第十話 叛逆の狼煙
獅子王軍は、バロンの命を受けて大規模な狩りへと出動した。
四天王のうち三名、その中には、潜入スパイであるエースも含まれている。
彼らはプレイヤー狩りを担当し、周辺の未所属プレイヤーを次々と捕縛して軍に引きずり込む算段だった。
森林地帯でしばらく追跡した末、中年男性プレイヤーを一人捕らえることに成功した。
「いだだだ、嫌だ、離して…!離してください…!」
四天王の一人が男の腕を掴んでねじり上げ、バロンのもとへ引きずっていく準備をする。
その時、エースがふと視線を横に動かすと、遠い茂みの向こうにもう一人、未所属プレイヤーが潜んでいるのを見つけた。
(……まだ子供か)
四天王の別の一人がその気配に気づきかける。
だがその瞬間、エースがそっと手を下げ、小さな逃げろのサインを送った。
視線だけで悟らせる、わずかな合図。
未所属プレイヤーは頷くように小さく肩を震わせ、土を蹴り、音を立てないように森の奥へと姿を消した。
気づいた者は、誰一人いない。
エースは任務としては狩りの真っ最中。
だが、本当の使命としては一人でも多くを自由に返すこと。
その二つを器用に両立しながら、捕らえた中年男性だけがバロンの前へ連れて行かれた。
同じ頃、残る四天王の一人は奴隷化されたプレイヤーたちを連れ、食料・素材集めのため森の奥、沼地ダンジョンへ向かっていた。
最初は順調だった。
しかし、ダンジョン深部で突如、沼地の強モンスター・スカルドラゴンと遭遇する。
巨大な骸骨の竜がぬかるんだ闇から浮かび上がる。
四天王は迷わず叫ぶ。
「おい、お前囮だ。行け!」
「そ…そんな!!」
奴隷プレイヤーが一人、無理矢理モンスターの正面に押し出される。
その悲鳴を背に、四天王と他の奴隷たちは散り散りに逃げ出した。
沼地ダンジョンに響いたスカルドラゴンの咆哮は、まるで森そのものを震わせる呪詛のようだった。
囮にされた奴隷プレイヤーの悲鳴はあっという間に飲み込まれ、泥と骨の巨体が跳ねる音が響いた。
四天王の一人は必死に泥を蹴り、息を切らせながら逃げ続ける。
「くそっ、なんでこんなところにスカルドラゴンが……ッ!」
背後では、従わされている奴隷プレイヤーたちの足音が乱れ、恐慌の声が混じっていた。
だが、この惨劇がバロンの耳に入ることはない。
四天王が報告を改ざんし、犠牲者をただの“戦力としての消耗”として処理するからだ。
この世界の闇は、思っている以上に深い。
その夜、獅子王軍の拠点から少し外れた朽木の小屋。灯りはつけない。小声すらも周囲へ漏れることを恐れるように、エースは通信端末を開いた。
『こちらコンドル。エース、そっちはどうだ?』
「狩りは続いてる。俺も四天王として動いてるが……最低限、逃がせるだけは逃がした」
『助かる。プレイヤー狩りが激化しているって情報が何度も上がってる。バロンの圧政は限界だ。早く動かないと……』
「わかってる。準備は進んでる。バロン討伐作戦は……もう少しだ」
通話の向こうで、コンドルが深く息をつく。
『お前が内部に潜れていることが、最後の希望なんだ。気をつけてくれよ』
「そっちこそ。こっちは任せておけ」
通話が途切れ、静寂が戻る。
だが次の瞬間。
背後の暗がりが、そっと揺れた。
エースは反射的に腰の武器へ手を伸ばす。気配が一つ、近い。しかも息を潜めた熟練者の間合いだ。
「……構えなくていい」
低く響く声。影から姿を現したのは、四天王の一人・ラウドだった。
筋骨隆々の大男。
だがその目は冷静で、獣のような鋭さを秘めている。
「……そっちも順調か?」
ラウドの言葉は、エースが想定していた“敵の確認”ではなかった。
仲間に向ける、確信の混じった声。
エースは手を離し、静かに答えた。
「あぁ、バロン討伐作戦は順調だ」
ラウドは短く鼻で笑う。
「よかった。俺の方も、奴の兵の一部をこっそり動かした。明日には戦力の歪みが表に出るはずだ。バロンの野郎、気づかねぇよ」
「助かる。お前の協力がなければ、内部崩壊は難しい」
ラウドは月を見上げる。
夜空の薄い月光が、その厳つい横顔を照らした。
「……俺はな、エース。あの王制が嫌いなんだ。力がある者が弱い者を狩り、従わせる。それを“当然”だと笑っていやがる」
「だからバロンを倒したいと?」
「そうだ。俺は四天王を名乗ってるが……あの独裁者の犬になるつもりはねぇ」
ラウドはふと横目でエースを見る。
「お前も同じだろ?」
「……あぁ。俺には、ここで救わなきゃいけない人たちがいる」
ラウドは肩を叩くような仕草をして、踵を返す。
「じゃあ、明日だ。エース。計画の第一幕を始めようぜ」
その背中は、裏切り者ではなく
革命を選んだ戦士のそれだった。
エースは静かに頷いた。
そして明日、獅子王軍にとって、全てが変わる日はすぐそこに迫っていた。




