第三十一話 立ち上がる者達
暗闇。熱いのか、冷たいのかもわからない深い闇。
バロンの意識は、もう肉体からはぐれて漂っていた。
そこへふわりと光が落ちる。
「……バロン」
姿を現したのは、リサージュだった。
ゲーム内で見せていたまこっちの姿ではなく、どこにでもいそうな普通の生存者の姿。
「やっと……話せるね」
バロンは何も言わない。声帯がもうないのか、それとも言葉を思い出せないのか。
ただ、静かにリサージュを見ていた。
リサージュは少しだけ俯き、そして告白する。
「……わたし、バロンのために敵の姿をまねていたの。 そして近づいて……狩っていた」
淡々と語るその声音は、それでもどこか震えていた。
「あなたと2人きりの世界を作りたかった。……でも、だから奇襲を受けた。 あの子たちは、仲間を殺したわたしを追ってきたんだよ」
完全に自分の罪だと思い込むように、しおれる。
リサージュは本来、敗北を理解しないプログラムだ。それでも悲しむという感情を学んでいた。
「ごめんなさい……」
長い沈黙。
やがて、闇の中のバロンがかすかに動いた。
『……心配すんな』
声はもう人の形を保っていなかったが、温度は確かにあった。
『お前、俺のためにやったんだろ。なら、怒る理由なんて、どこにもねぇよ』
リサージュの目が揺れる。
「どうして……? 前のあなたなら、誰のせいだって怒鳴ってたのに」
『前の俺なら、な』
バロンは、ゆっくりと視線を上げる。
右目だけの視界の中で、リサージュをまっすぐ見ていた。
『お前が……変えてくれたんだよ。俺を、人間に戻そうとしてくれてんのは……ずっと、お前だけだ』
リサージュの頬に、涙のような光が一筋落ちた。
データのはずなのに、まるで本物の涙みたいに震える。
「……バロン。わたし、あなたを守る。あなたがまた歩けるようになるまで、何だってする」
『ああ……頼む』
魔獣は崩れた体のまま、ただその言葉だけを信じていた。闇の底で、怪物は一度だけ、確かに人間の表情をした。
一方その頃、レゾナンス拠点では。
耳鳴りのような静寂だった。
クラウド、エース、ブライト、ロイド……
四人が、一度に姿を消した。
残されたメンバーは、その場に立ち尽くすしかなかった。
「……私が、ギルマス……?」
ベリーの頭上に【Guild Master】のアイコンが点滅している。
ギルドマスターがいなくなった場合、加入順で自動的に任命されるシステム。理解はしていても、心は追いつかない。
「こういう時だけ押しつけられても困るんだけど……」
思わずこぼした本音に、誰の責める声もなかった。
誰もが心に余裕を失っていたからだ。
「……立てよ、お前ら」
冷たいようでいて、どこか焦げついた熱を帯びた声だった。いつも他人を見下すような目をしていたカイセイが、今は逆に仲間を奮い立たせようとしている。
「ギルマスが消えたぐらいで終わるなら、最初からここまで来れてねぇよ」
マキシムが頷く。グレンデルも、「ああ、まだ終わっちゃいねぇ」と拳を握る。
ミサトとレンも、いつになく素直にカイセイの言葉を受け入れた。
しかし、ベリー、トッシー、コルト、ネロが浮かない表情を浮かべていた。
仲間の心が一つにまとまらない。
その中でも、ネロの沈み方は異質だった。
エース──
兄のように慕い、自身のヒーローとして見ていた人物。その存在を失ったネロは、魂が抜けたように座り込んでいる。
「ネロ……」
冬吾がそっと声をかける。ネロは冬吾を見るが、焦点はどこにも合っていない。
「なんで……なんでだよ……エース兄ちゃんがいないと……僕…」
「大丈夫だ。お前が立てるまで、俺がそばにいる。無理に戦わなくていい。今は休め」
冬吾の声は、かすれるほど優しかった。そのやり取りを、誰も茶化す者はいなかった。
「……とりあえず、今日の夜までは休め」
カイセイは一歩前へ出る。
「明日、俺が指揮を取る。文句があるなら、それまでに強くなってこい」
その視線は、ベリーにもコルトにもトッシーにも向いていた。全員が息を飲む。
「今、俺たちが崩れたら……いっちまったアイツらに笑われるだけだ」
その言葉に、ようやくメンバーの心に火が灯り始める。
マキシムとグレンデルは装備を点検し、
ミサトとレンは拠点内の見回りへ向かう。
コルトは怖がりながらも日記帳を広げ、ベリーはギルマス権限を理解するため、端末に向かった。
ネロは冬吾の隣で、まだ泣き止めない。
カイセイは一人、外の闇へ歩き出す。クラウドやコンドルがメンバー達を束ねていたことを、決して簡単ではなかったのだろうと痛感していた。
この翌日、レゾナンス拠点は最悪の襲撃に遭うことを、まだ誰も知らなかった。




