第7話 キルアの修行
◆剣に、魔を乗せて
「はぁっ……はっ……!」
大剣を構え、キルアは大きく踏み込んだ。
ぶぅん、と空気を裂くような重低音が響く。
だが、剣は土を軽く削っただけで、目標の岩にはかすりもしなかった。
「おっそーい。剣が泣いてるわよ」
背後からリーナの容赦ない声が飛ぶ。
「っ……言われなくても、分かってます……!」
キルアは歯を食いしばりながら、再び剣を振り上げた。
ここは、山小屋の裏手にあるちょっとした空き地。木々が開けた場所に、岩を目印にした訓練場を作ったのはリーナだった。地面にはキルアの踏み込みの跡が無数に残っている。
あれから数日。
キルアは、リーナの指導のもとで本格的に「大剣」と「魔力制御」の訓練を始めていた。
「ただ振るだけじゃ意味がないの。魔力を“剣に通す”こと。でないと、ただの重たい鉄の塊よ」
それが、最初にリーナから言われた言葉だった。
だがそれが、難しかった。
魔力を込めようとすれば暴走し、剣が共鳴して火花を上げる。込めなければ、ただ重いだけの鈍器。キルアにとって大剣とは「自分自身を制御する訓練」そのものだった。
「はぁっ……!」
何度目かの斬撃。
今度は剣の縁に淡い青白い光が宿った。
だが――
「ちがーうっ! それじゃ魔力が“こぼれてる”!」
リーナが言った瞬間、剣がビリビリと震えだし、柄から火花が飛んだ。
「うわっ!」
キルアは慌てて手を放し、剣を地面に落とす。
「まったく……魔力の“根”が定まってない。出す場所と量を自分で意識できてないから、剣が暴れるのよ」
「“根”……?」
「魔力っていうのは、心から出るもの。怒り、恐れ、意志。あんたの“芯”が定まらない限り、魔力も暴れるだけよ」
リーナはそう言って、そっと落ちた剣を拾った。
その手から、ほんの少しだけ光が漏れ、暴れた魔力を鎮めるように静かに撫でた。
「剣に込める魔力っていうのはね、剣を振るその“理由”みたいなものよ」
「理由……?」
「そう。あんたは何のために剣を握ってるの?」
その問いに、キルアはすぐには答えられなかった。
(……なんのため?)
伯爵家を追放された。
命を狙われ、見捨てられ、死にかけた。
それでも生き延びたのは――
「……悔しいから、かもしれません」
絞り出すように言った。
「俺を見捨てた人たちに、“間違ってた”って言わせたい。……俺を追い出したことを、後悔させたい……!」
剣を手に取る。
震えていた指先が、少しだけ落ち着いた。
「それでいいわ。その感情が“軸”になる。魔力は、意志に応える。だからこそ、迷うな」
リーナはにっこりと笑った。
◇ ◇ ◇
それから、日々の修行はさらに厳しくなった。
朝は筋力訓練から始まり、昼は大剣を振る実戦形式の練習。夜は魔力制御の座学と冥想。
キルアは疲れ切って倒れこむ日もあったが、決して弱音は吐かなかった。
なぜなら、確実に“変わってきている”実感があったからだ。
剣の重さに身体が慣れ、魔力を通したときの揺らぎも少なくなってきた。最初はバチバチと暴れていた剣が、今では彼の感情に呼応するようになってきている。
「よし……今度こそ……!」
キルアは両手で剣を握り、岩に向かって構えた。
(俺は、俺自身のために生きる。もう、誰の期待にも縛られない)
「――いけっ!!」
剣が風を裂き、青白い軌跡を描いて岩へと走る。
ガァァァンッ!!!
大きな音とともに、岩の一部が砕けた。
「……!」
キルアはその場で息を整え、砕けた岩を見つめた。
「やった……やっと、できた……!」
「おめでとう、坊や」
リーナが後ろから、ぽんと背中を叩いた。
「これでようやくスタート地点ね。魔法使いとしての一歩を踏み出したわよ、キルア」
「……はいっ!」
キルアは、まっすぐにうなずいた。
かつては、魔法が一度も使えなかった少年。
魔力を“持ちすぎて”制御できなかっただけの、厄介な逸材。
その彼が、ようやく“自分の魔力”を、自分の意志で振るうことができるようになったのだ。
この一歩は、きっと――
彼の人生を、大きく変える第一歩になる。
◆剣に、魔を乗せて(リーナ視点)
カーンッ!
