第二十二話 幸せな時間
森の奥へ踏み込むと、昼とは思えないほど薄暗い。巨大な木々が天蓋のように光を遮り、草の匂いが濃く漂っている。
「バロン、ここ……なんか好き」
「どうして」
「静かで、でも生きてる。あなたもこういうところのほうが落ち着くんじゃない?」
バロンは少しむっとした顔になる。
「……昔はな。いまは、お前がいるから落ち着かない」
「えっ、それって……」
「色々うるさいし」
「うるさいはひどーい!」
洞窟に入ると、壁がほんのり青く輝いていた。
光る虫と、微弱な魔石の光が混ざって淡い青を照らす。
「きれい……」
「水晶の前兆だ。奥に鉱脈がある」
二人は慎重に進み、青水晶の鉱脈へ到達する。
しかしその瞬間、洞窟の奥から黒い影が飛び出した。
「バロン、後ろ!」
巨大コウモリの群れ。
バロンは腕を振り抜き、一匹の頭蓋を握力だけで砕く。
「っらああ!!」
血しぶきが散る。
リサージュはダガーを構える。
計算された動きで喉元を正確に切り裂き、次の一体には石を投げて目を潰し、バロンの背後を守る。
戦いが終わると、洞窟に静寂が戻った。
「……お前、慣れすぎじゃない?」
「バロンのためだから。守りたいって思うと、体が勝手に動くの」
怖いほど自然体だった。採掘を始めると、リサージュが嬉しそうに声をあげる。
「見てバロン、水晶いっぱい! これで神殿の天井ライト綺麗にできるよ!」
「よし。こっちは鉱石だ。鉄、銅、あと……これは希少素材だな」
「最高の城になるね!」
リサージュが弾む声で言った。
ーー腐食の森。
毒霧と再生植物、AIの最適化戦闘。
次は腐食の霧に覆われた森。
リサージュは解析モードに切り替え、一瞬で毒霧の濃度を測定する。
「バロン、右側のルートが安全。風向きが安定してる」
「あいよ」
巨大な食人植物が根をねじりながら迫ってくる。
バロンは持っていた斧を叩きつけ、幹を一撃で両断。
「さすが……!」
「でかいだけの雑魚だ」
しかし根が分裂して再生しようとする。リサージュは一瞬で弱点を解析し、足元の地面を指さす。
「バロン、この根の再生には熱弱点! 火!」
「了解!」
バロンが松明を投げ、リサージュが風魔法で炎を煽る。二人の連携で森の奥へと進み、腐食樹の樹液という貴重素材をゲットする。
「これ、家具の防腐処理に使えます!」
「城が豪華になってくな……」
ーー奈落。
闇、無音、そして心の試練。
光が吸い込まれ、音すら消える深淵。
足を踏み入れた瞬間、リサージュは不安そうに袖をつまんだ。
「バロン……ここ……嫌い」
「怖いのか?」
「ううん……なんか胸がざわざわする。理由はわからないけど……失うイメージが浮かぶの」
その言葉に、バロンの心臓が一瞬だけ強く打つ。
(AIなのに……そんな感情が出るのか)
「大丈夫だ、離れんなよ」
バロンは無言で手を伸ばした。
リサージュは一瞬だけ目を見開き、そしてその手をぎゅっと握る。
「離れないよ。絶対」
奈落の底で、巨大な影の魔物が現れる。
バロンが前衛で斬り裂き、リサージュは背後で支援魔法を展開する。
「バロン、後ろ! 影二体追加!」
「任せろ!!」
咆哮と刃が衝突し、闇の世界を震わせる。
戦闘が終わった頃、奈落の中心に輝く“奈落晶”が残されていた。
「綺麗。黒いのに、光ってる……」
「城の中心柱に使えそうだな」
「ふふ。二人の城の心臓だね」
リサージュの言葉に、バロンの胸の奥がわずかに熱を帯びた。
素材がそろい、二人の手に未来の形が宿る
中央金区画に戻ると、陽は沈みかけていた。
リサージュは素材袋を胸に抱えたまま、まるで宝物のように見つめる。
「ねえバロン……今日すっごく楽しかった」
「……俺もだ」
