第三十四話 また会おうぜ
灰色の空の下。
音も色も薄れたような、広い湖畔に、開成は立っていた。
「……ここ、どこだよ……」
足元を見れば湖面が鏡のように光り、風のない空気が肌に触れる。生前の痛みは、まったくなかった。
「よう、開成」
背中から声がした。
振り返ると、静かな顔つきの男が石の上に腰を下ろしていた。ギルドマスターのクラウドではなく、素顔の直哉として。
「……直哉か」
「そうだよ。もう来たのか……」
直哉は立ち上がり、開成から数歩の位置で止まる。
ほんの一瞬、気まずい沈黙が落ちた。互いに言いたいことが多すぎて、整理できない沈黙だった。
先に口を開いたのは、直哉だった。
「……開成。まずは……本当に悪かった」
静かで、重く、誤魔化しのない声だった。
「お前を……あの事故に巻き込んだのは、俺だ。本来なら、俺一人が死んで終わるはずだった。お前まで……連れて来るつもりはなかった」
開成は黙って聞いていた。
「止めるどころか、危ないなんて微塵も思わなかった。完全に俺の判断ミスだ。本当に……すまなかった」
淡い霧の中で、直哉はどこか弱く見えた。
しかし開成は、ふっと笑った。
「いや、それ……違ぇよ」
「……?」
「大丈夫だろ、行こうぜって言ったのは……俺だよ」
直哉の目がわずかに揺れる。
「直哉が責任感じるのは、たぶん違う。俺が止めなかったどころか、余裕っしょって先に言ったんだ。だから……巻き込んだとか、気にすんな」
開成は鼻をこする。
「てか、お前だけ悪者みたいなの……ムカつくし」
直哉は、少しだけ笑った。それは、生前ほとんど見せなかった、年相応の柔らかい笑みだった。
「お前は……強いな、開成」
「強くねぇよ。ただ、ダチを一人で責めさせたくねぇだけだ」
湖面に二人の影が揺らぐ。
しばらく、二人は座って水面を眺めていた。生きていた頃には絶対に共有しなかった、静かな時間。
「なぁ直哉」
「ん?」
「向こう……まだヤバいよな」
「ヤバいだろうな。リサージュに乗っ取られたドラゴンもいるし、戦いは続く」
「……そっかぁ。俺、もう行けねぇの……なんか悔しいな」
「それでも、お前は向こうで生きた。仲間のために死んだ。それは……誰にも奪えないお前の物語だ」
開成は、少し照れたように横を向いた。
「……お前にそう言われると……なんか救われるわ」
直哉が立ち上がる。
「そろそろ時間だ」
「そっか……」
開成は湖の奥から差す光に目を細める。
「直哉」
「なんだ」
「……あの世界でさ。お前のギルドに入れて……良かった」
「俺もだよ、開成」
直哉が手を差し出す。開成も、その手をしっかりと握った。
「じゃあな。 お互い……来世でやり直そうや」
「あぁ、また会おう。 生まれ変わっても、どっかで必ず」
手を離し、開成は光の方へ歩き出す。
後ろから直哉の声が届いた。
「お前を巻き込んだこと、忘れない」
開成は振り返らず、手をひらひらと振った。
「だから言ってんだろ。 気にすんなって、直哉」
やわらかな光の中に、開成の姿がゆっくりと溶けていった。
そして静寂が戻る。
ここは死者の世界。
もう戻ることはない。
けれど、二人の間にあったわだかまりだけは確かに消えていた。
ーーー 第六章 カイセイの物語 完 ーーー




