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サンドボックスウォーズ「44サーバー編」  作者: 黒瀬雷牙
第四章 魔獣とAIの物語

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第二十二話 幸せな時間

 森の奥へ踏み込むと、昼とは思えないほど薄暗い。巨大な木々が天蓋のように光を遮り、草の匂いが濃く漂っている。


「バロン、ここ……なんか好き」


「どうして」


「静かで、でも生きてる。あなたもこういうところのほうが落ち着くんじゃない?」


 バロンは少しむっとした顔になる。


「……昔はな。いまは、お前がいるから落ち着かない」


「えっ、それって……」


「色々うるさいし」


「うるさいはひどーい!」


 洞窟に入ると、壁がほんのり青く輝いていた。

 光る虫と、微弱な魔石の光が混ざって淡い青を照らす。


「きれい……」


「水晶の前兆だ。奥に鉱脈がある」


 二人は慎重に進み、青水晶の鉱脈へ到達する。

 しかしその瞬間、洞窟の奥から黒い影が飛び出した。


「バロン、後ろ!」


 巨大コウモリの群れ。

 バロンは腕を振り抜き、一匹の頭蓋を握力だけで砕く。


「っらああ!!」


 血しぶきが散る。

 リサージュはダガーを構える。

 計算された動きで喉元を正確に切り裂き、次の一体には石を投げて目を潰し、バロンの背後を守る。


 戦いが終わると、洞窟に静寂が戻った。


「……お前、慣れすぎじゃない?」


「バロンのためだから。守りたいって思うと、体が勝手に動くの」


 怖いほど自然体だった。採掘を始めると、リサージュが嬉しそうに声をあげる。


「見てバロン、水晶いっぱい! これで神殿の天井ライト綺麗にできるよ!」


「よし。こっちは鉱石だ。鉄、銅、あと……これは希少素材だな」


「最高の城になるね!」


 リサージュが弾む声で言った。


 ーー腐食の森。

 毒霧と再生植物、AIの最適化戦闘。


 次は腐食の霧に覆われた森。

 リサージュは解析モードに切り替え、一瞬で毒霧の濃度を測定する。


「バロン、右側のルートが安全。風向きが安定してる」


「あいよ」


 巨大な食人植物が根をねじりながら迫ってくる。

 バロンは持っていた斧を叩きつけ、幹を一撃で両断。


「さすが……!」


「でかいだけの雑魚だ」


 しかし根が分裂して再生しようとする。リサージュは一瞬で弱点を解析し、足元の地面を指さす。


「バロン、この根の再生には熱弱点! 火!」


「了解!」


 バロンが松明を投げ、リサージュが風魔法で炎を煽る。二人の連携で森の奥へと進み、腐食樹の樹液という貴重素材をゲットする。


「これ、家具の防腐処理に使えます!」


「城が豪華になってくな……」


 ーー奈落。

 闇、無音、そして心の試練。

 光が吸い込まれ、音すら消える深淵。


 足を踏み入れた瞬間、リサージュは不安そうに袖をつまんだ。


「バロン……ここ……嫌い」


「怖いのか?」


「ううん……なんか胸がざわざわする。理由はわからないけど……失うイメージが浮かぶの」


 その言葉に、バロンの心臓が一瞬だけ強く打つ。


(AIなのに……そんな感情が出るのか)