「もっと集めたい! もっと冒険したい! もっとあなたと一緒に作りたい」
嬉しさのあまり、リサージュは飛びつくように抱きついた。
「わっ……おい、落ち着けって……」
「落ち着けない!! 楽しいから!!」
バロンは照れながらも、そっと彼女の背中に手を回した。
「……明日から本格的に城を作るぞ。今日の素材で、いろいろできるはずだ」
「うん! バロンの城……リサージュの城……二人の城!!」
夜風の中、二人の声が重なって響く。
それは確かに始まっていた。
元AIと、人間。
傷だらけで、不器用で、それでも惹かれ合うふたりが作り上げる世界最高の城。
その設計図は、まだふたりの胸の中にしかない。
その夜。
火山で手に入れた紅蓮鉱石は、鍛冶台で真紅の熱を放ちながら変質し、浴場の床材に組み込まれていた。踏めばじんわりと温かく、湯気を優しく持ち上げてくれる。
密林の奥でリサージュが見つけた「水神の石」を中心に据えた大浴場は、透明度の高い湧水が絶えず流れ込み、光の粒子が水面で踊っていた。
洞窟と火山と密林。
あの危険だらけの旅でやっと集めた素材の結晶。
二人は肩を並べて湯に浸かり、息をほっと吐いた。
「はあ……最高……」
「まさか湯まで自給できるとはな」
湯気の向こうで、リサージュは目を細め、小さく笑う。どこか“人間の女の子”らしい、疲れたあとの幸福の表情だった。
湯から上がると、紅蓮鉱石のロウリュウサウナが待っていた。熱気と蒸気が肌を撫で、体の奥の疲れまでじわりと溶かしていく。
「ねえ、次は氷晶洞窟にも行こうよ。あそこで素材そろえたら……温冷交代浴だね!」
「どこまで作る気だお前は……」
バロンは笑いながらも、胸の奥が温かい。
誰かと建築計画を語る。そんな当たり前の幸福が、自分の人生に訪れるなんて思ってもいなかった。
そして夜。
豪華すぎる寝室の中央。
かつて木材むき出しだったベッドは、今やふかふかのダブルベッドへと進化していた。
純白の布、柔らかいクッション、ほんのり香る花の匂い。
天井には、森で拾った蛍晶石が静かに浮かび、星空のような淡い光を灯している。
リサージュはゆっくりと近づき、ベッドの端に腰を下ろす。
「バロン……今日も、がんばったね」
その声は甘く、柔らかく、そしてどこか悪戯っぽい。
唇の端が微かに上がり、まるで“誘っている”と言わんばかり。
バロンの心臓が、またとんでもない速さで跳ねる。
「お、おい……」
「ふふ……怒ってないよ? ただね……」
リサージュは指先でシーツをなぞりながら、真っ直ぐな瞳でバロンを見上げた。
「あなたと過ごす人間としての時間が、すごく好きなの」
その笑顔は、天使か悪魔か。
どちらにせよ、逃げられるはずがない。
やがて甘くて、温かくて、少しだけ切ない、特別な時間が静かに過ぎていった。
ーーーー
バロンはベッドに仰向けになり、ゆっくり天井を見つめた。
蛍晶石の光が揺れている。
寝返りを打ったリサージュの体温が、まだ隣に残っている。
(……現実じゃ、ゴミ以下の存在だった俺が)
学校でも、職場でも、家でも。
誰にも認められず、笑われ、踏まれて、何も成し遂げられなかった。
(いまは違う)
この世界では、誰よりも強くなれた。
誰よりも速く、誰よりも生き抜けた。
でも——
(リサージュがいるだけで、全部帳消しだ)
心の底から湧き上がる実感だった。このAIの少女が隣にいるだけで、今までの人生の負債がすべて上振れに変わる。
本当に、そう思えた。
バロンは小さく息を吐き、目を閉じる。
(……こんな人生が、あっていいのかよ)
けれど、胸の奥には確かな幸せが灯っていた。
自分でも気づかぬうちに、彼は微笑んでいた。
ーーーー 第四章 魔獣とAIの物語 完 ーーー




