第十六話 転移の瞬間
強化された拠点のロビー。
ブライトが壁にもたれ、六人を見渡した。
「ひとつ、気になってることがある。お前ら、この世界へ来た瞬間のこと、覚えてるか?」
ロイドが静かに補足した。
「俺とブライトは覚えてる。そのうえで確認したいんだ」
まず、クラウドが手を挙げた。
「僕は高校三年生です。夜中に勉強しながらSBWを少し触ってて……そこまでは覚えてます」
次にベリー。
「私は高一。帰ってからずっとSBWやってたの。転移した瞬間は、少し思い出せるかも」
ベリーの表情が曇る。
「金曜の深夜、家族で旅行に向かってたの。後部座席でスマホでSBWしてて……そのあと大きな音がして……でも、それ以降は真っ暗。全部覚えてない」
冬吾が息を呑む。
「……事故、か」
続いてコルトが控えめに口をひらく。
「私はデパートのフードコートで働いていました。その帰りにスポーツジムに寄って、また帰る途中……」
彼女は頬を赤くして、視線を落とした。
「……ちょっとだけ歩きスマホでSBWを開いてログインしようとしたんです。それが転移の直前だったのは間違いありません」
(なるほど……全員SBWを開いた瞬間が起点なのね)
ベリーが心の中で整理する。
冬吾が続く。
「俺は居酒屋の前でタバコ吸いながら、仲間にすすめられたSBWを初めて開いた。そこまでは覚えてる。だが、画面が急に暗くなって……気づいたら森の中だった」
ブライトが頷く。
「やっぱり全員、このゲームを開いた状態だったわけだ」
「問題はその直後に何が起きたか、なんだよ」
ロイドが重い声で言う。
冬吾がクラウドを見た。
「で、お前は? ゲーム開いた瞬間のこと、覚えてるか?」
その問いに、クラウドの肩がほんのわずか震えた。
視線が泳ぎ、手が汗ばむ。
他の誰にもない“動揺”があった。
「……僕は……すみません。覚えてません。どこでゲームを開いたかも、転移の直前に何をしていたのかも……」
ロビーが静まり返る。
「はっきりしねぇな」
冬吾がじっとクラウドを見る。
クラウドは唇を噛み、うつむいた。
「本当に……何も思い出せないんです」
それは、嘘のように軽い答えだった。
ブライトとロイドが目を見合わせる。
「一人だけ起点が曖昧……?」
「変だな。呼ばれ方が違ったのか?」
ベリーとコルトも戸惑った表情を浮かべるが、冬吾だけは、クラウドのわずかな震えに気づいていた。
(なんだあいつ。まるで思い出したくないみたいな顔して……)
だが、この場にいる誰も知らない。
クラウドが覚えていないと言ったのは、本当は思い出したくなかったから。
クラウドの曖昧な返答が落とした影を、誰もすぐには払えなかった。
だが、日々は待ってくれない。
数日のあいだ、レゾナンスは淡々と、しかし確実に力を蓄えていった。
拠点の外周では、冬吾とブライトが丸太を担ぎ、クラウドが緻密に設計した土魔法で基礎を固める。
ベリーの炎魔法が不要な岩を焼き切り、ロイドが離れた場所から魔獣を牽制。
コルトは補助結界で全体の負担を軽減しながら、物資の精査を淡々とこなす。
以前とは比べものにならないスピードで、防壁が伸び、塔が立ち、砦じみた本拠地が姿を変えていった。
「すげぇな……もう城塞だろ、これ」
冬吾が汗をぬぐいながら言うと、クラウドが照れたように笑う。
「みんなのおかげです。僕一人じゃ絶対にここまでは……」
その声は素直だった。
だが、胸の奥底に隠したあの日の記憶だけは、誰にも触れさせまいとしているように冬吾には見えた。
(やっぱなんか隠してやがるな……)
冬吾の疑念は消えない。
しかし問いただすには、まだ材料が足りなかった。
強化された拠点での生活が軌道に乗りはじめた頃、新たな影が森から姿を現した。
「よう、あんたらが噂のレゾナンスか?」
襤褸のマントを翻し、軽い足取りで現れたのは、細身の青年。
猫のような目と、癖のある笑顔が印象的だった。
「俺はレン。盗賊だけど、人の物は盗らねぇ主義だ。……まあ、魔物の持ち物は別だけどな」
軽口とは裏腹に、彼の動きは確かだった。
索敵、採取、罠解除、すべての手際が異様に早い。
「こいつ……速すぎだろ」
冬吾が感嘆の声を漏らすと、ベリーも頷いた。
「これは便利ね。探索効率が段違いよ」
こうして盗賊レンが仲間に加わり、レゾナンスの物資回収力は跳ね上がった。
素材の回収量は倍増し、拠点の設備更新は一気に進む。
武具庫が整い、矢の備蓄が増え、クラウドの設計による新しい土壁が三重に伸びる。
――確実に、強く。
――確実に、豊かに。
レゾナンスは、六人から七人へ。
小さな火種から、ひとつの勢力へと近づいていく。
(……クラウドのあの反応だけは、引っかかんだよな)
冬吾の胸に小さな棘だけが残り続けていた。




