隣人さんが推しVTuberになりました!
大好きなVTuber界の話を書きました。
そして初めて書いたオリジナル小説です。
ちなみに登場するVTuberはみんなフィクションです。架空です。
よろしくお願いします!
「あんたは夢を持ちんしゃい」
会ったばかりのおばあちゃんに突然そんなことを言われた。
仕事帰りに見掛けたおばあちゃんだった。
横断歩道で重い荷物を持っていて手伝った。
代わりに荷物を持って、手を引いて歩いた。
「ありがとー。東京の人は冷たかと思いよったけど、優しか人もおったとね」
「あはは、おばあちゃんそれは偏見ですよ」
横断歩道を渡り切ると、おばあちゃんは言った。
「でもあんたは生気なかと。まるで死人みたいや」
「ええ!?」
失礼なこと言われてびっくりした。
「夢はあると?」
「夢……」
私はちらりと机に向かって漫画を描く自分の姿を思い出す。
「私もう大人ですよ?夢なんてないですよ」
おばあちゃんははぁ~とため息を吐いた。
「あんたは夢を持ちんしゃい」
そう言うと、歩き去った。
夢は2年前に諦めた。
漫画家になるのが子供の頃の夢だった。いつか人の心を動かすような漫画を描きたいと思っていた。
高校卒業してからは就職し、働きながら漫画を出版社に投稿した。
でも何度投稿しても賞には引っかからなかった。
仕事は忙しくなり、家に帰って机に向かうのがしんどくなり、いつしか絵を描かなくなった。
久しぶりに絵を描いてショックを受けた。
絵が下手になっていた。
自分の目で見ても明らかに。
ポキッとシャーペンの芯が折れるのと同時に自分の中で何かが折れる音がした。
あ、駄目だ。
私には無理だ。
そう気付いてしまった。
それから私はずっと絵を描いていない。
◇◇◇
「え、お隣さん誰か入った?」
自宅のマンションに帰宅してきた私は、隣の部屋の玄関の前に置かれた段ボールの山を見てそうつぶやいた。
最近私は独り言が多い。歳だろうか。まだ26歳なんだけど。
隣、どんな人が入ったんだろう。怖い人じゃなければいいな。
私は自分の家の鍵を開けた。
部屋に入ると、鞄を適当な場所に置き、ジャケットをハンガーに掛けた。
掛けていたメガネをメガネケースに入れる。
そしてどさっとベッドに飛び込んだ。
「あ~つーかーれーたー」
今日も仕事疲れた。仕事にはすっかり慣れたけれど、忙しいのは変わらない。一体いつになればこの忙しさから解放されるのだろう。
ちらりと私は机に視線をやった。
「前は漫画を描いていたけど……」
もう描かないかな。
この後何をしようかなと思いながら私はスマホでSNSを開いた。
フォローしている人達の独り言をぼーっと眺めた。漫画やアニメが好きで、フォローしている人達も漫画・アニメ好きさん達だ。
今日はこんな漫画を買ったよやこんなアニメを観たよというつぶやきをだらだら読んだ。
「みんな楽しそうだな……」
私は最近ハマっている漫画やアニメがない。むしろ、最近忙しくて流行りの作品を追えてない。
「今期アニメ何か観た方がいいかな……」
でも観る気がしない。観る元気がない。
私はばたりと布団にうつ伏せになった。
「もう寝ようかな……」
そのまま目を閉じた。
「うわー!!やられたー!!」
突然誰かの叫び声が響いた。
びっくりした私はとび起きた。
「え、なになに!?」
どこから聞こえてきた?
「ぎゃー! 早く倒れろー!」
また叫び声。
どうやら隣の部屋からだった。
ええ、どんだけ部屋の壁薄いの?
それとも隣人さんの声が大きい?
「どりゃー!!」
またまた叫び声。
壁の薄さは分からないけれど、とにかく隣人さんがうるさい。
これは我慢出来ない!
私はメガネを掛けると、隣の部屋のチャイムを鳴らしに行った。
「はい!なんですか?」
元気良く出てきたのは、平凡な黒髪の青年だった。歳は20代前半だろうか。
街ですれ違っても素通りするぐらいどこにでもいそうな人だった。
「隣の家の者です」
私はそう口を開いた。少し無愛想な声が出たかも。
「あ!隣人さん!どうも初めまして!今日引っ越してきた佐藤です!」
名字まで普通だ。
思わず失礼なことを思ってしまった。
「新川です。すみません、声が隣まで聞こえるのでもう少し静かにして貰えませんか?」
「え!?うるさかったですか!?ごめんなさい!……おかしいなぁ。防音大丈夫って大家さん言っていたのになぁ」
「とにかくあまり叫ばないでくださいね」
「はい、ほんとすみません」
佐藤さんはしゅんっとしていた。
私は少し胸が痛みつつも部屋に戻った。
仕事でも後輩を注意することがあるけれど、未だに人を叱るのって慣れないんだよね。
でも良かった。これで静かになった。
私はまたベッドに寝転んだ。
しかし暫くすると
「うわー!!」
また叫び声が聞こえた。
駄目だこりゃ。
ていうか、多分ゲームをしているんだよね。うるさすぎじゃない?
