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サンドボックスウォーズ「44サーバー編」  作者: 黒瀬雷牙
第三章 レゾナンスの物語

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第十六話 転移の瞬間

強化された拠点のロビー。

 ブライトが壁にもたれ、六人を見渡した。


「ひとつ、気になってることがある。お前ら、この世界へ来た()()のこと、覚えてるか?」


 ロイドが静かに補足した。


「俺とブライトは覚えてる。そのうえで確認したいんだ」


 まず、クラウドが手を挙げた。


「僕は高校三年生です。夜中に勉強しながらSBWを少し触ってて……そこまでは覚えてます」


 次にベリー。


「私は高一。帰ってからずっとSBWやってたの。転移した瞬間は、少し思い出せるかも」


 ベリーの表情が曇る。


「金曜の深夜、家族で旅行に向かってたの。後部座席でスマホでSBWしてて……そのあと大きな音がして……でも、それ以降は真っ暗。全部覚えてない」


 冬吾が息を呑む。


「……事故、か」


 続いてコルトが控えめに口をひらく。


「私はデパートのフードコートで働いていました。その帰りにスポーツジムに寄って、また帰る途中……」


 彼女は頬を赤くして、視線を落とした。


「……ちょっとだけ歩きスマホでSBWを開いてログインしようとしたんです。それが転移の直前だったのは間違いありません」


(なるほど……全員SBWを開いた瞬間が起点なのね)


 ベリーが心の中で整理する。

 冬吾が続く。


「俺は居酒屋の前でタバコ吸いながら、仲間にすすめられたSBWを初めて開いた。そこまでは覚えてる。だが、画面が急に暗くなって……気づいたら森の中だった」


 ブライトが頷く。


「やっぱり全員、このゲームを開いた状態だったわけだ」


「問題はその直後に何が起きたか、なんだよ」


 ロイドが重い声で言う。

 冬吾がクラウドを見た。


「で、お前は? ゲーム開いた瞬間のこと、覚えてるか?」


 その問いに、クラウドの肩がほんのわずか震えた。


 視線が泳ぎ、手が汗ばむ。

 他の誰にもない“動揺”があった。


「……僕は……すみません。覚えてません。どこでゲームを開いたかも、転移の直前に何をしていたのかも……」


 ロビーが静まり返る。


「はっきりしねぇな」


 冬吾がじっとクラウドを見る。

 クラウドは唇を噛み、うつむいた。


「本当に……何も思い出せないんです」


 それは、嘘のように軽い答えだった。

 ブライトとロイドが目を見合わせる。


「一人だけ起点が曖昧……?」


「変だな。呼ばれ方が違ったのか?」


 ベリーとコルトも戸惑った表情を浮かべるが、冬吾だけは、クラウドのわずかな震えに気づいていた。


(なんだあいつ。まるで思い出したくないみたいな顔して……)


 だが、この場にいる誰も知らない。

 クラウドが覚えていないと言ったのは、本当は思い出したくなかったから。


 クラウドの曖昧な返答が落とした影を、誰もすぐには払えなかった。


 だが、日々は待ってくれない。


 数日のあいだ、レゾナンスは淡々と、しかし確実に力を蓄えていった。


 拠点の外周では、冬吾とブライトが丸太を担ぎ、クラウドが緻密に設計した土魔法で基礎を固める。

 ベリーの炎魔法が不要な岩を焼き切り、ロイドが離れた場所から魔獣を牽制。

 コルトは補助結界で全体の負担を軽減しながら、物資の精査を淡々とこなす。


 以前とは比べものにならないスピードで、防壁が伸び、塔が立ち、砦じみた本拠地が姿を変えていった。


「すげぇな……もう城塞だろ、これ」


 冬吾が汗をぬぐいながら言うと、クラウドが照れたように笑う。


「みんなのおかげです。僕一人じゃ絶対にここまでは……」


 その声は素直だった。

 だが、胸の奥底に隠したあの日の記憶だけは、誰にも触れさせまいとしているように冬吾には見えた。


(やっぱなんか隠してやがるな……)


 冬吾の疑念は消えない。

 しかし問いただすには、まだ材料が足りなかった。


 強化された拠点での生活が軌道に乗りはじめた頃、新たな影が森から姿を現した。


「よう、あんたらが噂のレゾナンスか?」


 襤褸のマントを翻し、軽い足取りで現れたのは、細身の青年。

 猫のような目と、癖のある笑顔が印象的だった。


「俺はレン。盗賊だけど、人の物は盗らねぇ主義だ。……まあ、魔物の持ち物は別だけどな」


 軽口とは裏腹に、彼の動きは確かだった。

 索敵、採取、罠解除、すべての手際が異様に早い。


「こいつ……速すぎだろ」


 冬吾が感嘆の声を漏らすと、ベリーも頷いた。


「これは便利ね。探索効率が段違いよ」


 こうして盗賊レンが仲間に加わり、レゾナンスの物資回収力は跳ね上がった。

 素材の回収量は倍増し、拠点の設備更新は一気に進む。


 武具庫が整い、矢の備蓄が増え、クラウドの設計による新しい土壁が三重に伸びる。


 ――確実に、強く。

 ――確実に、豊かに。


 レゾナンスは、六人から七人へ。

 小さな火種から、ひとつの勢力へと近づいていく。


(……クラウドのあの反応だけは、引っかかんだよな)


 冬吾の胸に小さな棘だけが残り続けていた。

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