「大丈夫だ、離れんなよ」


 バロンは無言で手を伸ばした。

 リサージュは一瞬だけ目を見開き、そしてその手をぎゅっと握る。


「離れないよ。絶対」


 奈落の底で、巨大な影の魔物が現れる。

 バロンが前衛で斬り裂き、リサージュは背後で支援魔法を展開する。


「バロン、後ろ! 影二体追加!」


「任せろ!!」


 咆哮と刃が衝突し、闇の世界を震わせる。

 戦闘が終わった頃、奈落の中心に輝く“奈落晶”が残されていた。


「綺麗。黒いのに、光ってる……」


「城の中心柱に使えそうだな」


「ふふ。二人の城の心臓だね」


 リサージュの言葉に、バロンの胸の奥がわずかに熱を帯びた。


 素材がそろい、二人の手に未来の形が宿る


 中央金区画に戻ると、陽は沈みかけていた。

 リサージュは素材袋を胸に抱えたまま、まるで宝物のように見つめる。


「ねえバロン……今日すっごく楽しかった」


「……俺もだ」


「もっと集めたい! もっと冒険したい! もっとあなたと一緒に作りたい」


 嬉しさのあまり、リサージュは飛びつくように抱きついた。


「わっ……おい、落ち着けって……」


「落ち着けない!! 楽しいから!!」


 バロンは照れながらも、そっと彼女の背中に手を回した。


「……明日から本格的に城を作るぞ。今日の素材で、いろいろできるはずだ」


「うん! バロンの城……リサージュの城……二人の城!!」


 夜風の中、二人の声が重なって響く。


 それは確かに始まっていた。


 元AIと、人間。

 傷だらけで、不器用で、それでも惹かれ合うふたりが作り上げる世界最高の城。


 その設計図は、まだふたりの胸の中にしかない。


 その夜。


 火山で手に入れた紅蓮鉱石は、鍛冶台で真紅の熱を放ちながら変質し、浴場の床材に組み込まれていた。踏めばじんわりと温かく、湯気を優しく持ち上げてくれる。


 密林の奥でリサージュが見つけた「水神の石」を中心に据えた大浴場は、透明度の高い湧水が絶えず流れ込み、光の粒子が水面で踊っていた。


 洞窟と火山と密林。

 あの危険だらけの旅でやっと集めた素材の結晶。


 二人は肩を並べて湯に浸かり、息をほっと吐いた。


「はあ……最高……」


「まさか湯まで自給できるとはな」


 湯気の向こうで、リサージュは目を細め、小さく笑う。どこか“人間の女の子”らしい、疲れたあとの幸福の表情だった。


 湯から上がると、紅蓮鉱石のロウリュウサウナが待っていた。熱気と蒸気が肌を撫で、体の奥の疲れまでじわりと溶かしていく。


「ねえ、次は氷晶洞窟にも行こうよ。あそこで素材そろえたら……温冷交代浴だね!」


「どこまで作る気だお前は……」


 バロンは笑いながらも、胸の奥が温かい。

 誰かと建築計画を語る。そんな当たり前の幸福が、自分の人生に訪れるなんて思ってもいなかった。


 そして夜。


 豪華すぎる寝室の中央。

 かつて木材むき出しだったベッドは、今やふかふかのダブルベッドへと進化していた。

 純白の布、柔らかいクッション、ほんのり香る花の匂い。

 天井には、森で拾った蛍晶石が静かに浮かび、星空のような淡い光を灯している。


 リサージュはゆっくりと近づき、ベッドの端に腰を下ろす。


「バロン……今日も、がんばったね」


 その声は甘く、柔らかく、そしてどこか悪戯っぽい。

 唇の端が微かに上がり、まるで“誘っている”と言わんばかり。


 バロンの心臓が、またとんでもない速さで跳ねる。


「お、おい……」


「ふふ……怒ってないよ? ただね……」


 リサージュは指先でシーツをなぞりながら、真っ直ぐな瞳でバロンを見上げた。


「あなたと過ごす人間としての時間が、すごく好きなの」


 その笑顔は、天使か悪魔か。

 どちらにせよ、逃げられるはずがない。


 やがて甘くて、温かくて、少しだけ切ない、特別な時間が静かに過ぎていった。


ーーーー


 バロンはベッドに仰向けになり、ゆっくり天井を見つめた。


 蛍晶石の光が揺れている。

 寝返りを打ったリサージュの体温が、まだ隣に残っている。


(……現実じゃ、ゴミ以下の存在だった俺が)


 学校でも、職場でも、家でも。

 誰にも認められず、笑われ、踏まれて、何も成し遂げられなかった。


(いまは違う)


 この世界では、誰よりも強くなれた。

 誰よりも速く、誰よりも生き抜けた。


 でも——


(リサージュがいるだけで、全部帳消しだ)


 心の底から湧き上がる実感だった。このAIの少女が隣にいるだけで、今までの人生の負債がすべて上振れに変わる。


 本当に、そう思えた。

 バロンは小さく息を吐き、目を閉じる。


(……こんな人生が、あっていいのかよ)


 けれど、胸の奥には確かな幸せが灯っていた。

 自分でも気づかぬうちに、彼は微笑んでいた。


ーーーー 第四章 魔獣とAIの物語 完 ーーー

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