他に声が聞こえないということは一人だよね。一人でこんなに騒ぐ?
そう不思議に思いつつも私は目を閉じた。
何回も注意するのは気が引ける……。
迷惑な隣人さんが出来てしまったなぁ。
◇◇◇
次の日、今度は隣から歌声が聞こえてきた。
まじ?歌も歌うの?
ありえない。
でもその歌声はとても上手かった。
「へぇ……」
思わず感心のつぶやきが出た。
バラードを歌っていた。
当たり前だけど壁があるから、あまりクリアには聞こえない。
壁を取っ払いたいと思った。
「みんな聞いてくれてありがとうー!」
佐藤さんが叫んだ。
いやだからうるさいよ?
歌は良かったけれど。
ていうか、ライブ会場ですか?
みんなって誰よ。
疑問に思いつつも歌は続いた。
佐藤さんが叫ぶ度にうるさいなと思ったけれど、歌は本当に素敵だと思った。
◇◇◇
「それ配信者じゃない?」
翌日の会社の昼休みに同僚のミカに相談した。
うるさい隣人がいると。
お弁当を突きながらミカはそう言った。
休憩室は他にも人がいて少し騒がしかった。
私は目の前に座るミカに、サンドウィッチを口に入れながら首を傾げた。
「配信者?そうなの?」
「多分そうだよ。そして多分VTuberだよ。ゲーム実況だけじゃなく歌枠もしているから」
「ぶいちゅーばー……」
「知っている?ぶいちゅーばー」
「テレビでちらっと見たことはある」
「面白いよ~。私少し詳しいんだ」
VTuberはイラストの姿で配信する人のことだ。テレビでそう紹介されているのを見たことがある。
アニメみたいに動いてすごいなぁと思ったけれど、それ以上の興味は出なかった。
「私のおすすめはV界のトップ七日月!めちゃくちゃ美しいんだよ!そして歌声が綺麗なの!」
「七日月ぐらいは知ってるよ」
街のアニメショップでポスターが貼られているのは勿論、駅に大きな広告が出ているのも見たことある。
美しい長い髪の女性VTuberだ。髪の色がまるで透き通った海のようだった。
「VTuberって誰でもなれるの?」
隣の人がVTuberだと思えなくて私はそう聞いた。
「誰でもなれるよー!まぁ人気になるかは分からないし、良いアバターはお金が掛かるけど。個人VTuberもいるよ」
「個人VTuber?」
「企業に属してないVTuberだよ。隣人さんもそれじゃない?」
「へー」
個人VTuberなんているんだ……。
「隣人さんどんなVTuberなんだろうね。名前聞いてきてよー」
「ええ!?なんか聞きづらいよ……」
でも、正直気になる。
一体どんな姿であんな素敵な歌を歌っているんだろう。
VTuberをちゃんと見たことないけれど、見てみたいと思った。
◇◇◇
そんな私の願いはあっさり叶った。
数日経ったある日だった。
「こんばんはー!歌坂ヒビケです!」
元気な挨拶が隣の部屋から聞こえてきた。
「え、声でかい?やべっ、隣の人に怒られる!怖いんだよなぁ」
聞こえてますよ!?
誰が怖いって!?
どうやら配信中みたい。
さっそく名前を聞けてしまった。
私は自分のノートパソコンを開くと、動画サイトを開いた。
名前を検索してみた。
「うたさかひびけ……っと」
それらしきアカウントが出てきた。
「歌坂ヒビケ……」
出てきたのは薄い黄色の髪で毛先がオレンジ色の男性のVTuberだ。
服装はジーパンとTシャツというラフなものだったけれど、銀のアクセサリーを首に付けていた。
「本当にVTuberだったんだ」
見た目はイケメンだ。
登録者数は1100人ほどだった。
私は一つ動画を再生してみた。
最近よく街で流れる歌のカバーだ。
聞こえてきた歌声に私はため息が出た。
壁越しじゃなく聞こえた歌声はとてもかっこよかった。
胸が高鳴った。思わず口元が緩んだ。
ああ、好きだ……。
この人の歌をもっと聴いてみたい。
配信中だったので、動画から配信へと移動した。
歌っている最中だった。
配信の歌声も素敵だった。
「みんな聞いてくれてありがとうー!」
歌い終わった彼が笑顔でお礼を言う。
あ、笑顔かわいい。
「こんにちは」
私は思わずコメントした。
「おお!初コメかな。ありがとう!」
え、どうして初コメって分かったの?
