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サンドボックスウォーズ「44サーバー編」  作者: 黒瀬雷牙
第一章 冬吾の物語

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第三話 こっちの方がいいかもな

 森の奥へ入り、冬吾は目の前の太い木に拳を当てた。


「叩けばいいんだよな……?」


「はい、思い切りどうぞ!」


 クラウドの声にうながされ、冬吾は拳を振り下ろす。


 ゴンッ!

 乾いた衝撃音と同時に、木が軽く震え、視界にエフェクトの光が散った。


 《木材を入手しました ×4》


「……おお、本当に出た」


「ほらほら、続けて続けて!」


 冬吾は再び拳を打ち込む。


 ゴンッ!


 《木材を入手しました ×5》


「……意外と簡単だな。これだけあれば十分だろ」


 冬吾が木材の束を肩に担ぐような仕草をすると、クラウドは両手をぶんぶん振って否定した。


「いやいやいや! 全然足りません! 木材はいくらあっても足りないくらいなんです! 最低でも100は集めてください!」


「100!? 家ってそんなに食うのかよ!」


「僕は最初200使いました!」


「どんな豪邸建てたんだよ、お前……」


 ぶつぶつ言いながらも、冬吾は木を殴り続けた。拳を当てるたび、木材が軽やかにドロップしていくという、この世界ならではの理不尽な軽さに、少しずつ慣れていく。


 そのとき。


 ガサッ……。


 茂みが揺れた。


「来ますよ冬吾さん! ゴブリンです!」


「またかよ……!」


 振り向くと、さっきと同じ種類の小鬼がこちらへ走ってくる。だが、冬吾はもうさっきの弱い自分とは違う。


「試してみるか……悪魔殺しのナイフ」


 冬吾は腰に下げたナイフを抜いた。持った瞬間、腕が軽くなる。装備補正の感覚だ。


 ゴブリンが飛びかかろうとした瞬間、冬吾は前に踏み込み、上段から縦一線に振り下ろした。


 刹那、ゴブリンはそのまま霧の粒子になって消えた。


 一撃。


「……マジかよ」


 冬吾が呆然と手のナイフを見ると、クラウドが隣で親指を立てていた。


「ナイスキルです! さすがUR装備!」


「これ……思ったより強いな」


 装備の力を実感しつつ、冬吾は木材集めを再開した。


 必要素材を集め終えると、二人は拠点へ戻った。


「よし、じゃあ建てましょうか!」


「そんな軽く言うなよ……」


「大丈夫です、設置は超簡単ですから!」


 クラウドがメニューを開くと、冬吾の視界にも同じクラフト画面が現れる。木材を選び、設置したい場所に意識を向けると、カンッと木の壁が一枚、軽やかに出現する。


「……おお」


「ね? 楽でしょう!」


「現実でやったら腕もげるレベルだぞ……」


 文句を言いつつも、冬吾は壁を並べ、床を敷き、入り口らしき穴を残した。ゲーム補正のおかげで、意外と形になっていく。


 気づけば四方の壁と簡単な屋根ができていた。


「お、いい感じになってきましたね!」


 クラウドは、冬吾が木材を取りに行っている間に集めていた葉や蔦を広げていた。


「これでベッド作ります!」


「ベッド? そんな材料で?」


「大丈夫大丈夫、ゲームですから!」


 クラウドは葉を束ね、蔦で縛り、あっという間に簡易ベッドを完成させた。さらに余った木材で棚まで組み始める。


「お前、器用だな……」


「慣れってやつです!」


 作業に夢中になっていると、気づけば空がオレンジ色に染まり始めていた。


「……あれ? 日暮れてきてないか?」


「ですね。夜になります」


「この世界、夜あるんだな」


 冬吾が空を見上げると、クラウドは少し不思議そうに頬をかいた。


「ゲームとしてプレイしてたときも昼夜はありましたけど……ここまで現実的じゃなかったですね。明るさの変化とか、空気の温度とか……」


「まぁ、リアルすぎんだよな、この世界」


「ですねぇ……」


 そんな感想を交わしていると、クラウドが急に姿勢を正した。


「そろそろ僕、自分の拠点に戻ります」


「もう行くのか」


「はい。夜は敵が強くなりますから」


「……マジかよ」


「心配いりませんよ冬吾さん。家ができたので安全ですし、明日また来ます!」


 クラウドは人懐っこい笑顔を見せ、手を振った。


「冬吾さん、また明日!」


 その背中は夕焼けに染まりながら、軽やかに森の奥へ消えていった。


 その夜、冬吾はいつの間にか眠りに落ちていた。


 ――夢を見ている。


 薄暗い倉庫で、古びたパレットの上に次々と積まれる荷物。

 冬吾は汚れた軍手をはめ、無言でそれを運び続けている。腰に鈍い痛みが走る。


「おいそこの非正規!トロトロしてんじゃねえぞ!」


 監督の怒声が飛ぶ。

 自分より年下のくせに、怒鳴ることだけは一丁前な上司。

 冬吾は肩をすくめ、小さく「すんません」とだけ返し、黙って台車を押した。


 現実の自分は、いつもこうだ。


 休憩所の隅に放り出された安い缶コーヒー。

 誰に頼まれたわけでもない、ただの消耗品としての一日。


 財布には小銭ばかり。

 酒に逃げ、ギャンブルでごまかし、気付けば借金だけが膨らんでいた。


(はぁ……また利息だけで終わりじゃねぇかよ)


 夢の中の冬吾は、薄い給料明細を握りしめて嘆息した。

 手は見事に荒れ、爪の中は油汚れで真っ黒。

 冷蔵庫には安いカップ麺が数個。

 誰も待っている人なんかいないアパートの一室。


(なんだよ、これが俺の人生かよ……)


 その瞬間、風が吹いた。

 視界が白くかすみ、夢がほどけてゆく。


 ――気がつくと、木造りの天井があった。


 冬吾は跳ね起き、目をぱちぱちさせる。


「……ああ、夢か。いや、どっちが夢なんだ?」


 手触りのいい木の枕。

 クラウドと二人で作ったばかりの、簡易ベッド。

 外からは鳥のさえずりと、川の流れる音が聞こえてくる。


 胸の奥がふっと軽くなった。


(……あんな現実なら、こっちの方がいいかもな)


 ぽつりと呟く。

 冗談のつもりだったが、その言葉は驚くほどしっくりきた。

 この世界は危険もあるが、息苦しさはない。

 人に怒鳴られず、借金に追われず、ただ生きるために行動すればいい。


 冬吾は大きく伸びをすると、外から差し込む朝日に目を細めた。


「さて……今日も木材集めでもすっか」


 小さく笑いながら、作りかけの拠点を後にした。

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