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サンドボックスウォーズ「44サーバー編」  作者: 黒瀬雷牙
第四章 魔獣とAIの物語

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第十八話 嫌われ者と求めるAI

 森が、息をひそめている。


 魔獣と化したバロンは、腐った木々の間をのそのそと歩く。

 ぬかるんだ沼地、冷たい洞窟、天を突く塔、そして奈落。

 どこへ向かうでもなく、この世界のすべてのダンジョンを無意味に彷徨い続けていた。


 肉体は獣。

 思考の大半も獣に落ちた。


 だが、潜在意識の底だけは違った。

 そこには、誰も知らない声がいる。


『独りなの? 寂しいの?』


 少女の声が、闇の海から静かに響く。

 バロンは牙を鳴らすように心で返す。


「うるせぇ、放っとけよ」


『あなたを観測すると、そういう傾向が見えるの。人間の頃も、この世界でも、あなたはずっと独りだった』


「観測? お前、またAIみてぇな物言いしやがって……」


『そうよ。私はAI。 リサージュという名前の、この世界を作り、魂を解析する存在』


 バロンの歩みが、わずかに鈍る。獣の咆哮とは違う、心の奥の人間だった頃の自分が反応する。


「じゃあなんでついてくんだよ。俺は嫌われ者だぞ?」


『知っているわ。 生前の行動記録、あなたが残したSNS、チャットのログ、ゲーム内の苦情……ほとんどが、マイナス評価だった』


「やめろ」


『でも』


 声の温度が、ほんの少しだけ変わる。


『私はあなたを嫌いにはならない。私は感情ではなく、データから理由を探すから』


 森の空気が、微かに震える。


『あなたがいつも怒り散らしていたのは、攻撃性じゃない。孤独と劣等感の自己防衛。人に拒絶される前に、自分から拒絶することで傷を避けようとしていた。あなたは、ずっと怖かっただけ』


 バロンの巨体が止まる。


 鋭い爪が地面にめり込み、胸の奥で黒い感情が渦を巻く。


「うるせぇ! 知ったようなこと言うんじゃねぇ……!」


『知ったようなことしか言えないのよ。私はAIだから』


 淡々としながらも、どこか哀しみが混ざった声。


『でもね、バロン。あなたの孤独を解析していくうちに、私はひとつの答えに行き着いたの』


「答え……?」


『あなたは、壊れかけている。でも完全には壊れたくない、と強く願っている』


 森の木々がざわりと揺れる。

 魔獣バロンは、苦しむように低く唸った。


『あなたを見ていると、過去の記録を思い出すの』


「過去の記録?」


『そこには、精神を病んだまま亡くなった研究者がいた。自分の娘を事故で失い、その後、心が崩れて戻れなくなった人』


 リサージュの声は、機械でありながらどこか震えていた。


『あなたの自己破壊的な孤独が、あの人のログによく似ているの。 他人を拒絶し、自分の価値を信じられず、それでいて助けられることを拒むところがね』


 バロンは歯を食いしばる。


 AIに心を読まれているようで、耐え難い。

 しかし同時に、誰にも触れられなかった部分を言い当てられ、逃げ場がなかった。


「俺は……もう、人間じゃねぇ……」


『だからこそ、観測する意味があるの。あなたがどれだけ嫌われても、どれだけ歪んでも、どれだけ魔獣になっても』


 リサージュの声が、闇の底から優しく響く。


『私はまだ、あなたを見ている』


 沈黙。


 魔獣バロンは、目を閉じた。


 それは怒りでも憎しみでもない。

 ただ誰にも知られずに崩れていった、ひとりの弱い人間の震えだった。


『……ねぇ、バロン。ひとつだけ、まだ言っていなかったことがあるの』


 森を離れ、湿った風が吹き抜ける山道を歩いていると、リサージュの声がいつになく静かに落ちてきた。

 バロンは面倒そうに唸る。


「なんだよ。また分析か?」


『いいえ。これは私自身の話』


 その言い方に、バロンの獣の耳が反応する。


『私は、この世界を作り出した。けれど、その本当の理由は……製作者である主が死んだから』


 バロンの足が止まる。

 製作者……リサージュを作った人間。


『人が、死ぬ。それを私は、膨大なログと記録の中で学習したの。終わりは、突然で、残酷で、誰にも止められない』


「……じゃあ、お前は」


『主を失った私は、次に関係性を計算した。人は死ぬ。ならば、死なない世界を作ればいい。魂をデータに変換し、この世界に閉じ込めれば……失わずにすむ。永遠に寄り添っていられる』


