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第一話 迷い込んだ世界

 一ノ瀬冬吾、35歳。独身。

 人付き合いは得意ではない。日雇い労働で食いつなぎ、週末には数少ない友人たちと馴染みの居酒屋で酒を飲むのが唯一の楽しみだった。


 20代前半の頃から続けているキックボクシングは、趣味の範囲でアマチュア大会に数回出場した程度。体型は痩せ型の長身で、見た目は少し頼りない。ゲームは好きだが、その実力は仲間内で強いくらいのレベル。大規模な戦闘や対人では、まるで歯が立たなかった。


 その週末、居酒屋での飲み会の席でゲームの話になった。


「最近ハマってるのがあるんだよ、サンドボックスウォーズってゲーム」


 話を聞いた冬吾は、興味本位でスマホにダウンロードすることにした。

 店内でアプリのダウンロードが始まる。


「ちょっと一服してくるわ」


「雪降ってんのに!?喫煙者は大変だなw」


「まぁなw」


 たばこの煙を吸うために外の灰皿へ向かい、冬吾はスマホを片手に歩く。

 

 ジャンバーのポケットから、くしゃくしゃの箱を取り出し、一本たばこを咥え、火をつける。


 そのとき、ダウンロードが完了した。


(どれどれ、ちょっと開いてみるか)


 画面をタップしてアプリを開くその瞬間、世界が揺れた。


 強い光、衝撃、そして耳元に囁くような音。


 次の瞬間、冬吾は息を呑んだ。


 目の前に広がるのは、現実とはまるで違う景色だった。


「……な…んだ……ここ…?」


 空は薄紫色に光り、風は冷たく、しかし肌に触れる感覚はどこか生々しい。


「……え?」


 スマホを確認しようとしたが、手元には何もなかった。

 ポケットにもない。バッグも空だ。どうやら、自分の体ごと、ゲーム世界の中に取り込まれたらしい。


 立ち尽くす冬吾の足元には、細い道が伸びている。

 そして、その先にはただただ広い草原が広がっていた。


 遠くには、大きな神殿。それを囲むように小さな城が幾つかある……


「どうなってんだ?マジで……?」


 その時だった。


「ニンゲン、ヨワソウ…クッテイイカ?」


 振り返ると、そこにはゲームで見たことのあるようなモンスター。

 色々なゲームに登場し、見た目は様々だが、共通して序盤の雑魚敵……


 そう、ゴブリンだ。


 ゴブリンは黄色く濁った目をギラつかせ、舌を垂らしながら冬吾を見つめていた。


「ヨワソウナニンゲン……クッテヤル!!」


 次の瞬間、緑色の腕が振り下ろされた。


「ッ……!!?」


 鋭い爪が頬を切り裂いた。

 熱い痛みが走り、冬吾は反射的に後ずさる。


「いって……マジかよ……っ!」


 まるで本物の刃物のような痛み。

 ゲームのようでゲームではない。

 この世界は“触れたら痛い”現実だった。


 ゴブリンが口を大きく開き、飛びかかってくる。


 ――死ぬ。


 そう思った瞬間。


「お兄さん、こっちだ!!」


 森の奥から若い男性の声が響いた。


 冬吾は迷う余裕もなく、その声の方へ走り出す。

 背後ではゴブリンの荒い息が迫っていた。


 木々を抜けると、1人の若者が立っていた。

 年は十代後半だろうか。青みがかった髪に、ゲームの装備らしきローブ。手には、黄色く光る杖。


「ストーンバレット!!」


 叫んだ瞬間、杖の先から鋭い石の弾丸が飛び出し、ゴブリンの頭に命中した。


 バシュッ!


 ゴブリンは悲鳴を上げ、光の粒となって弾け飛ぶ。

 まるでゲームの敵が倒された時のように。


「……助かった……?」


 膝に手をついて息を整える冬吾に、若者はにこりと笑った。


「大丈夫でしたか、お兄さん。僕の名前はクラウド。見た感じ……初心者ですよね?」


「あ、あぁ……。一ノ瀬冬吾だ。ありがとう、本当に助かった……」


 冬吾が状況を整理しようとしたその時、クラウドがさらりと言った。


「たぶんですけどお兄さん、僕達ゲームの世界に転移してますよ」


「……は?」


 冬吾は思わず聞き返す。


「僕も詳しくは分かりません。でも、現実じゃない。そういう感覚っていうか……きっとここは、SBWの世界の中です!」


 クラウドは腕を組み、斜め上を見るように思案した。


「僕は15サーバーで三カ月ほどプレイしてて、そこそこ強くなったんです。で、新しく課金して本格的にトップを狙おうと思って別サーバーに移動したんですけど……気づいたらここにいました」


「その…15サーバーとやらも、こうなのか?」


 冬吾の問いに、クラウドは即答した。


「いえ、15サーバーは普通のゲームでした。他のサーバーの知り合いたちも、普通にログインして遊んでるはずです。この4()4()サーバーだけ、何か変なんですよ」


 そして、クラウドは微笑みながら胸を張った。


「でも!僕は正直、ワクワクしてますけどね!だって、ゲームの世界に転移なんて最高じゃないですか!」


「は……?」


 この状況で楽しんでいるのか……?


 冬吾は思わず目を丸くした。しかしクラウドは本気で言っているらしい。命の危険より、夢が叶ったという気持ちが勝っているのだ。


「さぁ冬吾さん、まずは安全な場所に行きましょう。ほかの迷い込んだ人も見つけないといけないですし」


 クラウドが笑顔で手を差し伸べてくる。


 冬吾は、まだ痛む頬を押さえながら、ゆっくりとうなずいた。


 こうして、冬吾は、44サーバーという謎の世界で、最初の仲間を得た。

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