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第32話 キルア、アリアとデートする

◆帝都散策と、君への想い


 帝都の朝は、穏やかな光に包まれていた。


 祝賀の余韻がまだ街の隅々に残る中、人々は日常へと戻り始めていた。だけど、アリアの胸の中には、昨日とは少し違う鼓動があった。


 彼女は、公爵邸の玄関前でそっと息をつきながら、待っていた。


 淡い白のワンピースに、ベージュの羽織。髪はゆるく巻かれ、薄桃色のリボンが揺れている。鏡の前で何度も確認した。派手すぎず、それでいて彼に「綺麗」と思ってもらえたら――そんな願いを込めて。


 「……待たせた」


 聞き慣れた低い声に、アリアが振り返る。


 キルアは黒の軽いロングコートに、整えられた銀髪。無造作だった前髪も今日は少し撫でつけられていて、彼なりに“今日の意味”を意識していることが伝わった。


 「ううん。ちょうど来たところよ。……行こ?」


 微笑む彼女に、キルアは頷いた。


 二人は並んで、公爵邸の門を出た。


 ――今朝、彼の部屋で目覚めたとき、言葉は交わさなかったけれど、互いの視線にあった想いを、アリアは今でもはっきり覚えている。あの静けさの中の温もりが、まだ肌に残っていた。


◇ ◇ ◇


 まず訪れたのは、帝都中央の広場だった。


 露店が立ち並び、子供たちの笑い声と、楽器の音が賑やかに響く場所。けれどその喧騒が、不思議と二人を騒がせることはなかった。


 「……こんなに賑やかな場所、来るのは久しぶりだ」


 「ふふ。そりゃそうよね。森の中ばかり歩いてたし」


 アリアは冗談めかして笑う。だが、キルアはどこか落ち着かなげに視線を巡らせた。


 「……俺、こういうとこ……少し苦手なんだよな。昔から、目立つのも騒がしいのも得意じゃない」


 「でも、今は一緒でしょ?」


 その言葉に、キルアはふっと目を細めた。


 「……そうだな。隣がアリアなら、悪くない」


 アリアの頬が、少しだけ染まる。


 それから二人は市場を歩き、昔アリアが母と訪れたというパン屋で焼きたてのパンを買い、小さなカフェで紅茶を楽しんだ。


 「リーナさんに教えてもらったの。帝都で一番おいしい紅茶、だって」


 「……確かに。香りがすごいな」


 キルアはカップを口に運びながら、窓の外の街並みをぼんやりと眺めた。


 こうして穏やかに時間を過ごすのは、彼にとって新鮮で、少し照れくさくて、それでいて――とても幸せなことなのだろう。


 アリアもまた、何度も彼の横顔を盗み見ては、その心をそっと感じ取ろうとしていた。


◇ ◇ ◇


 昼過ぎ、二人は帝都の外れにある植物園を訪れた。


 色とりどりの花々が咲き乱れ、淡い光がガラスの天井から差し込む幻想的な空間。


 「この花、知ってる? “聖女の涙”って呼ばれてるの」


 アリアが指さしたのは、小さな白い花だった。まるで夜露を纏っているかのように儚く、けれど芯の強さを秘めたようなその花は、彼女自身の姿にも重なる。


 「……お前に似てるな」


 キルアのその言葉に、アリアは瞳を見開き、そしてゆっくりと笑った。


 「……そんなこと言われたの、初めて」


 「俺も、こんなこと言ったの、初めてかもな」


 言葉は少なかった。でも、互いの胸に宿る気持ちは、花の香りよりも強く、確かに響きあっていた。


◇ ◇ ◇


 夕暮れが近づくころ、アリアは彼を連れて高台の丘へと向かった。


 そこは、帝都を一望できる小さな丘。陽が傾くと、街が黄金色に染まる、彼女のとっておきの場所だった。


 「ねぇ、キルア。……ここ、私の一番好きな場所なの」


 「……綺麗だな。まるで、絵みたいだ」


 二人は並んで座り、沈む夕日を見つめた。


 アリアは、そっと両手を膝の上で握りしめる。


 「ねぇ……今日、あなたとこうして歩けて、本当に嬉しかった」


 「……俺も、楽しかったよ」


 アリアは目を伏せる。そして、ゆっくりと息を吸った。


 「……ねぇ、キルア。私たちって……ずっと一緒にいられるのかな」


 キルアが、わずかに目を見開く。


 「私……怖いの。今はこうして隣にいられても、いつかあなたが私のせいで苦しむんじゃないかって。……公爵家の娘と結ばれるなんて、あなたにとっては、重荷なんじゃないかって」


 その声は震えていた。けれど、真っ直ぐな想いが、そこにはあった。


 キルアは、しばらく彼女を見つめたあと、ゆっくりとその手を包み込むように握った。


 「……アリア。俺さ……あの夜、お前を抱いたとき、たしかに思ったんだ」


 アリアは、はっとして目を見開く。だが彼は、真剣なまなざしで続けた。


 「この人の全部を受け止めたい。……公爵家だろうが、過去の呪いだろうが、そんなの関係ない。俺は、お前自身を愛してる」


 「……キルア……」


 「一緒にいたいって気持ちは、もう選べるもんじゃない。迷ったって、揺れたって、俺は……お前の隣にいると決めた」


 その言葉に、アリアの瞳から涙が零れた。


 けれどそれは、悲しみの涙ではない。胸の奥から滲み出た、救われるような想いのしずくだった。


 「ありがとう……キルア。……私も、あなたと生きたい。どんな未来でも」


 夕日が二人を照らす。


 やがて、アリアは彼の肩にそっと頭を預け、キルアはその髪を優しく撫でた。


 過去を知っているからこそ、未来に希望を抱ける。


 ふたりの愛は、言葉を超えて、静かに、強く繋がっていた。


 帝都の空に、最後の光が滲んでいく。


 それは、二人の決意を祝福するように――美しく、あたたかだった。

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