第三十話 死闘の結末
魔獣となったバロンは、咆哮とともに大地を揺らす。白い靄が渦を巻き、リサージュの意思がその身を満たした瞬間、理性は完全に霧散した。
「……来いよ、怪物」
剣先を構えながら、エースは仲間三人へ短く告げる。
「前と違ぇのは、俺たちがバロンの動きを知ってるってことだ」
かつてラウドたちを失ったあの地獄。
あの時、唯一残った収穫……魔獣バロンは考えずに喰らうだけの怪物だと知ったこと。
ならば。
「クラウド! ロイド! 動き読ませて撃ち込め!!」
バロンは考えない。
だからこそ、単純な直線攻撃しかしてこない。
その直線に誘導し、遠距離で削る。それがエースの導き出した活路だった。
クラウドの岩槍が地面から連続で突き上がり、ロイドの矢がその狭間を射抜く。
ブライトが槍で牽制しながら、エースは最前線でバロンを誘導し続けた。
しかし。
「がっ……!」
勘一つで避けきれるはずのない一撃。魔獣の腕が薙ぎ払い、エースの脇腹が深々と裂かれる。
「エース!!」
「心配すんな……まだ、立てる!」
血が滴り、視界は揺れる。
それでも、エースの眼は折れていなかった。
一瞬、脳裏によぎる。
ラウドが。
ケビンが。
ミスタが。
コンドルが──
この世界で出会い、そして無慈悲に引き裂かれた仲間たちの姿が。
胸の奥が熱くなる。
痛みでも、悔しさでもない。
背中を押す意思だった。
ラウドの、叫びながら自分を逃した覚悟の重さ。
ケビンの、最後まで冗談を言って場を和ませようとした笑顔。
ミスタの、震える手で剣を握りしめていた横顔。
コンドルの、仲間を守り続けた広い背中。
そのすべてが、エースの胸に同時に響いた。
『まだ行けるだろ、エース』
『お前が倒れるなよ……!』
『頼む……あとは任せたぞ』
『お前なら、できる。絶対にだ』
幻聴なんかじゃない。
これは仲間が残した意思だ。
「……ああ、わかってるよ。見てろよ、みんな」
ふらつく膝を押し上げ、エースは前へと踏み込む。
「オオオオオッ!!」
叫びとともに剣を振り下ろす。
その剣に宿ったのは、エース一人の力ではなかった。
落ちた仲間、戦い抜いた仲間。
全員の想いが重なった一撃。
閃光のような斬撃が走り、
バロンの右腕が凄まじい勢いで吹き飛んだ。
同時に、後ろからロイドの短い叫び。
「エース!! 下がれっ!」
高速三連射。
矢が一直線に重なり一本の槍のように変貌し、鈍い音を立てて、バロンの左眼を貫いた。
魔獣は凄まじい悲鳴を上げ、暴れ狂う。
それは勝ちの流れに見えた。だが……
暴走したバロンの反撃は、もはや避ける術もなかった。四人は一人、また一人と致命傷を受け倒れ込む。
「……ここまで、か……」
地面に崩れたクラウドは、震える手でメッセージウィンドウを開いた。
視界はぼやけ、文字が二重に見える。
宛先は、冬吾。
『冬吾さん状況は、最悪ですバロンは強すぎる……ですが、右腕と左眼を潰しました』
指が震え、最後の文章がにじむ。
『最後になるので……いいます。現実で冬吾さんを殺したのは僕です……ごめんなさい……』
その言葉を打ち終えた瞬間、ウィンドウは霧のように揺らぎ消えた。
そして、クラウドの視界も闇に沈んでいった。
冬吾は、突然届いたクラウドからのメッセージを、何度も何度も読み返した。
右腕破壊。左眼破壊。
そして、四人の全滅。
「嘘……だろ……?」
冬吾の呟きに、コルトが顔を青ざめさせる。
「ど、どうしたの……? なにがあったの……?」
冬吾は震える声で皆を集め、メッセージの内容を読み上げた。
拠点の空気が一変する。
誰も息を飲むことすら忘れていた。
「エースたちが……全滅?」
「うそだろ……あの四人が?」
ベリーは唇を震わせ、涙がひとすじ頬を伝う。
「……だから嫌な予感したんだよ……! やっぱり……!」
カイセイは一歩も動けなかった。
強がりばかりの男が、今はただの高校生の顔に戻り、拳を握りしめて震えている。
「……クラウドが……死んだってのかよ……」
その目には、こらえきれない涙がにじむ。
だが、冬吾の読み上げた最後のメッセージ。
『現実で冬吾さんを殺したのは僕です』
その意味だけは、誰にも理解できなかった。
「……殺した? クラウドが……現実の俺を……?」
冬吾本人が最も困惑していた。
すると、突然カイセイが叫んだ。
「わざとじゃねぇ!!」
全員がカイセイを見る。
涙と怒りで顔がぐしゃぐしゃだった。
「アイツは……直哉は……!」
言葉を詰まらせながら、それでも吐き出すように叫んだ。
「飲酒運転の事故だ……!」
拠点が静まり返る。カイセイは俯き、肩を震わせながら続けた。
「直哉……クラウドの本名な……あいつ、飲んで運転して…… 冬吾さんがタバコ吸ってた居酒屋に突っ込んじまったんだよ……!」
ベリーが口元を押さえ、コルトは涙をこぼした。
飲酒運転による殺人。
絶対に許されることではない。
冬吾は言葉を失っていた。
「なんで……今さら……?」
リュウセイは泣きながら叫ぶ。
「バカだからだよあいつ!!冬吾さんに謝るチャンス、ずっと探してたんだよ……! でも言えなくて……ずっと後悔してて……! たぶん、最後だから……やっと言えたんだよ……!!」
拠点に嗚咽が響く。
冬吾は拳を握りしめ、ゆっくりと空を仰いだ。
クラウドの最期のメッセージが胸に刺さったまま、抜けない。
「クラウド……いや、直哉……お前……そんなこと……抱えてたのかよ……」
その朝、誰も動けなかった。
エースたちの死。
バロンの脅威。
そしてクラウドの最後の懺悔。
あまりにも重すぎる現実が、拠点全体を押し潰していた。
ーーー 第五章 クラウドの物語 完 ーーー




