第十一話 四天王vs四天王
翌朝。
獅子王軍の拠点はいつものように殺伐とした空気に包まれていた。
玉座に腰かけたバロンは、腕を組んで四天王たちを睥睨する。
「レウス、ガッデム。今日は南西の狩場に行け。未所属を一人たりとも逃がすな。ラウドとエースは東側の森林で食料と素材を集めてこい」
いつも通りの命令。
そしていつも通り、四天王は何の疑問もなく従う――はずだった。
「それと……」
バロンは、鎖につながれた女性ユーザーを片手で乱暴に引っ張り、立ち上がった。
彼女はボロボロの服のまま震えている。
「こいつは特別部屋に連れていく」
レウスが汚らしい笑いを漏らし、ガッデムがニヤニヤと舌なめずりする。
だがその横で、ラウドとエースの表情は固く沈んだままだった。
バロンが女を引きずって奥へ消えた後、ラウドが小声でエースの耳元へ身を寄せる。
「……今の見たか? どう見ても中年のおばさんだったな。あいつの趣味、マジで悪いよな」
エースは苦笑をひとつ浮かべ、無言で同意するしかなかった。だが、今日の二人はすでに別の目的で動いている。
東の森林地帯。
表向きの「食料・素材集め」開始。
ラウドは立ち止まり、木の影でエースへ視線を流す。
「……いいな? ここからは計画通りだ」
「あぁ。バロンは特別部屋で上機嫌。今日はこちらの動きにはまず気づかない」
二人の背後には、獅子王軍の兵ではなく、この世界から抜け出しませんか?ギルドの精鋭。小規模だが、選りすぐりの強者たちが集結していた。
ラウドが軽く顎で合図する。
「じゃあトンズラ開始だ。食料も、素材も、探索用のアイテムも全部持ち出した。これだけあれば、数日は戦い続けられる」
ギルドの者たちが荷物を背負い、静かに頷く。
「問題は……例の二人だな」
「ガッデムとレウスか」
エースの顔に影が落ちる。
ガッデム――昨日中年男性を引きずり回して笑っていたチンピラ風の男。
レウス――スカルドラゴンの前に奴隷を押し出し平然と逃げた外道。
彼らは今日どこで狩るのか。
それを知っているのは、同じ四天王であるラウドとエースだけだ。
「……あの2人は、今日まとめて始末する」
ラウドが拳を握り、白い息を吐き出す。
「みんな、配置につけ。奇襲するぞ」
同じ頃――
獅子王軍の拠点。
特別部屋で満足したバロンは、薄い寝台の上でだらしなく横になり、ウトウトとまぶたを落としていた。
「……ふふ……今日も俺の天下は安泰だ……」
外の裏切りの気配など、一切気付かないまま。
その巨体は静かに寝息を立てていた。
だがその間にも、森の奥で牙を研いだ影が二つ。
ガッデムとレウス。二人は何も知らぬまま、自らが狩られる立場となる狩場へ向かっていた。
南西狩場。朝日に照らされた岩場の影に潜むガッデムは、まるで獣のように嗤った。
「おいエース……ラウド……なんの真似だ?」
エースは冷酷に履き捨てる。
「わかれよ。お前らを殺しに来たんだよ」
ガッデムの額に青スジが浮かぶ。
「ハッ!!四天王同士の潰し合いなんざ、面白ぇじゃねぇか!!」
その声と同時に、ガッデムが地を蹴った。
巨体とは思えない速度。肩に担がれた金棒が、空気を裂きながら一直線にエースへ迫る。
「速いッ!」
エースは刃で受け止めようとするが、
金棒がぶつかる衝撃は岩を砕くほど重かった。
腕が痺れ、膝が沈む。
「どうしたぁ!? 昨日は偉そうにしてたじゃねぇかよ!!」
ガッデムの乱打が続く。
エースは回避しながらも防戦一方。
潜入と暗殺に特化した彼のスタイルでは、正面からの暴力は相性が悪すぎる。
金棒が頭上から振り下ろされ、エースは地面を転がってギリギリで回避する。
ガッデムはさらに追撃。
足元の岩を蹴り砕きながら、怪物のようなスピードで距離を詰める。
「終わりだぁ!!」
振り下ろされる金棒。
避けられない。
受けても砕ける。
エースの瞳に刹那、死が映るその瞬間。
「エースさん!!!」
茂みの向こうから飛び出した小柄な影。
あの時、エースが逃がしたあの少年だった。
少年の掌が輝き、青白い紋章が空に浮かぶ。
「ヘイスト・ブースト!」
風が吹き抜け、エースの身体が一瞬、光に包まれた。
「――ッ!」
世界が遅く見えた。ガッデムの金棒が、まるで泥の中を動くように鈍くなる。
「はァァァッ!!」
エースは地を蹴り、金棒が落ちるより早く、
ガッデムの胴へ一閃を叩き込んだ。
まるで黒い光線のような斬撃。
「な……に……っ!?」
巨体が揺れ、金棒が地面へ落ちる。
遅れて、ガッデムの身体から鮮血が吹き出した。
【システム】《ガッデム 撃破》
エースは静かに刃を収め、少年へ目を向ける。
「……助かった」
少年は涙と汗で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死に頷いた。
「ぼ、僕……逃がしてくれたから……今度は僕が助ける番だって……!」
エースは短く笑い、少年の頭を撫でようとして、戦場であることを思い出し手を止めた。
「生きてくれ。それだけで十分だ」
一方その頃。
ラウドとレウスの戦いはすでに決着していた。
レウスは地に倒れ、片腕が折れ、息も絶え絶え。
「くっ……ラ、ラウド……てめぇ……どうして……裏切……」
「裏切った覚えはねぇよ」
ラウドは淡々と答え、レウスの胸元を足で押しつけた。
「俺は……ただ、バロンの犬でいる気はなかったってだけだ」
レウスの奴隷として扱われていたプレイヤーたちが、いつの間にか周囲を囲んでいた。
その顔には怒りと恐怖と絶望が入り混じる。
「もう動けねーみてぇだから、担いでやれよ」
ラウドが合図すると、部下たちは無表情のままレウスの身体を担いだ。抵抗する力も残っていないレウスは、苦悶の声を漏らすだけ。
「お、おい……どこに……つ、連れて……」
「決まってんだろ」
ラウドは背を向けた。
「昨日……お前が奴隷を囮にした沼地だよ」
――沼地ダンジョン深部。
ぬかるんだ地面に、レウスの身体が落とされる。
「やめっ……スカ、スカルドラゴンは……やめろ……やめろォォォ!!」
泥の奥から影が浮かび上がる。
巨大な骸骨の竜・スカルドラゴンが、ゆっくりと首をもたげた。
レウスの悲鳴。
次の瞬間、
そのすべては湿った咆哮の中へ飲み込まれた。
ガッデムとレウス。
獅子王軍の外道・四天王二名はここにて壊滅。
だが、戦いはまだ序章にすぎない。
バロンは知らない。
自分の王制が、この日を境に音を立てて崩れ始めたことを。
そしてエースの目は、次に倒すべき目標へまっすぐ向いていた。




