第二十四話 俺たちはなぜこの世界に?
カイセイは列へ戻る前、クラウドをじろりと見た。
青みがかった髪、淡い光を反射するローブ、細い腕に握られた黄色く輝く杖。
ゲーム世界特有の装備が妙に似合っていて、外見だけ見れば中性的で落ち着いた“魔術師”にしか見えない。
――だが。
カイセイの口端が歪む。
「……にしてもさ」
低い声で、周囲には聞こえないように。
「お前、喋り方キモくね? 何でオタクみたいなキャラやってんの?」
クラウドの肩がピクリと動いた。
「な、何がですか? 僕は普通に……」
語尾が妙に柔らかくて、無駄に丁寧。
ギルドの中でもトップらしい振る舞い。
生前の極悪コンビの雰囲気はカケラもない。
カイセイは鼻で笑う。
「昔のお前、そんな喋りじゃなかったよな。肩で風切って歩いて、教師も黙らせてよ。今のそのキャラ、マジで鳥肌立つんだけど」
「……この方が、動きやすいだろ。あの頃みたいな振る舞いなんて、ヘイト増やすだけだろ?……下手すりゃ殺されんだぞ?」
「こじつけんなよ、罪から逃げるためにクラウドって役に隠れてんだろ?」
クラウドの息が止まった。
「違うーー」
「震えてるぞ、声」
カイセイはゆっくり距離を取る。
「まぁそのキャラでいればいいよ。俺はちゃんと見えてるけどな。あの直哉が」
クラウドは、止めようとした言葉を喉の奥で噛み潰すしかなかった。
ダンジョン入口の暗がりを抜け、湿った岩肌が続く洞窟へ進む。
留守番の数名を拠点に残し、主戦力の大半が素材と食料の確保に動いた今回の遠征。
その中でもクラウドとカイセイは、前に構えるだけで周囲の緊張が変わる。
ひとつ魔物が飛びかかれば、クラウドが即座に詠唱し、カイセイが回り込む。
避け、斬り、止めを刺し、爆ぜる火花の直前にクラウドが障壁を張る。
あの日々の延長のように。悪友の呼吸が、体に染みついているかのようだった。
「すご……」
ぽつりと、後方で炎使いのベリーが呟く。
「クラウドさんとカイセイさん、めっちゃ息合ってるじゃん。ていうか、二人ってまさか知り合いとか?」
クラウドが返答しようと杖を下ろした、その瞬間。
「……なんだこのオタクみてーなガキ。気安く声かけんなよ、キモイから」
カイセイがこちらを振り返りもせず、吐き捨てた。
「は……?」
ベリーの表情が、理解できない、怒り、傷つき、全部の感情が一気に爆ぜるように揺れた。
「なっ……なにあいつ……!?」
顔を真っ赤にし、今にも泣き出しそうに唇を震わせながら。
「もういい!!」
足音を響かせ、背中を向ける。その背を見送りながら、カイセイは腹を抱えて笑い出した。
「ッハハハ!! チョロすぎだろあいつ!! 顔真っ赤にしてよ! お前んとこのギルド、あんなのしかいねぇのかよ!」
「……言い方ってもんがあるだろ」
クラウドが視線を伏せると、
「は? 昔よりマシじゃん。あいつらビビらせとけば余計な詮索もしねぇよ」
カイセイの笑いは止まらない。
クラウドは、その軽さの裏に隠れた“あの日”の事故の影を、少しだけ見た気がした。
洞窟の分岐を抜けた先で、ベリーは冬吾とコルトに飛び込むように駆け寄った。
「とうごっ!! コルトぉ!! きいて!! あいつ!! あのカイセイってやつ!! 私に向かって!!」
勢いのまま、怒りと悔しさの混ざった早口で悪口を連射する。
「キモいとかオタクとか言ってきてさ! 意味わかんない! 失礼! 無理! あいつ絶対性格悪い!! あんなの仲間にするとか信じられない!!」
涙目で震え、肩を怒らせながら。
冬吾は苦笑し、コルトは不安そうに目を瞬かせる。
「……ベリー、まず落ち着こ?」
「はぁ、はぁ……ムリ……あいつだけはムリ……!」
洞窟の奥からは、まだカイセイの笑い声が響いていた。クラウドはその音を背に、誰にも気づかれないように深く息を吐く。
この世界でも、やっぱりカイセイは不良・開成のままなのか。
ベリーが去っていき、洞窟の空気が静まった頃。
二人で先行して歩きながら、カイセイがふと口を開いた。
「ところでよ……俺たち、なんでこんな世界に飛ばされたんだ? これがよくある“異世界転生”ってやつか?」
雑に掻いた後ろ髪が揺れる。
その声は軽いが、探るような気配が混じっていた。
「いや……」
クラウドは杖をつきながら、低く答える。
「これは転生というより“転移”だな。生まれ変わりじゃなくて、元の身体が死んで、その瞬間にここへ来た……。 ログインした人たちは、サンドボックスウォーズを起動して、ログインするまでの間に死んだのがトリガーみたいだが……」
そこまで言うと、カイセイが鼻を鳴らした。
「でも、俺たち……あの瞬間、携帯触ってなかったよな。ダウンロードはしてたけど、死ぬ時はゲームやってなかった」
「そうだな……」
「つか44人いたんだろ?最初。そんなタイミングよくこんなに死ぬか?」
言葉が自然と曇る。
「あいつら、車の後ろにいた二人。この世界にいないってことは……生きてるんだろうな、きっと」
カイセイは眉をしかめた。
「なんだよそれ……じゃあ、俺たちだけ取り残されたみてぇじゃんか」
クラウドは答えない。
洞窟の天井から、ぽたりと落ちた水滴の音が響き、
二人の間に短い沈黙が落ちた。