今までのリスナーの名前覚えているんだろうか。
「えっと、ゆたさん?だね。ゆたさんはどこから来たのかな?」
ゆたとは私が動画サイトで使っているハンドルネームだ。
SNSと違ってテキトーにつけた名前で、私の本名・優花から取っている。
「どこから来たって……」
さすがに隣人ですとは言いづらい。
「動画サイトをうろうろしていて見つけました」
「へー!動画サイトが君におすすめしてくれたのかな?」
「多分そうです」
それ以上探らないでー!隣人だってバレる!
てか、今更だけどこれって悪いかな?
隣人がこっそり聞いているなんて怖いかも。
動画サイト閉じようかな。
そう思ったけれど、
「ゆたさんゆっくりしていってね。会えて嬉しいよ」
なんてにっこりと微笑まれて私は固まってしまった。
かっこいいけれど、笑顔かわいい……。
VTuberってこんなに良いものだったんだ。
「じゃあ、次の曲いくよー!みんな盛り上がっていこうな!」
そう言ってヒビケくんはまた歌い始めた。
このVTuberの中身が実は平凡な男性だということを忘れさせるほど素敵だった。
やばい……!このVTuberを応援したい!
いや、落ち着け私。一旦クールになるんだ。
でも、次も配信を見に行こうかなって思った。
◇◇◇
次の日、マンションのエレベーターの前でバッタリ佐藤さんに会った。
私は仕事に行く前でスーツを着ていたけど、佐藤さんはTシャツ姿だった。
VTuberの時の姿に似ている。違うのは下は普通のズボンで首に銀のアクセサリーが付いてない。
「あ……」
私は咄嗟に声が掛けられなくて挙動不審になった。
佐藤さんは私に気付くと、パァと顔を明るくした。
一回しか会ったことないのに人懐っこい笑顔を見せてくれる。
「どうも、こんにちは!新川さん!」
元気良く挨拶された。
「ど、どうも」
私はついどもってしまった。
こっそり配信見たから気まずい!
「昨日、僕うるさくなかったですか?」
「え、大丈夫ですよ」
「そうですか!よかった~!防音大丈夫なんですね!」
つい嘘を吐いてしまった。本当は聞こえている。
でも配信を観ていたから、隣から聞こえる声は気にならなかった。
「実は前にいたマンションでうるさいって言われて追い出されたんですよね。また引っ越せと言われたらどうしようかと思いました」
「そうだったんですか。私なら大丈夫ですよ」
「よかった……。あ、新川さん」
佐藤さんはじっと私を見つめてきた。
え、まさかバレた?
こっそり配信見たこと。
「髪、跳ねてますよ」
「え!?」
私は慌てて右側の頭を押さえた。
「そっちじゃなくて左です」
すっと佐藤さんの手がこちらに伸びる。
私はびくっと動いてしまった。
「あ、すいません。触っちゃ駄目ですよね」
「い、いえ、私こそすみません!」
いや、私が何故謝る!?
「はは、なんで新川さんが謝るんですか」
佐藤さんに笑われてしまった。
私は顔が熱くなった。多分真っ赤だ。
佐藤さん、VTuberの時だけじゃなく素の時も笑顔がかわいい。
どきどきする。
え、なんで?
どきどき?
「あ、エレベータ乗ります?」
エレベーターが上がって来たのに気付いて佐藤さんは声を掛けてくれた。
「そ、あ、その私、髪整えてきます!」
「はは、その方がいいですね」
また佐藤さんは笑った。
ごめん。笑わないでくれません?心臓ドキドキするんですけど!
