最終話 さよならの形、バロンとリサージュ
──暗い。
光も影も、音すらない。
ただ、無限に広がる静寂の海のような空間だった。
その中心に、ぽつりとひとり、座り込む影があった。
バロン。
首を刎ねられ、肉体は崩壊し、意識すら消滅へ向かっている。
輪郭が溶け、何度も途切れながら、それでも彼はそこにいた。
「……ああ、クソ……またここかよ」
自嘲の笑い。
だが声はもう震えていた。
「結局……嫌われて終わりか。現実でも……ゲームでも……俺は……」
手を見つめる。そこにあったはずの力も、熱も、もう残っていない。
「俺さ……本当は……誰かと遊びたかったんだよ。でも……うまくできなくて……怖くて……気づいたら全部壊してた……」
闇がにじむ。
それは涙だった。
「どこで間違えたんだろうな。少しでも違ってたら……あいつらみたいに生きられたのかな……
俺だって……ああなりたかったよ……!」
涙が落ちて消える。
バロンの身体はすでに、消滅を始めていた。
「──だったら」
柔らかい声が、背後から彼を包んだ。
次の瞬間、温もりが背中に触れた。
「わたしが……抱きしめてあげる」
「……リサ……ージュ?」
振り返ると、そこに形なきはずのリサージュがいた。彼女もまた肉体を失い、霧のように揺らいでいる。
それでも、彼女は確かにそこにいた。バロンに寄り添い、腕を回し、胸に顔を埋めていた。
「間違えてなんかいないよ……バロン」
「……違う。ぜんぶ俺のせいだ」
「そんなことない。あなたはただ……ひとりぼっちだっただけ」
リサージュの声は震えていた。
「あなたが誰かを傷つけたのは……愛し方を知らなかったから。助けを求める方法を、誰も教えてくれなかったから。ねぇ……責めないで。そんなふうに自分を押しつぶさないで」
「……でも、俺は──」
「あなたが望んだなら……あの七人のように生きる未来だって、きっとあった。もし誰か一人でも、あなたの手を取っていたら……あなたは笑えてた」
バロンが顔を歪める。
「……そんなもしもを言ったって……もう遅ぇよ……」
「遅くなんてないよ」
リサージュは、溶けかけた手で彼の涙を拭った。
「だって……ここにいる。最後の瞬間……あなたはひとりじゃない」
バロンの目が、初めて弱い光を帯びる。
「……リサージュ……」
「あなたを愛したわたしも、わたしを選んでくれたあなたも……間違いなんかじゃない」
ふたりの身体はもう霞むように薄い。
触れればほどけてしまいそうなほど脆い。
ただ、心だけが確かに触れ合っていた。
二人の身体はもう、光の粒となって空間に溶け始めていた。
輪郭が揺れ、触れ合うたびに指先が崩れ、それでも二人は離れなかった。
バロンは震える手で、リサージュの頬に触れた。
「……リサージュ」
「うん……聞いてるよ、バロン」
声が震えている。
もう時間がないことを、お互いわかっていた。
「俺……お前に……言いたいことがあるんだ」
言葉がこぼれるように、零れた。
「俺と……出会ってくれて……ありがとう」
リサージュの瞳が揺れた。
「俺と……いてくれて……ありがとう……
俺なんかと一緒にいてくれて……
見捨てねぇで……そばにいてくれて……
本当に……ありがとう……」
抱きしめる腕が細く細く、光になって消えていく。
リサージュはバロンの胸に顔を押しつけ、小さく首を振った。
「違うよ……バロン。
わたしのほうこそ……ありがとう」
溢れる涙が、彼の胸に落ちて光へ溶けていく。
「私と会ってくれて……ありがとう。
私を選んでくれて……ありがとう……
そして……生まれてきてくれて……ありがとう」
「……リサージュ……」
「あなたという存在に……出会えてよかった……」
二人は互いの言葉にすがるように、何度も何度も同じ言葉を繰り返した。
「リサージュ……ありがとう……」
「バロン……ありがとう……」
「……リサージュ……」
「大丈夫……私はここにいるよ」
「リサージュ……」
「ずっといるよ……あなたのそばに……」
「リサ……ージュ……」
「大丈夫……バロン……怖くないよ……」
バロンの声が、細く、遠くなる。
リサージュは震える両手で、バロンの頬を挟んだ。
「バロン。
大丈夫……私はここにいる……ずっと……」
「……リ……サージュ……」
それが、彼の最後の言葉だった。
バロンの身体が光となり、静かに、音もなく、彼女の腕の中でほどけていく。
リサージュは涙をこぼしながら、その消えゆく光を抱きしめ続けた。
「ありがとう……バロン……
あなたと過ごした時間……全部、大切だった……」
彼の光が完全に消えたあとも、彼女はそっと微笑んだ。
「大丈夫……バロン……
最後まで……あなたはひとりじゃなかったよ」
その言葉を残して、リサージュ自身もまた、静かな光の粒となって闇に溶けていった。
ーーー サンドボックスウォーズ「シアワセのサーバー」 完 ーーー
本編『サンドボックスウォーズ』が“ゲームという舞台を通じて、プレイヤーたちの現実の葛藤や人間ドラマを描く物語”であるのに対し、
この外伝では思いきり舵を切って、“異世界転移×ダークファンタジー”というまったく別の世界観に挑みました。
ゲームでは死んでも復活できる世界だからこそ描けなかった「取り返しのつかない喪失」。
それをどう表現するかは、書いている自分自身にとっても大きな課題であり、挑戦でした。
外伝で仲間たちが次々と倒れていく中で、
“ゲームでは軽く扱われる死”を現実的に、そして重く描くことで、
生き残った者たちの 決断・勇気・罪悪感・友情・愛情 がより鮮明に浮かび上がる。
そんな、人の心に触れる物語を目指しました。
結果としてこの外伝は、
誰かと繋がっていたいと願う者たちの“友情と愛情の王道シリアス” と言えるものになったのではないかと思っています。
冬吾たち七人が死線をくぐり抜けて手にした“第二の人生”。
そして、バロンとリサージュが最後に見せた、誰よりも純粋な「共にいたい」という想い。
それらが少しでも読んでくださった方の胸に残れば、本当に幸いです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
よろしければ、本編『サンドボックスウォーズ』もぜひご覧ください。m(_ _)m




