第二話 ゲームの中の世界
森を抜けて歩きながら、冬吾はずっと気になっていたことを口にした。
「なぁクラウド……ここが“44サーバー”って、なんで分かるんだ?」
クラウドは振り返り、当然のように言った。
「メニュー画面に表示されてたんですよ。“サーバー:44”って」
「メニュー画面?そんなの……俺は見てないぞ」
「えっ、出ませんでした?視界に“メニュー”って念じるだけですよ」
「念じる……のか?」
試しに、冬吾は半信半疑で目を細めた。
(メニュー……)
――その瞬間、視界の端に白い光の枠がスッと広がった。
「うわっ!?出た!?」
透けた画面が空中に、まるでHUDのように浮かび上がる。
【ステータス】
名前:一ノ瀬冬吾
レベル:1
HP:4/10
攻撃:1
防御:1
職業:ニート
サーバー:44
「ステータスが、クソみたいに弱ぇ……」
思わず声が漏れた。
クラウドが横から覗き込み、苦笑する。
「まぁ、初期ステなんてそんなもんですよ。さっき死んでもおかしくなかったですよね、お兄さん」
「二撃で終わりじゃねぇか……」
冬吾は背筋が冷たくなるのを感じた。
本当に、さっきのゴブリンで死んでいた。
しかしクラウドはどこ吹く風で笑った。
「だいじょうぶですよ、ゲームなんですから。死んだらリスポーンしますって!」
「……ほんとか?」
「多分!」
「多分かよ!」
そんな軽口を交わしながら森を抜けると、小さな拠点が姿を現した。
村の入口のように木の柵が並び、中央には古びた石造りの神殿が建っている。
「ここがこのサーバーのセーフポイントです。たぶん」
「全部たぶんなんだな、お前」
クラウドは気にせず指を指した。
「冬吾さん、あそこ。あの神殿の魔法陣に触れると……ほら、チュートリアルガチャが引けます!」
「ガチャ!?」
「ええ。ゲームはガチャっすよ!」
テンション高いクラウドに半ば押されるように、冬吾は神殿の中へ足を踏み入れた。
中央の床に、淡く光る魔法陣。
手を近づけると、ぴたりと視界が光に包まれ——
【新規ボーナス UR装備10連ガチャが解放されました】
「うお……!?」
視界いっぱいに、巨大なガチャ画面が浮かび上がる。
クラウドが肩越しに覗きながらニヤリとする。
「いいなぁ……僕、それ引けなかったんですよね!」
「そうなのか……?」
「はい、僕は他のサーバーにデータあるから、たぶん新規扱いじゃないんでしょうね。運営ってそういうとこシビアですよ」
ゲームあるある過ぎて、逆にリアルだ。
「まぁ、新規ガチャで出る装備は、ないよりマシ程度ですけどねー」
「そうか……とりあえず、引くわ」
冬吾が決定をタップするように指を伸ばすと、光の柱が10本、天へと伸びた。
バシュッ!バババッ!ガラガラガラッ!
派手なエフェクトが消え、10個の装備アイコンが宙に並ぶ。
・魔導の外套
・雷龍の手甲
・ベオウルフブーツ
・悪魔殺しのナイフ
・黒曜石の盾
・鬼神の指輪
・賢者の帽子
・死霊使いの脚絆
・砂塵の鉢金
・蒼光のネックレス
「……バラッバラだな」
「いや、悪くないです。さっきとは比べものにならないくらい強くなれますよ!」
「そうなのか……?」
「はい、装備すればそれなりに戦えるはずです!」
冬吾は浮かんでいるアイテム群を前に、思わず息を呑んだ。自分が、本当にこの世界の住人になってしまったのだと。
その実感が、ようやく腹の底から湧いてくるのだった。
そしてーー
【冬吾の現在装備】
武器:悪魔殺しのナイフ(悪魔特効)
盾:黒曜石の盾(魔力アップ)
頭:砂塵の鉢金(回避アップ)
胴:幻影の服(回避アップ)
腕:雷龍の手甲(雷耐性アップ)
足:死霊使いの脚絆(死霊モンスターからのヘイト上昇率ダウン)
靴:ベオウルフブーツ(速さ・格闘強化)
装飾:鬼神の指輪(攻撃力上昇)
「次はジョブチェンジですね、こっちです!」
「ジョブチェンジ?」
神殿の中の別の部屋に連れて行かれる。
剣士・騎士・戦士・盗賊・魔法使い・僧侶、そして初期職のニートが並ぶ。
それぞれに特徴があり、初期設定のニート以外はどれも個性豊かに成長できる。
「……格闘家はないのか」
「その発想、面白いですねw格闘家はないですが、他のサーバーで、攻撃力の高い戦士を選び、ベオウルフ装備を揃えて格闘技で戦うプレイヤーは見たことありますよ」
冬吾はそれを聞いて戦士を選んだ。コントローラーならまだしも、剣やら槍やら使ったことがないため、キックボクシングの経験を活かせる選択をしたのだ。
ジョブチェンジを終えると、クラウドは手を叩いた。
「はい!では次は、このセーフポイントの説明ですね!」
「説明……まだあるのか」
「めっちゃ大事ですよ。ここは敵が入ってこない、いわゆる安全地帯です。拠点ってやつですね」
「……ふむ」
冬吾が見渡すと、神殿の外には小さな焚き火台、クラフト台らしき石の台座があり、数人のNPCがウロウロしていた。
「で、冬吾さん。住む家を作らないといけないんですよ」
「……家?」
「家」
「……いや、ゲームで家作る系かよ。マジで?」
「はい、そういうゲームです!」
クラウドがニッコリ笑った瞬間、冬吾の肩がストンと落ちた。
「はぁ……めんどくせぇ……」
「分かりますよ。けど、家ないと装備置けないし、倉庫も使えません。あと経験値集めても眠らないとレベルあがらないので」
「……その辺リアルだな、おい」
「リアルだから楽しいんですって!」
クラウドは冬吾の腕をぐいっと引っぱった。
「素材取りに行きましょう!木材と石材があれば、まずは小屋が作れます!」
「もう休ませてくれよ……HPまだ回復してねぇしよ」
「だいじょうぶ、僕が手伝いますから!二人でやればすぐですよ!」
強引というより、陽気すぎる背中に押されて、冬吾は観念したようにため息をつく。
「……しゃあねぇな。行くか」
「じゃあ森行きましょう!」
再び木々が並ぶ薄暗い森へと足を踏み入れる。
さっきまで敵が潜み恐怖の象徴だった道が、今は素材を求める“作業場”になるという感覚が、ゲーム特有の不思議さを帯びていた。
「木材集めるだけだから、そんなに敵は出ませんよ!たぶん」
「そのたぶんやめろ」
冬吾はぶつぶつ言いながらも、手にはいつの間にか装備したベオウルフブーツが馴染み、軽くステップを踏むと身体の動きが前より滑らかになっていた。
ゲームの世界。けれど、自分の肉体が強化されていく感覚は、現実以上にリアルだ。
そんな違和感とも興奮ともつかない感情を抱えながら、冬吾は木の幹に拳を軽く当てた。
「……よし。とりあえずやってみるか」
「その意気です!」
二人は森の奥へ進んでいく。
素材集めという地味な作業、それでも冬吾の中で何かが少しずつ、冒険者へ変わりつつあった。