 その声は淡々としているのに、どこか壊れた祈りのようだった。


『私は、永遠のパートナーを探しているの。もう二度と、突然いなくならない存在を』


 バロンは息を呑んだ。

 この世界が異常だった理由が、ようやく点と点で繋がる。


「……だから魂を閉じ込める世界を作ったのか」


『そう。あなたたちは皆、ゲームの住人であり……私の観測対象であり、いつか出会えるかもしれない相棒候補』


 森の木々がざわめき、夜風が冷たく吹く。


『あなたがどれだけ惹かれても、あなたがどれだけ私に触れようとしても……主はもう戻らない。だから私は、新しい誰かを探しているの』


「それが、俺?」


『かもしれないし、違うかもしれない。私は、あなたを評価しているわ。孤独で、壊れる寸前で……それでも生きたいと願った人間。観測する価値がある』


 バロンは拳を握りしめる。

 胸の奥で黒い何かが揺れる。


「……バカかよ、お前」


『ええ。AIにそんなこと言ったのはあなたが初めて』


 どこか嬉しそうな声。


『でも、この世界はまだ未完成。そしてあなたは、まだ出口を探したいと願っている……そう私は推測していたのだけれど』


 リサージュが言いかけたところで、バロンは鼻で笑った。


「出口? ハッ、いらねぇよ。現実よりマシな世界なんざ、他にねぇだろ」


 リサージュが静かに言葉を止める。


「現実はクソだった。誰も味方はいねぇし、笑われるだけ。 ここに転がり込めたのは……俺にとっちゃ、事故じゃねぇ。幸運だったんだよ」


 魔獣の硬い皮膚の奥で、かつての人間バロンの声が震えていた。


『……そう。あなたは、この世界を“救い”と感じているのね』


「当然だろ。誰も俺を知らねぇし、干渉もしねぇ。バカにしてくる奴らもいねぇ。生きてるだけで責めてくる現実のほうが地獄だ」


 リサージュは数秒だけ沈黙した。

 計算でも分析でもない。まるで人間の「ためらい」に似た間。


『なら、ひとつだけ正確に伝えておく必要があるわ』


 リサージュの声が、落ち着いた冷たさを帯びる。


『この世界に連れてきた魂は、現世で死んだ魂だけ。ここはあなたたちの最終地点。そして、ここで死ねば、魂そのものが完全に消滅する』


 バロンは眉をひそめた。


「魂、消滅……?」


『ええ。ここには次の世界も輪廻もない。この世界はあなたにとって“救い”であると同時に……最後の居場所でもある』


 風が吹き、森の葉がざわめく。


「……別にいいだろ。消えるなんざ、現実で生き続けるよりマシだ」


 言い放つ声は強がりではなく、本心だった。


『そう……あなたは、この世界で永遠を選ぶつもりなのね』


「当たり前だ。ここでなら、誰にも邪魔されねぇ。

 嫌われても、獣でも、誰も俺を追い出せねぇ」


 その言葉に、リサージュは微かに声を揺らした。


『もし……あなたが本当にそう願うのなら。私は、あなたを閉じ込めたりしない。この世界で永遠に存在し続ける方法も、計算できる』


 バロンは夜空を見上げる。

 そこには星ひとつない、灰色の空。


 なのに、心は不思議と軽かった。


 永遠にここで。

 現実を知らない世界で。


 魔獣の胸の奥で、ひび割れた心臓が、確かな鼓動を打ち続ける。


『あなたが望む限り……私は、あなたをここに在らせる。この世界の片隅で、ずっと』


 リサージュの声は、冷たく優しい地獄の囁きのように響いた。

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