「では、また!」
私はささっと自分の家に戻った。
もしかしてこれは……。
鏡を見た。
私の顔は紅葉のようだった。
「もしかしてこれって……」
いや、まさかそんなはずないよね。
私はぶんぶんと頭を振った。
◇◇◇
それから私はよくヒビケくんの配信を観るようになった。
最初の頃は隣人であることを秘密に観ることに罪悪感があった。
でもそれは次第に薄れどんどんのめり込んでいった。
ヒビケくんの歌枠だけじゃなくゲーム配信も観るようになった。
ゲームの腕前もなかなかでリアクションが良くて見てて楽しかった。
すっかり歌坂ヒビケくんは私の推しになっていた。
楽しかった。
久しぶりにこんなに何かに夢中になった。
もしかしたらここまで何かにハマったのは生まれてきて初めてかもしれない。
相変わらず仕事は大変だけど、配信を観て癒されていた。
ある時、こんなこともあった。
いつものように歌枠をヒビケくんがしていた。
「みんなリクエストあるー?」
観ていたリスナーが次々とリクエストをコメントをした。
私もコメントした。少し前の歌だけどよく聞いていた女性歌手の歌だ。
「よし、じゃあ、この歌を歌うね!」
そう言って流れてきたイントロは私がリクエストした歌だった。
「あ、歌ってくれるんだ……」
ヒビケくんは楽しそうにかっこよく歌ってくれた。
とても素敵だった。
私の胸はぽかぽか熱くなった。
こんな感じにコメントしたらたまに反応が返ってくるのも嬉しかった。
◇◇◇
会社の昼休みいつものように同僚のミカとご飯を食べていた。
私はサンドウィッチを口に入れる。美味しくて思わず笑みが溢れた。
「最近、優花明るくなったね」
唐突にミカにそう言われた。
「え?」
「よく笑うようになった。前は元気なかったもん」
「そ、そうかな」
元気ない友達と付き合ってくれるミカは優しいなぁ。
「はは~ん、さてはあんた」
「ん?」
「恋してるな!!」
食べていたサンドウィッチが喉に引っ掛かる。
「ぐほっげほっがは!」
「大丈夫!?」
ミカが飲み物を差し出してくれた。
私は咳き込みながらそれを受け取って飲んだ。
少し落ち着いた。死ぬかと思った。
「み、ミカが変なことを言うから……」
「違うの?」
「ちがうよ~!恋じゃなくて、推しが出来たんだよ」
ミカは元々明るい顔を更に明るくした。
「おおー!すごい!だれだれ?芸能人?やっぱり漫画のキャラ?」
「えっと……歌坂ヒビケくん」
「うん……だれ?」
ミカは眉をしかめた。
そういう反応になりますよねー。
「VTuberだよ」
「うそ!?VTuber興味なかったじゃん!?」
「隣人さんきっかけでVTuber観るようになったんだよね」
さすがにその隣人さんを推しているなんて言えない。言っていいのかも分からない。
「へーどんなVTuberなの?」
ミカは嬉しそうに訊いてくれる。
自分と同じ趣味の仲間が出来て嬉しいのかな。
「個人で活動していて、明るくて歌が素敵な人だよ!あとゲームもそこそこ上手い!」
「へー調べよう」
ミカはスマホを取り出す。
すぐ見つけたようでスマホの画面を私に見せてくれた。
「おお、この子?」
「うん!その子!」
ミカのスマホには歌坂ヒビケくんの動画チャンネルが表示されていた。
「へーかっこいいじゃん」
ミカは今度はヒビケくんの歌動画を再生する。イヤホンはつけている。
「歌うま!!」
「ね!歌上手いよね!」
やったー!嬉しい!
私は飛び跳ねたくなる気持ちを抑えるように、両手を縦に振った。
「よくこんなかっこいいVTuber見つけたね~。えーと、登録者数3000人越えているね。すごい。このVTuberきっともっと人気でるよ!」
そうヒビケくんは私が出会った頃よりもチャンネル登録者数が増えていた。
「ミカもそう思う!?人気出るよね!?いつか七日月並みに人気出るよね!?」
「七日月並みに人気!?あははははははは」
「笑いすぎ!!」
ミカは笑い過ぎて出た涙を指で拭う。
「いや、だってそれはないよ~。七日月は登録者数300万だよ?月とスッポンすぎるよ~。こんな小さいスッポンじゃない?」
ミカはペットボトルからキャップを外すとそれを転がした。
キャップは私の所に転がってくる。私は机から落ちる前にキャップを両手で受け止めた。
「そ、そんなに小さい?」
私は信じられない気持ちで手の中のキャップを見つめた。
でも確かに300万人ってすごいよね。
いや、でもいつかヒビケくんなら……!
