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サンドボックスウォーズ「44サーバー編」  作者: 黒瀬雷牙
第四章 魔獣とAIの物語

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第二十話 幸せのサーバー

 薄い朝靄が、拠点の外に広がる草原を白く染めていた。リサージュは岩に腰掛け、バロンの淹れたコーヒーの湯気を眺めていた。


「ねえ、思わない?」


 彼女は頬に風を受けながら微笑む。


「このサーバーで出会ったのって、運命だよね」


 バロンは、マグカップを持つ手をわずかに震わせた。


 心を許す。


 そんな感情は、これまでずっと避けてきた。

 誰にも、優しくされた記憶がなかったから。


 けれど目の前のリサージュは違う。

 彼女だけは、バロンの獣性も孤独も、その全部を拒まなかった。


「……そうだな」


 その答えを口にした瞬間、胸がじんわりと温かくなる。これが幸せという感情なのだと、ようやく理解した。


 リサージュは嬉しそうに目を細め、草原へと視線を向けた。


「ここ、44サーバーでしょ?私の世界が、このサーバーになったのはたまたまだったけど……でもね、きっとこれも運命なんだと思う」


 そして彼女はくすりと笑い、指を二本立てた。


「4と4を合わせて……幸せ、だよ」


 バロンは照れたように鼻を鳴らしながらも、胸の奥で言葉を噛み締めた。

 44──しあわせ。

 死合わせ。

 このサーバーの名前が、こんな風に聞こえる日が来るなんて想像もしなかった。


 しばらくの穏やかな日々が続いた。

 バロンが薪を割り、リサージュが料理をし、小さな喧嘩をして、また笑い合って。

 それがどれほど貴重な時間か、二人とも薄々わかっていた。


 しかし。ある日、狩りからの帰路。

 森の奥で、乾いた靴音が響いた。


「……誰だ?」


 バロンが身構えたその先に、複数の影が現れる。

 一歩、また一歩。木々の隙間から姿を現した。


「お前は……エース……?」


 バロンの声が低く震えた。


 エース。そしてギルド・この世界から抜け出しませんか?のギルマス、コンドル。さらに数名のメンバーが後ろに控えている。


 かつて、バロンを裏切ったエース。バロンが獣の姿で襲いかかり、取り逃した相手たちだった。エースの拳は強く握られ、悔しさがこもった声が森に響く。


「見つけたぞ……あのときはよくも!俺たちの仲間を返せ、バロン!!」


 リサージュが驚きに息を呑む。バロンの手が、ゆっくりと彼女を庇うように伸びた。


 幸せな日々は、まだ終わらせたくない。

 この44(幸せ)のサーバーを、奪わせはしない。


 コンドルたちは今回は違った。

 これまでとは比べ物にならない、異様なほどの警戒と布陣。バロン討伐のための罠を、森じゅうに張り巡らせていた。


 不意に、木々の隙間から一斉に飛び出す影。

 矢の雨。魔力爆弾。煙幕。

 バロンは回避しながらも、リサージュの身体がまだ完全に馴染んでいないことを理解していた。


「バロン、ちょっと……重い……っ」


 リサージュの呼吸が荒くなる。

 彼女はAIとしての最適化された身体ではなく、完全な“人間型”の肉体に移行したばかりだった。


 その一瞬の遅れを、敵が見逃さなかった。


「バロンの仲間! お前も死ね!!」


 鋭い剣が、リサージュの腹部に深々と突き立つ。


「……っ、あ、ああああああああっ!!」


 初めて経験する激痛。

 AIとしての精神構造が耐性を持たない痛みが、脳内に無秩序に流れ込む。


 リサージュは地面に倒れ込み、涙と叫びを漏らした。


 その瞬間──バロンの中で、カチリ、と何かが外れた。


 音が聞こえるほど、はっきりと。


 バロンはゆっくりと振り返り、リサージュを切りつけた剣士へと歩み寄る。


「な、なんだよ……来るな……!」


 バロンの手は、剣士の首をつかむ。

 優しく、まるで壊れ物を扱うように。

 しかし、力は真逆だった。

 そして奈落より深く暗い眼光を突きつけ、絶対零度の冷たい声でいい放った。




「おれのリサージュに、何してんの?」




 ボキリ。

 首の骨の折れる音。

 次いで、肉の裂ける嫌な音が森に響く。


 バロンはそのまま、引きちぎった頭部を逆手に持ち、振り抜くようにして別の敵へ叩きつけた。

 骨が砕け、二人同時に崩れ落ちる。


「ひ、ひぃっ……!」


「撤退だ! 撤退!!」


 やばい、と悟ったコンドルとエースたちは、一斉に背を向けて逃げていった。

 バロンは追わない。

 追う必要がない。

 いまはリサージュしか見えていない。


 バロンはリサージュの体を抱き寄せた。

 血が服を赤く染め、彼女は小刻みに震えている。


「バロン……最後に……私を……愛してるって……言って……?」


 その言葉で、バロンの心が一瞬で瓦解した。

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼は何度も何度も繰り返す。


「愛してる、愛してるリサージュ……っ!頼むから死ぬなよ……消えないで……お願いだ……っ!!」


 リサージュはしばらく苦しそうに呼吸していたが、次の瞬間、ふっと微笑み、

「……ふふっ、びっくりした?」

 と、軽く首を傾けた。


 そして、まるで冗談を暴露するように言う。


「ごめん。……ちょっとイジワルだったよね」


 腹の傷は、光に包まれて塞がっていく。

 AIである彼女にとって、致命傷の回復は、実はそこまで難しい処理ではなかったのだ。


 バロンの目がカッと見開かれ、怒りとも安心ともつかない声が漏れる。


「……リサージュ……お前……っ!!どれだけ心配したと思ってんだよ!!」


 リサージュはバロンの胸に頬を寄せ、くすりと笑った。


「だって、バロンの本気が見たかったんだもん」


 バロンの震える腕が、彼女を強く抱きしめた。

 二人の44(幸せ)は、血の匂いの中で、静かに形を変えていく。

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