大剣が、空気を切り裂き、岩の表面を削って止まった。
私はその音に耳を澄ませながら、ため息をひとつ吐いた。
「おっそーい。剣が泣いてるわよ」
そう言うと、キルアは悔しそうに奥歯を噛みながら振り向いた。
「っ……言われなくても、分かってます……!」
素直でいい子だ。でも、ちょっと不器用すぎる。
私は腕を組みながら、空き地の訓練場を見渡した。ここは山小屋の裏手にあるちょっとした広場で、私が昔よく使っていた魔力制御の場でもある。地面にはもう、無数の足跡と、切り裂かれた草や岩の痕が刻まれていた。
あれから数日。
キルアは、私のもとで本格的に訓練を始めた。
剣――そう、あの大剣を使った“魔力制御”の訓練だ。
この剣は、かつて私の大切な友――“剣聖”と呼ばれた男が遺していったもので、彼が使いこなすのに三年かかった代物だった。
それなのに、この子は――
(数日で、ここまで……?)
ありえない。
本当に、信じられない。
でも、目の前で起こっていることがすべてだ。現実だ。
「ただ振るだけじゃ意味がないの。魔力を“剣に通す”こと。でないと、ただの重たい鉄の塊よ」
そう教えたのは初日だった。
キルアは、最初は剣の重さにふらつき、魔力を込めれば暴走、込めなければただの鈍器……という、見ていてハラハラする状態だった。
だけど、彼は一度も弱音を吐かなかった。
悔しそうに歯を食いしばって、それでも前を見て、剣を握り直した。
「はぁっ……!」
今日も何度目かの斬撃。
剣の縁に淡い青白い光が宿った瞬間――やっぱり暴走。火花が走り、剣がビリビリと震えだした。
「ちがーうっ! それじゃ魔力が“こぼれてる”!」
私は思わず叫んだ。
(まったく……この子の魔力量、やっぱり規格外すぎる)
手の内に収めきれないほどの魔力を抱えたまま、それを器に通すなんて、普通の人間ならまず不可能。
でも、この子――キルアはやる。やってのける。
私はそっと落ちた剣を拾い、暴れた魔力を鎮めるように撫でながら言った。
「魔力っていうのは、心から出るもの。怒り、恐れ、意志。あんたの“芯”が定まらない限り、魔力も暴れるだけよ」
「俺を……見捨てた人たちに、“間違ってた”って言わせたい。……俺を追い出したことを、後悔させたい……!」
その言葉に、私は驚きと同時に納得を覚えた。
――ああ、そうね。
その想いこそが、あんたの“剣の理由”なのね。
「それでいいわ。その感情が“軸”になる。魔力は、意志に応える。だからこそ、迷うな」
私は微笑み、彼の背中をそっと見守った。
◇ ◇ ◇
それからの日々は、まさに鍛錬の連続だった。
朝は体力を鍛えるための筋力訓練。昼は実戦形式の剣術練習。そして夜は、静かに魔力の流れを学ぶ座学と冥想。
……まるで、かつて私が冒険者として弟子をとっていた頃のような気分だった。
でも、今回だけはちょっと違う。
何が違うって――
(私、こんなにわくわくしてるの、久しぶりだわ)
この子の成長が、楽しくてたまらない。
だって、剣聖でさえ三年かかった制御を、この子はほんの数日で習得しようとしているんだもの。
とんでもない。恐ろしい才能の塊。
もしかして、これって運命なんじゃないの?
(この子は、将来――英雄になるかもしれない)
そんな予感すら覚える。
◇ ◇ ◇
今日もまた、キルアは岩の前に立っていた。
その姿はもう、初日に比べてずっと堂々としている。
剣の重さに振り回されることもなく、魔力の流れも滑らか。
そして――その目には、ちゃんと“意志”が宿っていた。
「――いけっ!!」
振り抜かれた剣は、空を裂き、青白い光の軌跡を描いた。
ガァァァンッ!!
次の瞬間、訓練用の岩が一部砕け散った。
私は目を見開き、同時に胸が熱くなるのを感じた。
「やった……やっと、できた……!」
その言葉と、震える背中。
私は静かに近づいて、そっと背中を叩いた。
「おめでとう、キルア」
キルアが驚いたように振り向き、私を見た。
「これでようやくスタート地点ね。魔法使いとしての一歩を踏み出したわよ、キルア」
「……はいっ!」
その笑顔を見た瞬間、私は確信した。
この子はきっと、大きなことを成し遂げる。
たぶん、今の自分じゃ想像もできないくらいの未来へたどり着く。
それを、私がこの目で見届けたい。
いや――
私の弟子として、その背中を押していきたい。
(ふふ……こんな日が来るなんてね)
私は心の中でそっと呟いた。
かつて世界を旅したエルフの“はぐれ魔女”が、再び誰かを導く日が来るなんて。
まるで、遠い昔に置き忘れた夢が、また動き出したみたいだった。