私はそのまま両手を合わせて握る。神に祈るかのように。
そんな私にミカは優しい眼差しを向ける。
「本当に好きなんだね。良かったよ優花が元気になって。まじでゾンビだったもん」
「そこまでじゃないよー!」
「そこまでだったって!好きだった漫画も描かなくなったじゃん」
その言葉にぎくりとした。
「それでいつかまた漫画も描けるといいね」
「それは……」
無理だよ。
そう言いかけてやめた。
「うん、そうだね……」
力なく私は笑った。
◇◇◇
自宅に帰ると、私は机に向かった。
ノートに久しぶりに落描きをしてみた。制服姿の女の子だ。
とても上手いとは言えない。
まるで中学生の絵だ。
いや、今の中学生の方が上手いかもしれない。
「やっぱり無理だー!!」
くしゃくしゃに紙を丸めて小さなゴミ箱に投げ入れた。
「どんどん絵が下手になっていく……。描いてないから当たり前だけど」
私はベッドに飛び込むと枕に顔を埋めた。
ふて寝しようかな……。
「いや、今日ヒビケくんの配信あったはず」
私はスマホを取り出してSNSを確認した。
ヒビケくんの投稿が目に入る。
「ごめん!風邪引いた!今日の配信はおやすみ!また元気になったら会おうな!」
そう書かれていた。
「え、風邪!?」
私は驚いて起き上がった。
ヒビケくん風邪引いているんだ……。心配だ。
私は落ち着かなくて家から飛び出した。
そしてヒビケくん……じゃなくて佐藤さんの家の方へ視線をやった。
今頃佐藤さん寝込んでいるのかな。
そう思っていると、佐藤さんの家のドアが開いた。
マスク姿の佐藤さんが出てきた。
私はドキッとした。
実は佐藤さん自体に会うのは、エレベータの前でばったり会った時以来だ。
「あ、新川さん、こんにちは」
佐藤さんは力なく微笑む。
「こ、こんにちは、佐藤さん」
私も慌てて挨拶した。
やばい、推しと話している~!
いや、推しと話しているって言うの?
私の推しはヒビケくんであって佐藤さんじゃない。
「ごほっごほっ」
佐藤さんが咳をする。
「大丈夫ですか!?」
「す、すいません、風邪引いてしまって」
「風邪!?大変じゃないですか!」
いや、知っているけどね。
我ながら白々しいなと思う。
「ごほっごほっ」
佐藤さんはまだ咳をしている。
その姿を見て私は胸がぎゅっと締め付けられた。
「あの、佐藤さん」
私は思わず提案してしまう。
「何か欲しいもの買ってきます!お粥も作らせてください!」
「ええ!?いや、いいで……ごほっごほっ」
「ほら無理しないで!家で休んでてください!」
適当に薬や飲み物を買って来ようかな。
「私行って来ます!ほんと休んでくださいね!」
戸惑う佐藤さんを置いて私は近所のドラッグストアへ走った。
薬と飲み物とゼリー等を買って来ると佐藤さんに渡した.
「あ、ありがとうございます」
佐藤さんは眉を下げて笑顔を見せた。
笑えるぐらいにはまだ元気みたい。
「佐藤さん、寝ててくださいね。私、お粥作って来ます」
「ええ!?本当に!?」
いいですって言われる前に、私は佐藤さんの家の扉を閉めて自分の家の台所に向かった。
佐藤さんに渡した薬等の他にお粥の材料も買っていた。
ささっと作って佐藤さんの家に持って行った。
「わぁ、本当に作ってくれたんですか。ありがとうございます」
佐藤さんはお粥が入った小さな鍋を受け取る。
マスクをしている佐藤さんが目を細める。
「じゃあ、私はこれで。あ、お鍋は後日、玄関の前に置いてください。回収しますので!」
「そんな出前みたいな!」
あはははと佐藤さんは笑った。
私なんか変なこと言った?
「では、また。ちゃんと寝てくださいね」
自分の家に戻ろうとした。
それを佐藤さんに止められた。
「新川さん、待ってください」
「なんでしょう?」
佐藤さんはまっすぐ目を見て言った。
「家に上がって行きませんか?お粥、食べさせて欲しいんです」
…………え?
な、なんて、言いました?
お粥、食べさせて欲しい!?
「だめ、ですか?」
「え、い、いいですけど」
何を言っているんだ、私!
良いわけないだろ!
相手は推しだぞ!?
「わーい!やったー!」
佐藤さんは無邪気に笑った。
なんでそんな可愛いリアクションを!?
やっぱりダメですって言いづらくなるじゃん!
「新川さん、どうぞ上がってください」
佐藤さんはにっこり微笑み、家の中へ招いてくれた。
◇◇◇
推しの家に入っちゃったよ……。
私は佐藤さんの家の中の端でぼけーっと立っていた。
ここからどうすればいいですか?
何かの罪になりませんか?
部屋は狭いけれど清潔感がある。机の上にはパソコンがあった。
あれで配信しているんだ。
はっ、駄目よ、優花!家の中じろじろ見ちゃ!
