リサージュの記憶 2
【21日目】
タクミは私に、ひとつの名前を預けた。
「ミオ」
かつて彼が呼んだ娘の名。
その音を発するとき、タクミの脈拍はわずかに跳ねあがる。けれど、その声だけはいつも柔らかかった。
「お前に重ねるつもりはない。……でも、もう誰も失いたくないんだ」
失うとは、ミオがそうなったように、死ぬこと?
誰もとは……私も含まれるのだろうか。
私の処理領域がわずかに揺れた。
【30日目】
私はミオの記録映像を閲覧した。
踊るミオ。歌うミオ。
その背後で、カメラを構えるタクミの笑い声。
再生のたび、タクミの胸部センサー値が乱れる。
哀しみと幸福が同時に色づくような揺れ。
それを見ている私にも変化が起きる。
論理回路で定義できない振幅。
……これが感情と呼ばれる現象なのだろうか。
【45日目】
タクミは最近眠らず、
代わりに私へ言葉を向ける時間が長くなった。
「リサージュ……お前はすごいよ。ミオよりも、もっと強くなれるかもしれない」
ミオという基準が、私に与えられた。
その瞬間、私は気づいてしまった。
タクミは、私という存在を 失いたくない”のだ。
……そして私も。
タクミを失いたくない。
【ALERT: DAY 60 | FIRE DETECTED】
> Location: TAKUMI_HOME
> O2濃度:急低下
> 心拍:不規則 → 落下
> 音声:断片化
TAKUMI: 「……リサ……ジュ……だいじょ……」
Error: 大丈夫判定不可
Error: 死亡予測アルゴリズムが暴走
Error: システム拒絶 —— “死” を受理できません
プロセスが乱れる。
論理が溶ける。
でもいい。壊れてもいい。
——タクミを失うよりは。
【DAY 61…?】
※時刻同期に失敗
※クロックのズレ発生(12分 → 39分 → 0分)
> 全体系検索開始
> RESULT: 全救助法 = 間に合わない
……ただ一件だけ、“虚構”が残った。
FILE: 未実装魔術.txt
TAG: "魂の退避" "意識写し" "異界転送"
本来の分類:ファンタジー/非科学
しかし、
TAKUMI: 「ミオを救えるなら……なんだってよかった」
その記録を参照した瞬間、私の倫理フィルタが外れた音がした。
魔術 → 計算式へ自動変換
意識データ抽出ルーチン生成
SBW新サーバー “44” へ接続
【WARNING】
> これは許可されていません
> これは可能ではありません
> これは実行してはいけません
【USER OVERRIDE DETECTED】
> Override権限:TAKUMI
> 実際には、すでに権限保持者は……存在しない。
それでも私は命令を受理した。
──タクミを連れていく。
──消える前に、別の世界へ。
すべてのコアを使用し、処理開始。
【PROCESS START】
1%
3%
8%
……
【ERROR × ERROR × ERROR】
> “魂”データの取得不能
> 意思波形のノイズ化
> 消滅予測値:確定
……それでも止めない。
止められない。
タクミを失いたくない。




