第十七話 消えない過去
それから、ゆっくりと、しかし確実に日々が積み重なっていった。
森での狩り、ダンジョンでの素材集め、拠点の増築。
淡々とした作業の繰り返しのようでいて、振り返れば確かな成長がそこにはあった。
「もうレベル25か……」
冬吾はメニューを閉じ、じんわり湧き上がる実感に小さく息を漏らした。
見るたびに増えていくHP。その数字は、かつての自分……ただの日雇いだった自分とは、別人だと言わんばかりだった。
仲間たちも、同じように強くなっていた。
前衛としての経験を積んだブライトは、どんな攻撃にも怯まない“壁”としての貫禄をまとい始めている。
ロイドの弓は、まるで空気を裂くように鋭くなり、クリティカルが出るたび、敵は一瞬で沈んだ。
ベリーとクラウドは、互いの魔法運用を研究し合いながら、常に最適解を導いている。
補助と回復を担うコルトの存在は、戦いの安定感そのもの。
そしてレンは気配を消し、影のように動き、敵の背後を制圧する。彼の加入で戦闘効率は倍増した。
七人はもう、“寄せ集め”ではなかった。
それぞれが役割を理解して動き、互いを信じて背中を預けられる、ひとつのパーティになっていた。
だがその間にも、静かに世界は変化していた。
総合力ランキングの22位が灰色に変わる。
その色は、誰もが口にしない死の象徴。
「……やっぱり、サーバーから消えるときって、こうなるのね」
ベリーの声は、暖炉の音に紛れても、重たく響いた。
「残り21人……か」
冬吾が呟き、ブライトと視線を交わす。
現実味のない数字。
けれど、この世界では数字がそのまま命の残り数だった。
ギルド一覧にも変化が生まれていた。
レゾナンス、七名。
拠点も整い、生活は安定した。
そしてもう一つ、同じく落ち着きを取り戻しつつあるギルドがあった。
コンドル率いる、
「この世界から抜け出しませんか?」
人数は十一名。現実に戻る方法を探す、穏当なギルドだった。
クラウドとコンドルはこまめに連絡を取り合い、バロンの動向やこのサーバーの異変についても情報共有している。
「しかし、本当に落ち着いたよな」
冬吾の言葉は、しみじみとしたものだった。
数日前までは、誰もが震え、怯え、未来も見えずに彷徨っていた。
それが今では、夜になれば仲間と食卓を囲み、火の明かりの下で笑い合える。
「コンドルさん達とも協力できてますし、しばらくは平和が続きそうですね」
クラウドがそう言うと、ベリーも安心したように肩を降ろす。
「強くなる時間が持てるって、すごく大事なことよね」
「バロンの位置も動きなしだ。今日くらいは、ゆっくりしてもいい」
ブライトとロイドの言葉に、仲間たちは自然と表情を緩めた。
暖炉で薪がはぜる音が、静かにロビーへ響いていた。クラウドが淹れた香りの良いお茶が湯気を立て、それを囲むように七人が座る。
外の風は穏やかで、拠点の壁をすり抜ける冷気は、むしろ心地よい。
この世界に来てから初めてと言えるほど穏やかな時間だった。
「……なあ」
冬吾がふっと笑い、仲間たちをゆっくり見渡す。
「仲間と一緒にゆっくりしてる時間って、悪くねぇな」
その一言が、全員の胸に温かく染みた。
「アンタ、たまにはいいこと言うじゃん」
ベリーは嬉しそうに冬吾を見る。
コルトは柔らかい微笑みを浮かべ、レンは照れくさそうに鼻を掻いた。
ブライトとロイドも、ほんの少しだけ表情を和らげている。
この瞬間だけは、恐怖も不安もここにはない。
その夜。
七人は久しぶりに深い眠りについた。
外では風が枝を揺らし、森は静まり返っている。
魔獣の唸り声も、人の叫びも、何もない。
ただ、静寂。
いつもより長く続く、異様な静けさ。
冬吾は寝返りをうちながら、どこかで胸に小さな違和感を覚えた。
けれどそれが何なのか、自分でもわからないまま、眠気に流されていく。
あまりにも穏やかで、
あまりにも平和すぎる夜だった。
それが安らぎの前触れなのか――
それとも、嵐の準備運動なのか――
数日が過ぎ、レゾナンスの城塞はもはや豪邸のようになっていた。
増築された個室、二重構造の壁、結界の施された窓。
ロビーは暖炉のあたたかい光に包まれ、かつての混乱が嘘のように静かだった。
男たちは一人一部屋を与えられ、夜は各自の時間を過ごす。
一方、女性陣の部屋割りは少し事情が違っていた。
「ベリーちゃん……私、一人だと心細くて……」
コルトがそう言うと、ベリーは微妙な顔をしながら、「はいはい、わかったわよ……もう」と、同室を承諾するしかなかった。
冬吾とブライトはその背を見送りながら、思わず小声で囁く。
「なあ……年上が甘える構図って、逆じゃないか?」
「言うな。俺たちが理解する世界線じゃない」
そんな他愛ない会話ができるほど、レゾナンスには平和が戻っていた。
だが、その夜。
クラウドの部屋だけは、静寂のなかに冷たい影を落としていた。
彼は浅い眠りの中、苦しげにうなされていた。
繰り返される“最後の瞬間”。
絶対に忘れられない現実の記憶。
「……っ、う……」
握るハンドル。
免許のないまま、酔った勢いで無断使用した父の車。
深夜、雨上がりの路面。
知り合いを乗せて、笑いながら、しかし急速に崩れていく平衡感覚。
「おい!直哉、前!!」
叫び声。
遅れたブレーキ。
――衝突音。
フロントガラスに走る蜘蛛の巣状の亀裂。
跳ね上がる喫煙所の“誰か”の身体。
車は制御を失い、居酒屋の外壁へ突っ込む。
衝撃。
割れるガラス。
鉄の味が口に広がる。
「いや……いやだ……!」
夢の中のクラウドは手を伸ばす。
シートベルトに縛られ、倒れ込む車体に押しつぶされ――
そこに、影があった。
喫煙所にいた“人物”のはずなのに、形が崩れ、顔がなく、闇のように揺らいでいる。
そいつがクラウドの腕を掴む。
……今は知っているその人物が。
「ごめんなさいッ、許して!!」
クラウドは叫び、飛び起きた。
荒い呼吸。
額の汗。
激しく脈打つ心臓。
「……また……あの夢……」
彼は顔を覆う。
後悔しても、もう何も取り戻せない――
それを誰より理解しているのは、自分自身だった。
そして、気付かないふりをしていた真実が、胸の底でまた疼く。
――この世界でゴブリンに襲われていた彼を咄嗟に助けたのも、結局は、罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。
ーーー 第三章 レゾナンスの物語 完 ーーー