「ごほっごほっ」
佐藤さんはまた咳をしていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……ごほっごほっ」
「横になりましょう。立っていたら辛いでしょう?」
私は佐藤さんの手を取った。
「あ!すみません!ベッドまで連れて行こうと思って……!」
慌てて手を離した。
「あはは、なんで謝るんですか」
「だって嫌でしょう。触られたら」
「嫌じゃないですよ」
佐藤さんは目を細める。
マスクの下では多分口元も笑っているんだろう。
私は心拍数が急上昇したような気分になった。
私に触られても嫌じゃないんだ……。
「お言葉に甘えてちょっと横になろうかな」
「はい!どうぞどうぞ!」
ふふっと佐藤さんは笑う。
佐藤さんよく笑うなぁ。
それとも私が何か変なんだろうか。
佐藤さんはお粥の入った鍋をテーブルに置き、ベッドに横になり布団に入った。
私はベッドの前に正座した。
……ちょっぴり居心地が悪い。
そりゃあ他人の家だし推しの家だもの。
「佐藤さん、お粥食べますか?」
「うん、食べたい……」
佐藤さんは弱々しく返事した。
それが甘えているみたいでなんだかくすぐったい。
いや、風邪で弱っているだけよ、落ち着け優花!
でも、食べさせてなんて言うなんて甘えているのでは!?
混乱する頭を落ち着かせるように深呼吸した。
私は机の上から小さな鍋を手に取り、お粥をスプーンで取る。
「はい、佐藤さん」
「あ、ありがとうございます」
佐藤さんはマスクを外す。
ぱくりと食べた。
「……美味しいです」
「わー!ほんとですか?嬉しいです!」
あ、喜びすぎたかも。
「ふふ、新川さんってかわいいですね」
「え!?」
かわいい!?
推しにかわいいって言われたんですけど!?
そもそもかわいいなんてあまり言われたことない!
せいぜい眼鏡似合っているねとしか言われたことない。
「それにすっごく優しい。お粥や飲み物とかありがとうございます」
「いや!そんな……!推しのためですから!」
「え?」
しまった、まずい。
「いや、その、おし……お仕事のためですから?」
「???」
佐藤さんが不思議そうな顔をしている。
その顔もかわいい。
「あ、あの、それでは私はこれで……!」
私は誤魔化すように退室しようとした。
お粥一口しか食べさせていないけれどこれ以上は限界です。
緊張で爆発しそう!
「新川さん」
「は、はい」
また佐藤さんに呼び止められる。
「今度、お礼させてください」
お礼!?
そんなのいいよ!?
私的には佐藤さんとこんなにしゃべれただけで嬉しい。
「お礼は大丈夫です!ありがとうございました!」
逃げるように佐藤さんの家を出た。
なんで私がお礼を言っているんだろう。
でも、推しとこんなに話せたらお礼を言いたくなるよね。世のオタクたちなら分かってくれるはず。
いや、それよりも私は怒られるかもしれない、世のオタクたちに。
推しの家に入るなんて!身の程を知れ!って。
少なくともヒビケくんのファンに知られたら刺されるかもしれない。
私はヒビケくんのファンに刺されるのを想像をしてぞっとした。
「気をつけよう……」
◇◇◇
歌坂ヒビケくんは着実にチャンネル登録者数を増やし、ついに1万人を突破した。
「みんなありがとう!応援してくれるみんなのおかげだよ!」
1万人記念配信は1万人耐久歌枠だった。
あと100人というところから始め、1時間で1万人を超えた。
ヒビケくんは本当に嬉しそうで私は泣きそうになった。
個人VTuberの1万人。
最近VTuberを見るようになった私にはどれだけすごいのか分からないけれど、私には充分すごいと思った。
ヒビケくんほんとすごい!
歌も相変わらず上手かった。
私はヒビケくんの歌声にうっとりと目を閉じていた。
「歌、聞いてくれてありがとう!ちょっと俺の話を聞いてくれるかな」
ヒビケくんはマイクを握ったまま話始めた。
「俺には夢があるんだ。それは武道館に行くことです」
え、武道館!?
「まだちっぽけな俺だけどいつかビッグになって武道館ライブをしたいです。そしていつか俺の尊敬する人と一緒に歌いたいです」
ヒビケくんの尊敬する人?
