第二十五話 ほっときゃよくね?
拠点の広間。
簡素な木の机を囲んで、レゾナンスの二人・槍使いのブライトと初老の弓使いロイド、そして元この世界から抜け出しませんか?のコンドルとエースが座っていた。
ロイドが細い目を開け、静かに声をかける。
「バロンとの交戦について、話してくれないか?」
コンドルの表情にいつもの真面目さではなく、焦燥の混じったものだった。
代わりにエースが、短く切り出す。
「……最悪だった」
エースが拳を握る。
「バロンは、人の姿に戻っていたが、前より明らかに強くなってる。俺たちは二人失った。……バロンの仲間らしき女を、仲間のケビンが切りつけた瞬間、奴の気配が変わったんだ……ケビンの首をひきぬいて、近くにいたミスタの頭を、引き抜いたケビンの頭で潰しやがった。まるであの時の、魔獣形態の時の圧力だった」
室内が静まり返る。
「……仲間らしき女?」
ブライトが呟く横で、ロイドはプレイヤー総合力ランキングを開いていた。
「コイツか、バロンを除くレゾナンス未所属の人物……まこっち」
コンドルとエースは顔を見合わせる。
「……いや、あの時バロンはリサージュと呼んでいたはずだ」
「名前を変えた……のか?」
重い空気の漂う拠点の広間に、遅れて足音が響いた。
「……なんだよ、まだやってんのか?」
カイセイが腕を組んで入ってくるなり、話の流れを聞くや否や鼻で笑った。
「そんな危ねぇやつ、ほっときゃよくね? 関わるから死ぬんだろ。自業自得じゃん」
その場の全員が、一瞬だけ言葉を失った。
沈黙を破ったのはエースだった。椅子を軋ませて立ち上がり、カイセイを射抜くように睨む。
「放っておけるわけねぇだろ」
拳を強く握りしめ、震わせながら言う。
「ケビンも、ミスタも……仲間なんだ。前にやられたラウド達だって……俺は絶対にバロンを許せない。必ず仇を討つ」
エースの声は怒りよりも悔しさで震えていた。
コンドルも深く息をつき、静かに言葉を継ぐ。
「エースの感情論だけじゃねぇ。……あいつはこの世界の脅威になる。放置すればするほど強くなる。レゾナンスが動かなくても、いずれどこかで、奴の方から俺たちを殺しにくるかもしれん」
ロイドがその言葉に頷く。
「それに……魔獣形態に戻る兆候があるとなると、放置は危険だ。あの圧力を再現できるようになったなら、いずれ誰も手をつけられなくなる」
ブライトが追い打ちをかけるように呟く。
「いつか……ではなく、近いうちかもしれん」
場の空気は、カイセイの軽口を完全に飲み込み、鋼のような緊張に変わっていく。
だがカイセイだけは肩をすくめたままだ。
「へぇ……まあ、勝手にやれよ。ただし俺は巻き込まれねぇからな。危険物処理はそっちで頼むわ」
カイセイは広間を出ると、舌打ちしながら廊下を歩き、ふと視界の先にクラウドの姿を見つけた。
クラウドはギルマスとしての務めを果たすように、合併してきたメンバー。
ハンマー使いのマキシムと、斧使いのグレンデル。
彼らと談笑していた。
マキシムは坊主頭の厳ついマッチョ。胸板が分厚く、金槌のような拳を持つ男。
グレンデルはヒゲともみあげが繋がった、獣じみたワイルド系。笑えば牙のような白い歯が覗く。
カイセイは近づくなり、口の端を上げた。
「お、なんだよクラウド。デカいの二人と仲良くやってんじゃん。いいなぁ……俺たち同じ側って感じだな」
マキシムが豪快に笑い、腕組みして胸を張る。
「おう、カイセイ。クラウドから聞いとるぞ。力は正義だ、仲間に強い奴が増えるのは歓迎よ」
グレンデルも斧の柄を軽く叩きながらニヤリと笑った。
「で、なんだ? さっきバロンの話が聞こえたが……あんな奴ほっときゃいいんだよ。来たら返り討ちだ。俺の斧で頭でも割ってやる」
マキシムも同調するように、地面をドンと踏み鳴らす。
「そうだそうだ。こっちは三人でも五人でも関係ねぇ。来た時に潰せばいい。それだけだろ?」
カイセイは満足げに頷く。
「だよなぁ。ほら見ろクラウド。バロンなんざ気にするだけムダだって。来たら殺ればいい。単純な話だ」
しかし、その輪の中でクラウドだけは笑っていなかった。目元にかすかな影が差し、心の中で静かに思う。
(……そんな簡単な問題じゃない。バロンは、ただの敵じゃない。あれは変質している)
胸の奥がひやりと冷たくなる。
クラウドは誰にも気づかれないほど微かな声で呟いた。
「……俺は、嫌な予感がする」
その呟きが届いた者は誰一人としていなかった。
翌朝。
拠点の空気はどこか張りつめながらも、各々が日常の作業に戻ろうとしていた。
エースとコンドルを中心に、戦闘組は森へ食料調達の遠征に向かう準備を整えていく。
マキシムとグレンデルも巨大な武器を担ぎ、出発前からやる気に満ちていた。
「んじゃ、行ってくるぜクラウド!」
「獣が出ても任せとけよ、片っ端から仕留めてやる!」
二人の豪快な声が拠点に響く。
その一方で、留守番組には冬吾、ベリー、コルト、そしてレン。
コルトは小さな声で「がんばります……」と呟き、レンは壁際で腕を組んで全体を見渡すように立っていた。
クラウドは彼らに向き直り、穏やかな声で言う。
「留守を任せるよ。何かあったら……すぐに僕にメッセージを飛ばして」
レンが小さく頷き、冬吾は表情を引き締める。
そして、遠征組がぞろぞろと森の方へ歩き出す。
木々のざわめきとともに、拠点は少し静かになった。その静けさが、不思議とクラウドの胸に不安を落としていく。
(……何事もなければいいけど)
そう思いながら、クラウドは小さく息を吐いた。




