第四話 レゾナンス
朝日が差し込み、小鳥の声が響く。
冬吾が拠点の外へ出ると、すでにクラウドが手を振っていた。
「冬吾さん、おはようございます!」
その隣には、見慣れない少女が立っていた。
小柄で、細い腕。
大きめの丸メガネに、ボサボサの長い髪。
パーカーの袖を伸ばしたまま、じっとこちらを観察してくる。
「……ベリーです」
短く名乗ると、視線をそらした。
冬吾も軽く会釈する。
「冬吾って言います。よろしくな」
するとベリーは、すぐさま眉をひそめた。
「実名を言うのは、ゲームではやめた方がいいですよ。危ないので」
「あ、あぁ……そういうもんなのか?」
冬吾が戸惑っていると、クラウドがフォローに入る。
「冬吾さん、メニュー表示してみてください。そこから名前変更できますよ」
「お、おう……メニュー、メニュー……?」
意識を向けると視界に操作画面が現れた。
名前欄に「冬吾」としっかり表示されている。
(……変えるのか? いや、決めるのめんどくせぇ……)
3秒悩んだ末、冬吾は無言でメニューを閉じた。
「……まあ、いいか。このままで」
ベリーは呆れた顔でため息をつく。
「はあ……自己管理が甘いタイプですね、あなた」
クラウドは苦笑しながら肩をすくめた。
「ベリーさんは初心者だけど……まあ、ゲーマー気質なんだよね」
「自称じゃなく、実際ゲーマーです」
ベリーは静かに主張した。
その眼差しは妙に鋭い。
「で……この世界、ギルドバトルとか、レイドとかあるんでしょう?プレイヤー同士の命のやりとりとか、理不尽なモンスターとか……」
冬吾は思わず顔をしかめる。
(ゲームで命のやりとり……? 冗談じゃねぇぞ)
クラウドは苦笑しながらも、真剣に言った。
「当然、あるよ。このゲームにもそういう要素は。だけどSBWは、それが全てじゃないから」
「SBW?」
冬吾が首をかしげる。
ベリーは冷たく、抑揚のない声で答えた。
「サンドボックスウォーズの略です。基礎中の基礎ですよ」
「あ、ああ……そうなのか」
冬吾が苦笑する横で、クラウドは続ける。
「バトルだけじゃなくて、自分たちのハコニワを作って、平和に暮らすっていう楽しみ方もできるんです。実際、そうやってるプレイヤーも多いですよ」
「ハコニワ、ねぇ……」
冬吾は昨日作った拠点を振り返る。
木材だらけの小さな家。
けれど不思議と、胸の奥が温かくなる。
(……悪くねぇな)
冬吾、クラウド、ベリーの三人は、新たな素材と食料を求めて森へ向かった。
静かな森林を歩いていると、前方から悲鳴が響いた。
「たすけてぇぇええ!!」
茶髪のストレートの若い女性が、必死に走ってくる。その背後を、坊主で筋肉質の巨漢が豪快に追いかけていた。
「いいじゃねーかよ! ヤらせろ!!」
「うわ……最低」
ベリーは吐き捨てるように言うと、即座に手をかざした。
「捨ておけませんね。ファイアボール」
火球が一直線に飛び、巨漢の背中を直撃した。
「あっづ!! くそっ、覚えてろよォォ!」
男は情けない叫び声をあげながら、森の奥へ逃げていった。
女性はその場にへたり込み、肩を震わせて泣き出した。
「だ、大丈夫ですか?」
クラウドが優しく声をかける。
「ひっく……ありがとう……本当に……」
涙を拭きながら、女性は震える声で続けた。
「さっきのあいつら……プレイヤーの集まりなんです。ギルドを作って、この世界を“征服する”とか言ってて……。襲われるプレイヤーも増えてて……」
冬吾は眉をひそめた。
「ギルド? なんだそれ」
ベリーはため息をつき、冷たく説明する。
「プレイヤー同士が集まって作る組織です。拠点共有、アイテムの融通、戦闘支援……良いギルドも多いですが、悪い連中が作ると最悪です」
クラウドは腕を組み、真剣な表情になった。
「危険が増しているなら、安全のためにも……僕たちもギルドを作った方がいいかもしれません」
そう言うと、メニューを表示し、ギルド作成画面を開いた。
冬吾とベリーも横から覗き込む。
「ギルド名、どうします?」
クラウドが尋ねると、冬吾はふと口にした。
「レゾナンス……とか?」
ベリーは小さく頷く。
「悪くないですね。意味は共鳴……。それぞれ違うプレイヤーでも、心や目的が共鳴する、か。アンタにしては上出来じゃん」
(こんガキャ、明らかに歳上の俺をアンタ呼ばわりかい!)
クラウドも笑顔で同意した。
「僕も好きですよ、その名前。じゃあ……ギルド名は《レゾナンス》で!」
クラウドが決定ボタンを押す。
ギルド・レゾナンスが結成されると、クラウドが手際よくギルドハウスの基礎を組み立てていく。
「ここを本部にしましょう。みんなが集まれる場所、ですね」
「いいわね」
ベリーは即座に加入ボタンを押した。先ほど助けた女性も、おずおずとクラウドの後ろに立つ。
「わ、私も……入っていいですか?」
「もちろんですよ。名前は……?」
「コ、コルトです……」
クラウドに誘われるまま、コルトもギルドに加入した。その横で冬吾は、ひとりメニューを操作していた。
「えーっと、ギルド……加入……どこだ……?」
だが、冬吾の指が誤って別の項目に触れた瞬間、視界が切り替わる。
【サーバー総合力ランキング】
「……お? 俺、40位だって!」
得意げに胸を張る冬吾。
「は? アンタが?」
鼻で笑ったベリーも、つられてメニューを表示した。
「じゃあ私は1位かしら……って、ホントに上位じゃない! 私、9位よ!」
「僕は5位ですね」
クラウドが淡々と告げる。コルトも慌てて確認し、目を丸くした。
「あっ……わ、私は……41位……?」
冬吾とほぼ変わらない順位だ。
「このサーバー、課金できなさそうですし……みんな拮抗してるのかな」
クラウドがランキング画面をスクロールする。だがその表情が、途中で固まった。
「あれ……?」
「どうかしたの? クラウドさん」
ベリーが覗き込む。
(クラウドはさん付けなんだな)
冬吾は心の中でツッコんだ。
「おかしいな、本来なら50位まで見えるはずなのに、44位までしかない」
冬吾、ベリー、コルトも画面を確認する。
確かに、45位以下が存在しない。
「まさか……このサーバー、44人しかいないの?」
ベリーが眉を寄せる。しかも――
「44位のユーザー名……灰色になってます」
コルトが指で示した。
そこには、他のプレイヤー名とは違い、色の薄い幽霊のような名前がひとつ。
44位:ぽん酢
「なにこれ……ログインしてない……とか?」
ベリーは眉をひそめたまま呟く。
「いや……でも、灰色表示なんて、普通のゲームじゃ見ない仕様だよな……」
冬吾も首を捻る。
「名前が灰色なんて、見たことありません……そもそも、ログアウトなんてできるのかな」
クラウドの表情も真剣だ。
ただのバグなのか、それとも――
44サーバーの違和感が、じわりと彼らの背筋を冷やしていった。




