
クラウドは拳を握りしめ、言った。
「だから……拠点を強化しよう。もう、好き勝手に襲わせたくない」
その提案に、冬吾もうなずいた。
「確かに……壁も柵もスカスカだもんな。あいつらにバレて、本気で来たらヤベぇ」
「材木も石も足りないね……」
クラウドが地図を開く。
「洞窟ダンジョンなら、壁材になる石や鉱石が拾える。みんなで行こう。まずは素材集めだ」
「ダンジョン……」
コルトが不安そうに呟いた。ベリーは深呼吸し、昨日の泣き跡を隠すように髪を整えながら言う。
「……行くしかないわね。もう昨日みたいに命狙われるのは御免だもの」
冬吾は短く言った。
「あぁ。俺たち全員、生き残るぞ」
こうしてクラウドたちは、ギルド拠点強化のための第一歩。洞窟ダンジョンでの素材集めへ向かうことを決めた。
ーーー 第一章 冬吾の物語 完 ーーー