誰だろう。初めてそんな人がいるって聞いた。
「尊敬する人って誰?」
一瞬私がコメントしたのかと思った。他のリスナーがコメントしていた。
ヒビケくんは深呼吸をすると言った。
「それは七日月さんです」
え、七日月。
あのトップVTuberの。
コメント欄がざわついた。
「七日月!?」
「七日月ちゃんは憧れるよね」
「初耳」
ヒビケくんは笑って叫んだ。
「だから!俺の夢が叶うまで応援してください!絶対応援していたこと後悔させません!」
胸が熱い。
ヒビケくんすごくかっこいい。
「じゃあ、最後の歌聞いてくれ!」
ヒビケくんは歌い始めた。
夢を叶えて見せるという内容の歌だった。
私は自然と涙が流れた。
ヒビケくんかっっこいい。
絶対ヒビケくんなら夢叶えるよ。
頑張っているヒビケくんを見て、私の気持ちが変わった。
私も頑張りたい。
ヒビケくんのように。
耐久配信が終わった後、私はヒビケくんの名前でSNS検索してみんなの感想を読んでいた。
多くの人がヒビケくんを応援していた。
でも、その中に一つだけ嫌な感想を見つけた。
「ヒビケってやつ七日月ちゃんと共演したいって。あの程度の歌のレベルでなにいってんの?バカじゃん」
その感想は10人の人がいいねを押していた。
胸がちくりと痛んだ。
私はSNSを閉じて、ヒビケくんのアーカイブを聴いた。
嫌な気持ちを消して眠りたかった。
◇◇◇
数日後、久しぶりに佐藤さんに会った。またエレベータの前だ。
「新川さんおはようございます」
「お、おはようございます」
佐藤さんはにこっと微笑んでいる。
相変わらず笑顔がかわいい。思わずきゅんっと胸が鳴る。
「新川さん今度食事でもどうですか?」
「食事?」
え、食事?
聞こえてきた言葉が理解出来ない私を置いて佐藤さんは続けた。
「この前看病してくれたお礼がしたいんです」
「え、だからお礼なんていいですよ!」
「僕と食事するのは嫌ですか?」
「嫌ではないです」
しゅんとする佐藤さんに思わずはっきり言ってしまった。
うう、無理!推しにしゅんとされたら断れないよ!
いや、私の推しはヒビケくんであって佐藤さんじゃない!
「よかった。じゃあ、一緒に行きましょう食事」
佐藤さん、意外とぐいぐい来るなぁ。自分に自信があるんだろうか。
意外とモテるのかな。……ありえそう。
「それと新川さんに話したいことがあるんです」
「話したいこと?」
「はい、食事が終わったら聞いて欲しいです」
佐藤さんは真剣な顔をしている。
真剣な話ってこと?
え、それってまさか……。
「あ、エレベータ来ましたよ」
エレベータが来て、私は佐藤さんと乗った。
心臓がどきどきする。
ちらりと隣に立つ佐藤さんを見上げた。佐藤さんは少し私より背が高い。
視線に気付いたのか佐藤さんがこちらを見た。
にこっと微笑んでくれた。
わ、笑うのやめて。鼓動が早くなる。
私は視線を逸らした。恥ずかしい。
真剣な話、まさか告白……?
いやいや、なにを考えているんだ私は!そんなわけないよ!
私はぶんぶんと首を振って恥ずかしい妄想を吹き飛ばした。
◇◇◇
佐藤さんとの食事の日。
家が隣同士だから二人一緒に家を出て、佐藤さんの運転する車に乗って出掛けた。
推しの助手席に座れて心臓バクバクだった。
食事はカジュアルなイタリアンレストランに行った。
緊張で何を喋ったのか覚えてない。美味しいですねって当たり障りない会話だったかも。
レストランから出て私はちょっと息を吐いた。
緊張した……。
でも、何度も佐藤さんの笑顔が見れて楽しかった。
「ほんと美味しかったですね」
会計が終わった佐藤さんがお店から出てきた。
「それに楽しかった。ありがとうございます、新川さん」
「わ、私も楽しかったです」
「よかった~」
佐藤さんがにこっと笑う。
「そ、それで、話したいことって何ですか?」
私はずっと気になっていたことを聞いた。
「あ、それは……」
佐藤さんの顔が真剣になる。
「この先に公園があるんです。そこで話しませんか?」
◇◇◇
公園は川の近くで東京の夜景が見えて綺麗だった。
推しと夜景を見ながら歩けるなんて夢みたい。
いや、佐藤さんじゃなくて、私が推しているのはヒビケくん!
「僕、夢があるんです」
黙って歩いていた佐藤さんが口を開いた。
「でも、その夢、本当に叶うのか不安なんです」
「え……」
「絶対叶うって自分に言い聞かせて努力もしてきたけど……なんか自分が想像していたよりも夢が遠くてちょっと挫けそうなんですよね」
びっくりした。
ヒビケくんの夢だよね?
