第二十九話 決戦の開幕
夜明けが東の空を朱に染める頃、四人はついに――
中央金区間の境界へと到達した。
黒ずんだ岩肌、金粉のように煌めく砂、そして奥へ続くまっすぐな道。
ここはバロンが居座る最深域。
引き返すことはもうできなかった。
「……クラウド、ロイド。戻ったぞ」
前方からエースが歩いてくる。
その足取りは自然で、声音も表情も完璧にエースそのもの。
ロイドが息を呑む。
クラウドは微動だにしない。
「いよいよバロンの拠点だ。作戦の確認を」
その瞬間。
クラウドの後ろ手が、わずかに形を結んだ。
決して相手から見えない角度で、韻を紡ぐ。
「――土縛」
ズンッ!
エースの足元の地面が盛り上がり、両脚を瞬時に拘束する。
「なっ――!?」
偽エースが焦りの声を漏らした瞬間、
ロイドの弓がすでに引き絞られていた。
「昔の俺と同じミスはしねえよ」
シュッ!
放たれた矢は躊躇なく心臓を狙う。
偽物のエースは反射的に矢を掴む。
だがロイドは笑った。
「掴んだら次の一射が間に合わねぇんだよ。学んだんだ」
連射が放たれる。
矢は狙いを外さず、拘束された偽エースの腹部。
ドスッ。
深々と貫いた。
その瞬間、クラウドがメッセージを送る。
「エース、ブライト。今だ」
偽エースが崩れ落ち、姿がぐにゃりと歪む。
男の体から女性の姿へ変わり、冷たい瞳の女が現れた。
「……どうして……どうしてわかったの……?」
苦悶と怒りに歪みながら、女が最後の言葉を吐く。
その背後から――
「簡単だよ、バカ」
本物のエースが現れた。
剣を振り上げ、冷たい声で言い放つ。
「クラウドの知略が、バカなお前に勝ったんだよ」
一閃。
【システム】《まこっち 撃破》
女の身体が弾けるように倒れ込み、光の粒になって消えた。
ロイドがすぐさまランキングを開く。
「……クラウド。エース。ブライト。見ろ」
彼が見せた画面には、まこっちの名。
その名前は、灰色に染まっていた。
「やった……終わったんだ……」
ブライトが槍を肩に担ぎ、安堵の息をつく。
エースは生き残った仲間を見回し、拳を差し出した。
「まずは……この勝利を噛みしめようぜ」
クラウド、ロイド、ブライト。
四人は拳を合わせる。
敵を欺くための冷静な作戦。仲間の絆。
そして、コンドルの仇を討ったという事実。
ほんの一瞬だけ、四人は勝利の余韻を感じた。
――だが。
「お、お前らぁぁあああああーーーーーーっ!!」
怒号が響き渡った。振り向くと、太った、不格好な男がこちらに走ってくる。
ぜえぜえと荒い息。脂汗をまき散らしながら、狂った目で叫んだ。
「お前ら……リサージュを!! よくもおおおおおお!!」
四人は誰一人怯まない。
敵の正体を、もう完全に理解している。
エースが一歩前に出て叫んだ。
「バロン!!」
そして、剣を構え、叫び返す。
「今日でテメェは終わりだ!!!」
その一喝に呼応するように、男の肉体がぶるりと震えた。
まこっちの亡骸から溢れた白い光……いや、霧のようなモヤが、ふわりと漂い、吸い込まれるようにバロンの体内へ戻っていく。
「……ッ、ひ、ひひ……ッ!!」
バロンの口角が吊り上がり、眼が反転する。
憎しみも哀れみもない。
そこにあるのは、ただ完全な共依存だけ。
「リサージュが……リサージュがいる限り……俺に敗北はない……!」
肉が裂け、骨が盛り上がり、皮膚が黒く焦げる。
四人は思わず距離を取った。
しかしエースだけは一歩も動かず、剣を肩に担いだまま、ひどく冷静だった。
(ああ……あのときと同じだ。やっぱり、こうなるよな)
そう、彼にとっては初見ではない。
一度、あの魔獣と戦っている。
「クラウド、ロイド、ブライト。お前らは攻撃より回避を最優先しろ!」
エースが鋭く命令を飛ばす。
「まともに殴り合えば死ぬ。まずは“パターン”を整えるぞ!」
三人は同時に頷き、散開。
爛れた皮膚を裂きながら、バロンの体が完全に変貌した。
黒い巨獣。
血を滲ませた牙。
狂った光を帯びた眼。
その咆哮は、金区間の静寂を破壊する。
「――――ォォォオオオオオオ!!!」
バロン VS 四人。
決戦が幕を開けた。
その頃、ギルド拠点。
朝日が差し込みはじめたロビーには、まだ静けさが残っていた。
「……クラウドさん達、戻ってきませんね」
コルトが胸元を押さえるようにして言う。
冬吾は腕を組んだまま窓の外をにらみ、無言で頷いた。
「今日の予定、何も言ってませんでしたよね? ……大丈夫でしょうか」
「クラウドのことだ。下手は踏まねぇさ。けど……ちょっと長ぇな」
冬吾の声には、押し殺した不安が滲んでいた。
そのとき、ソファに座っていたベリーが、ふと顔を上げる。
胸の奥がざわざわと騒いだ。理由のない悪寒が、背中をつたう。
「……嫌な予感がする」
「ベリーさん?」
返事の代わりに、ベリーはランキングウィンドウを開いた。
その瞬間、息を呑んだ。
「……まこっち、が……灰色……」
コルトの肩がびくりと震え、冬吾も歯を食いしばる。そこへ、別の席で談笑していた三人が近づいてきた。
カイセイ、マキシム、グレンデル。
彼らは順位を見てニヤリと笑う。
「お、まこっち落ちたか! ってことは……クラウド達、やるじゃねぇか!」
「中央金区間の討伐ってことだろ? 快挙じゃねーか!」
「盛り上がってきたなぁ……!」
三人は素直に興奮し、功績を讃えていた。
だが、その喜びとは裏腹に、冬吾とベリーの胸には、不吉な寒気だけがしつこく残り続けた。
「……なんか、悪いことが起きてる気がする」
「クラウド……無事でいてくれ」
拠点の空気は、静かに、確実に緊迫していった。




