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サンドボックスウォーズ「44サーバー編」  作者: 黒瀬雷牙
第三章 レゾナンスの物語

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第十七話 消えない過去

 それから、ゆっくりと、しかし確実に日々が積み重なっていった。

 森での狩り、ダンジョンでの素材集め、拠点の増築。

 淡々とした作業の繰り返しのようでいて、振り返れば確かな成長がそこにはあった。


「もうレベル25か……」


 冬吾はメニューを閉じ、じんわり湧き上がる実感に小さく息を漏らした。

 見るたびに増えていくHP。その数字は、かつての自分……ただの日雇いだった自分とは、別人だと言わんばかりだった。


 仲間たちも、同じように強くなっていた。


 前衛としての経験を積んだブライトは、どんな攻撃にも怯まない“壁”としての貫禄をまとい始めている。

 ロイドの弓は、まるで空気を裂くように鋭くなり、クリティカルが出るたび、敵は一瞬で沈んだ。

 ベリーとクラウドは、互いの魔法運用を研究し合いながら、常に最適解を導いている。

 補助と回復を担うコルトの存在は、戦いの安定感そのもの。

 そしてレンは気配を消し、影のように動き、敵の背後を制圧する。彼の加入で戦闘効率は倍増した。


 七人はもう、“寄せ集め”ではなかった。

 それぞれが役割を理解して動き、互いを信じて背中を預けられる、ひとつのパーティになっていた。


 だがその間にも、静かに世界は変化していた。


 総合力ランキングの22位が灰色に変わる。

 その色は、誰もが口にしない死の象徴。


「……やっぱり、サーバーから消えるときって、こうなるのね」


 ベリーの声は、暖炉の音に紛れても、重たく響いた。


「残り21人……か」


 冬吾が呟き、ブライトと視線を交わす。

 現実味のない数字。

 けれど、この世界では数字がそのまま命の残り数だった。


 ギルド一覧にも変化が生まれていた。


 レゾナンス、七名。

 拠点も整い、生活は安定した。

 そしてもう一つ、同じく落ち着きを取り戻しつつあるギルドがあった。


 コンドル率いる、

「この世界から抜け出しませんか?」

 人数は十一名。現実に戻る方法を探す、穏当なギルドだった。


 クラウドとコンドルはこまめに連絡を取り合い、バロンの動向やこのサーバーの異変についても情報共有している。


「しかし、本当に落ち着いたよな」


 冬吾の言葉は、しみじみとしたものだった。


 数日前までは、誰もが震え、怯え、未来も見えずに彷徨っていた。

 それが今では、夜になれば仲間と食卓を囲み、火の明かりの下で笑い合える。


「コンドルさん達とも協力できてますし、しばらくは平和が続きそうですね」


 クラウドがそう言うと、ベリーも安心したように肩を降ろす。


「強くなる時間が持てるって、すごく大事なことよね」


「バロンの位置も動きなしだ。今日くらいは、ゆっくりしてもいい」


 ブライトとロイドの言葉に、仲間たちは自然と表情を緩めた。


 暖炉で薪がはぜる音が、静かにロビーへ響いていた。クラウドが淹れた香りの良いお茶が湯気を立て、それを囲むように七人が座る。


 外の風は穏やかで、拠点の壁をすり抜ける冷気は、むしろ心地よい。

 この世界に来てから初めてと言えるほど穏やかな時間だった。


「……なあ」


 冬吾がふっと笑い、仲間たちをゆっくり見渡す。


「仲間と一緒にゆっくりしてる時間って、悪くねぇな」


 その一言が、全員の胸に温かく染みた。


「アンタ、たまにはいいこと言うじゃん」


 ベリーは嬉しそうに冬吾を見る。

 コルトは柔らかい微笑みを浮かべ、レンは照れくさそうに鼻を掻いた。

 ブライトとロイドも、ほんの少しだけ表情を和らげている。


 この瞬間だけは、恐怖も不安もここにはない。


 その夜。


 七人は久しぶりに深い眠りについた。

 外では風が枝を揺らし、森は静まり返っている。

 魔獣の唸り声も、人の叫びも、何もない。


 ただ、静寂。

 いつもより長く続く、異様な静けさ。


 冬吾は寝返りをうちながら、どこかで胸に小さな違和感を覚えた。

 けれどそれが何なのか、自分でもわからないまま、眠気に流されていく。


 あまりにも穏やかで、

 あまりにも平和すぎる夜だった。


 それが安らぎの前触れなのか――

 それとも、嵐の準備運動なのか――


 数日が過ぎ、レゾナンスの城塞はもはや豪邸のようになっていた。

 増築された個室、二重構造の壁、結界の施された窓。

 ロビーは暖炉のあたたかい光に包まれ、かつての混乱が嘘のように静かだった。


 男たちは一人一部屋を与えられ、夜は各自の時間を過ごす。

 一方、女性陣の部屋割りは少し事情が違っていた。


「ベリーちゃん……私、一人だと心細くて……」


 コルトがそう言うと、ベリーは微妙な顔をしながら、「はいはい、わかったわよ……もう」と、同室を承諾するしかなかった。


 冬吾とブライトはその背を見送りながら、思わず小声で囁く。


「なあ……年上が甘える構図って、逆じゃないか?」


「言うな。俺たちが理解する世界線じゃない」


 そんな他愛ない会話ができるほど、レゾナンスには平和が戻っていた。


 だが、その夜。


 クラウドの部屋だけは、静寂のなかに冷たい影を落としていた。


 彼は浅い眠りの中、苦しげにうなされていた。

 繰り返される“最後の瞬間”。

 絶対に忘れられない現実の記憶。


「……っ、う……」


 握るハンドル。

 免許のないまま、酔った勢いで無断使用した父の車。

 深夜、雨上がりの路面。

 知り合いを乗せて、笑いながら、しかし急速に崩れていく平衡感覚。


「おい!直哉、前!!」


 叫び声。

 遅れたブレーキ。


 ――衝突音。


 フロントガラスに走る蜘蛛の巣状の亀裂。

 跳ね上がる喫煙所の“誰か”の身体。


 車は制御を失い、居酒屋の外壁へ突っ込む。


 衝撃。

 割れるガラス。

 鉄の味が口に広がる。


「いや……いやだ……!」


 夢の中のクラウドは手を伸ばす。

 シートベルトに縛られ、倒れ込む車体に押しつぶされ――


 そこに、影があった。


 喫煙所にいた“人物”のはずなのに、形が崩れ、顔がなく、闇のように揺らいでいる。


 そいつがクラウドの腕を掴む。

 ……()は知っているその人物が。


「ごめんなさいッ、許して!!」


 クラウドは叫び、飛び起きた。


 荒い呼吸。

 額の汗。

 激しく脈打つ心臓。


「……また……あの夢……」


 彼は顔を覆う。


 後悔しても、もう何も取り戻せない――

 それを誰より理解しているのは、自分自身だった。


 そして、気付かないふりをしていた真実が、胸の底でまた疼く。


 ――この世界でゴブリンに襲われていた彼を咄嗟に助けたのも、結局は、罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。


ーーー 第三章 レゾナンスの物語 完 ーーー

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