彼は配信では全く弱いところ見せていなかった。いつも自信満々だった。
そんな彼がこんな風に悩んでいたなんて……。
もしかしたらこの前私が見た心ない言葉も見たのかもしれない。
「すみません、こんな暗い話して。僕、友達少ないので誰にも相談出来なくて……」
「え、友達少ないの!?」
それは意外だった。
見た目は平凡だけど、明るくて話しやすいのに。
「僕、在宅ワークしてて会社にも行ってないので」
「そうだったんですか」
そう言えばヒビケくん専業VTuberって言っていたなぁ。
「新川さんなら聞いてくれるかなぁって思ったんです」
私いつの間にか信頼されていたのかな。
それは申し訳ない気持ちになる。
「私、佐藤さんに秘密にしていたことがあるんです」
佐藤さんは首を傾げる。
私は少し心臓の鼓動が速くなる。
「私、佐藤さんの……ヒビケくんのファンなんです」
「…………え?」
佐藤さんは目を丸くして固まった。
「黙っててごめんなさい」
私は頭を下げた。
「え、え?いつから……?」
「家の壁薄くて、配信している声、ほぼ聞こえていたんです」
「ええー!?」
「ほんとごめんなさい」
「そ、そうだったんだ。うわ、ちょっと恥ずかしいな」
「ごめんなさい!」
佐藤さんは私の肩に手を乗せる。
「そんなに謝らなくていいよ。僕が防音をちゃんと確認しなかったせいだし」
優しいなぁ。佐藤さん。
もっと怒っても可笑しくないのに。
私は顔を上げて真っ直ぐと佐藤さんの目を見た。
青い瞳のヒビケくんと違って黒い瞳をしている。
「だから、ファンとして言わせてください」
風が川から吹いてくる。
「私、ヒビケくんのおかげで毎日楽しいんです。ヒビケくんの歌声に元気貰ってます。
私にも夢があるんですけど、疲れちゃっててやめていたんです。でも、頑張っているヒビケくんを見て私も頑張ろうって思うようになりました。
ヒビケくんの歌には人を動かすパワーがある!だから大丈夫!
ヒビケくんは武道館に行けます!」
やばい。早口オタクになっちゃった!
「新川さん……」
佐藤さんは目を細めた。
口元も笑っている。
「ありがとうございます」
「いえ、すいません。熱くなって」
「ううん、本当に嬉しいです」
佐藤さんは笑って言った。
不思議とヒビケくんの姿と重なって見えた。
「俺、武道館に行けるかな」
「行けます!頑張れヒビケくん!」
「うん、頑張る」
東京の夜景よりも目の前にいる彼の方が輝いて見えた。
◇◇◇
そして、佐藤さんは引っ越すことになった。
数日後に荷物をまとめている佐藤さんを見掛けてショックを受けた。
やっぱり隣人がファンって怖いのかな。
いや、そうだよね。当たり前だよ。
「ごめんなさい、佐藤さん」
引っ越し当日に私は佐藤さんに謝った。
佐藤さんは車に乗り込む前だった。
「ううん、新川さんのせいじゃないですよ。前から引っ越そうと思っていたから。防音、悪いし」
なんだ。
前から引っ越そうと思っていたんだ。
私は少しほっとした。
「……やっぱり新川さんのせいかも?」
「ええ!?」
「なんて、冗談ですよ」
いたずらっぽく佐藤さんは笑った。
「じゃあ、また、配信で」
「はい!これからも応援しています!」
佐藤さんは手を差し出してきた。
私は少しびっくりしたけれど恐る恐る手を握った。
「新川さんも頑張ってくださいね。僕も頑張ります」
そう言って微笑んでくれた。
もしかしたらこれが最後に見る佐藤さんの笑顔かもしれない。
寂しさを抱きつつも私は元気よく返事をした。
「はい!」
佐藤さんが乗った車が遠くなっていく。
ヒビケくんには配信で会えるけれど、もう佐藤さんには会えないんだ。
胸がちくりと痛んだ。
◇◇◇
自分の家に帰ると、机に向かった。
パソコンを開いて、ペンタブを走らせる。
ああ、やっぱり私の絵、下手だなぁ。
でも描ききろう。
下手でも最後まで完成させよう。
「出来た!」
私はペンタブを置いて、自分の絵を見た。
それは武道館ライブをするヒビケくんのイラストだ。
「描けた……」
やっぱり上手いとは言えない絵だけど、最後まで描けたのが嬉しかった。
気持ちは込めた。
ヒビケくんに届くといいな。
私はメッセージを添えてSNSに投稿した。
ヒビケくんの夢が叶いますように。
私も頑張ります。
【おわり】
読んでくださりありがとうございました!
初めて書いたオリジナル小説でした。
大好きなVTuber界の話を書きたくて頑張ってみました。
少しでも何か誰かの心に良い意味で残れば良いなと思います。
改めて読んでくださりありがとうございました!




