第四十三話 最終決戦 ー後編ー
アズガルド・ヴィルカンの白炎が霧散した瞬間、大広間の空気が一変した。
黒霧が沈み込み、逆流し、爆ぜる。
その中心で、バロンの身体が変質していく。
皮膚が割れ、黒金の装甲のような紋が浮かび、瞳は深淵のような紫に輝いていた。
「これが、究極体……」
ネロの声がかすれる。
バロンが指を鳴らしただけで、床石が粉砕された。
「もういい。てめぇら全員……まとめて終わらせる」
次の瞬間。
誰も目で追えなかった。
衝撃波。閃光。悲鳴。
七人全員が一撃で吹き飛ばされていた。
「が……はっ……!!」
「ど、どこから攻撃が……!」
ミサトの白雲が欠け、コルトの蒼いバリアが瞬時に潰れ、ベリーの補助魔法が何層も剥がされ、冬吾の回避ですら反応が遅れた。
リサージュがほころぶように笑う。
「美しい……。あなた、完璧よバロン。彼ら程度じゃ、もうあなたには触れることすら──」
その瞬間、轟音。
真正面から、グレンデルが吹き飛ばされながらも踏みとどまっていた。
「触れねぇ……で、終わってたまるか……!」
歯を食いしばり、血を吐きながらも立ち上がる。
「俺は……マキシムのために。リュウセイのために。あいつらの分まで……戦うって決めたんだよ!!」
バロンが目を細めた。
「またその名前かよ。興味ねぇって言ってんだろ」
「なら……これで刻みつけてやる!!」
グレンデルの筋肉が爆ぜ、斧に赤黒い光が凝縮する。
サンドボックスウォーズにおける、斧戦士の最強クラスの奥義。
「覇刃!!」
空気が裂けた。
大地そのものが抉れ、バロンの腹部に深く斬撃が突き刺さる。
「……っ!」
バロンが初めて後退した。
腹部から黒い血が噴き、闇霧が乱れる。
「やり……やがったな……!」
「まだだッ!!」
ミサトが叫んだ。
覇刃で怯んだわずかな隙。
そこへ白雲の光刃が跳ね上がり、バロンの肩を深く裂いた。
「仲間の想いを侮るなッ!!」
「クソが……!!」
バロンが反撃に転じようとしたその瞬間。
「逃がさない……ッ!!」
ネロの全身が蒼白く発光する。
「エースさん……あなたが切り開いてくれた道だ!!
ここで……ここで終わらせる!!」
詠唱が空間を震わせる。
魔力がネロの杖すら砕きながら凝縮されていく。
「ディレイ・インフィニティ!!」
世界が止まった。
三秒。
いや、体感では三分にも近い“絶対の停止”。
その時間に割り込む影がひとつ。
「任せとけ!」
レンが飛び出し、影のような乱舞を刻む。
「っせぇぇい!! てめぇのデカい身体で見えねぇほど、刺してやんよ!!」
超高速のナイフ乱舞が、停止時間の中で無数の斬撃となる。
バロンの肉体から、黒い血が何筋も走った。
「やめろぉぉぉぉ!!」
リサージュが絶叫する。
同時に、彼女の手に再び白炎が灯る。
「アズガルド・ヴィルカン!!」
だが。
「させません!!」
コルトのホーリーウォールが前に出る。
「ベリー、重ねて!!」
「うんッ!!」
ベリーのイラプトブレイズが重なり、
光と炎が逆流しながら壁を形成する。
白炎と、聖と炎のカーテンが拮抗し──
空間が悲鳴を上げた。
「耐えて!! 二人とも……!!!」
ミサトが歯を食いしばる。
その隙に、バロンの目の前へ、冬吾が歩み出た。
約束の剣が蒼く震える。
冬吾の中に、あの日々の記憶が流れ込む。
ブライト。
ロイド。
エース。
マキシム。
コンドル。
リュウセイ。
トッシー。
サオリん。
ーーそして、クラウド。
仲間たちの願いと、涙と、死と。
「……全部、背負ってきた」
バロンが気づく。
「な…なんだよ、その目……」
「俺は……全部見てきたんだよ。お前が壊したもんも、奪ったもんも……!」
冬吾は剣を構える。
「だから終わりにする。仲間たちの怨念じゃねぇ。俺自身の決着としてな」
バロンが吠える。
「来いよォ!! 冬吾ォ!!」
世界が閃光に染まる。
冬吾は跳んだ。
「――約束の一閃・終極形」
その剣は、まるで光そのものだった。
過去と現在、仲間たちの想いと、冬吾自身のすべてが重なった唯一無二の一撃。
バロンの首筋に吸い込まれるように、蒼の刃が走った。
刹那。
黒霧が悲鳴を上げ、究極体の肉体が崩れ、バロンの首が、静かに宙へ舞った。
バロンの首が落ちた瞬間──
「……え?」
リサージュの瞳が揺らいだ。
「バ……ロン?」
白炎をまとったサキュバスの姿のまま、彼女はふらりと一歩前へ出る。
「バロンっ!!」
それは、AIらしくない。
アルゴリズムによる反応ではない。
ただひとりの少女の叫びだった。
その瞬間、彼女の集中は完全に途切れた。
「ベリーさん!!」
「……はい!!」
コルトとベリーが魔力の限界を超えて放つ。
「ホーリーウォール・ゼロ距離展開!!」
「イラプトブレイズ最大出力!!」
聖なる光と爆炎が一つに融合する。
凄まじい光柱となってリサージュを飲み込んだ。
「――っあ……あぁぁぁぁぁああああ!!」
蒼と紅の大波がサキュバスの翼を焼き、装甲のような魔皮膚が溶けて崩れ、魔核が悲鳴を上げる。
「ま、待って……バロン……まだ……まだ私、あなたのそばに……」
リサージュは焼けただれながら、消えゆく黒霧の中で手を伸ばした。
しかしその手は、もう誰にも届かない。
「さようなら……バロン……あなたが……望んだ……二人きりの世界は……」
そこで声が途切れ、光が完全に彼女の身体を飲み込む。閃光が収まると同時にリサージュの姿は、跡形もなく消えていた。
長く続いた因縁は、静寂の中で終わりを告げた。




