表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/38

第30話 キルア、皇帝陛下に謁見する

◆桃色の魔女と銀の剣士――祝賀の城にて


 帝城シャトーの広間には、今や華やかな空気が満ちていた。


 さきほどまで絶望と混乱に包まれていたはずのその空間が、まるで別世界のように変わっている。


 グリーンドラゴン討伐の報が届き、街にも、そして城にも光が戻った。


 そして今、その“英雄たち”が、ついに城に姿を現す。


 「――お待ちしておりました。陛下のお召しです」


 近衛兵の案内に続いて、城の大広間へと三人の影が差す。


 先頭に立つのは、銀髪の少年――キルア=レイグラント。

 鋭い眼差しと大剣を背負った姿は、帝都中の誰よりも威風堂々としていた。


 その隣には、栗色の髪をなびかせた少女――アリア=デュフォール。

 気品と強さを兼ね備えたその瞳は、広間にいた文官たちすら思わず息を呑むほどだった。


 そして、最後に入ってきたのは、ピンク色の長い髪を編み込み、グレーのローブをまとった、どこか人ならぬ気配を纏う女性――リーナ。


 その瞬間、大広間の空気が張り詰めた。


 玉座に座っていた皇帝――ルイコスタ陛下が、立ち上がった。


 「そなたは……公爵家の……アリアではないか?」


 驚きと安堵が混ざったような声だった。


 「はい。デュフォール家のアリアです。ご無礼をお許しください。……ですが、いま私は、冒険者として、皆とともにここへ参りました」


 アリアが恭しく膝をつくと、皇帝は「よく戻った」と優しく微笑み返した。


 そして、次の瞬間――皇帝の視線がリーナに移ったとたん、その表情が一変した。


 「……ま、まさか……あなた様は……リーナ様では……!?」


 玉座の間にいた文官や騎士たちも、一斉にどよめく。


 「え……? リーナ様って、まさか……」


 「“桃色の魔女”……って呼ばれてた、あの……?」


 「伝説の勇者パーティーの……あの魔法使い……!?」


 リーナは肩をすくめ、照れ隠しのように笑った。


 「そんな昔の話を持ち出すのかい? ずいぶん昔のことさ。もう忘れ去られてると思ってたよ」


 「忘れるわけがありません!」


 皇帝ルイコスタが、玉座を降りてリーナの前まで進み、深く頭を下げる。


 「この帝国を築いた初代皇帝に仕え、共に魔王を討伐した勇者の一人――

  あなた様こそ、この国の礎に名を刻む“英雄”ではありませんか」


 「……光栄だけど、今の私はただの放浪魔女さ。そんな堅苦しい言葉は似合わないよ」


 リーナの言葉に、皇帝は微笑み、続けて隣に立つ少年を見つめた。


 「その少年は……?」


 リーナは、ふっと口元を緩めて答えた。


 「私の弟子さ。名前は――キルア。見ての通り、腕は確かだよ。あの竜を討ったのは、この子の剣だ」


 「……キルア」


 皇帝がその名を繰り返す。


 少年の瞳は、まっすぐ皇帝を見返していた。どこか冷たいようで、内に炎を秘めた、凛とした瞳。


 「よくぞ、この国を、帝都を……我らすべてを救ってくれた」


 皇帝は静かに言った。


 「その功績、決して忘れぬ。帝国は、そなたら三人を――“新たな英雄”として迎える」


 場内がどっと湧いた。

 貴族たちは歓声を上げ、兵士たちは剣を掲げて讃えた。

 城の天井にまで届くような拍手の波が、三人を包み込んだ。


◇ ◇ ◇


 その後、祝賀の宴が開かれた。


 広間には豪華な料理と音楽、花々の飾りが並び、久々に帝都に本当の“笑い声”が戻ってきた。


 「それにしても……このグリーンドラゴンの素材、どうするんだい?」


 宴のさなか、リーナが酒杯を傾けながらぽつりと口にした。


 「鱗も爪も、ものすごく貴重な素材さ。使い道に困るようなら、買い取ってもらうのもいいかもしれないね」


 「うむ、それは我ら帝国が責任を持って買取ろう」


 皇帝ルイコスタが頷く。


 「竜の素材は、武具や魔道具の研究に欠かせぬ。正当な対価は必ず用意しよう。……それが、そなたらの第二の報酬だ」


 アリアは微笑み、リーナはまた一口飲んでうなずいた。

 キルアはというと、やや所在なげにロースト肉をかじっていたが、どこかうれしそうだった。


 帝都は救われた。


 けれど、それは終わりではない。

 英雄たちの旅は、まだ続いていく。


 新たな伝説は――この祝賀の夜から、また静かに始まるのだった。



◆百合の夜に、あなたと


 帝都シャトーにて開かれた祝賀の夜は、熱気と興奮に満ちていた。


 グリーンドラゴン討伐という奇跡に近い勝利。皇帝自らの讃辞。そして、リーナの正体が“建国の魔女”だったという衝撃。


 だが、夜も更け、宴が落ち着きを見せ始めたころ――


 キルアは、一人城の裏庭にいた。


 「……なんだよ、あの騒ぎ」


 天を見上げ、銀髪を風に揺らしながらぼやく。


 リーナが、あの“伝説の桃色の魔女”だなんて。


 誰もが驚いていた。皇帝すら頭を下げる存在。国家の礎を築いた真の英雄。


 ――だけど、俺は。


 「……最初から、お前が“普通じゃない”ってことぐらい、わかってた」


 その呟きに応じるように、背後から声がした。


 「キルア、そこにいたのかい?」


 振り返れば、ピンクの髪を夜風に揺らす女――リーナがいた。


 ローブは脱ぎ捨て、薄紫のシルクのドレスに身を包んだ彼女は、まるで夜に咲く百合のように妖艶で、儚げだった。


 「……来ると思ってた」


 「ふふ、予知能力でもあるのかい?」


 リーナはからかうように微笑むと、ゆっくりとキルアの隣に並んだ。


 「宴で、私のこと……少しは見直した?」


 「まあな。びっくりはした。でも――」


 キルアは目を細めて、そっと彼女の髪を指先で梳いた。


 「俺にとっては、ずっと前から“大切な女”だよ。昔の肩書きなんて関係ねぇ」


 その言葉に、リーナは目を細めた。


 「……嬉しいね、そう言ってもらえるのは」


 しばらく、二人は何も言わず、月を見上げた。


 静かな時間。だが、確かに流れている“共に過ごした日々”がそこにあった。


 「……戻ろうか? 私の部屋」


 リーナの囁きに、キルアは軽く頷いた。


 「……ああ。今夜は、特別な夜だしな」


◇ ◇ ◇


 帝城の一角――賓客用の一室。


 だが、今その部屋は、まるでリーナの魔力が染みついたかのような、妖しい気配に包まれていた。


 淡く灯る魔光のランプ。窓辺には風に揺れるカーテン。ベッドには、白百合を模した刺繍のシーツ。


 リーナは、静かに背を向けながら髪を解き、ドレスの後ろの留め金に指をかける。


 「キルア、手伝ってくれる?」


 その声に応じて、キルアは無言で背後に立ち、リーナの腰にそっと手を添えた。


 「……何度こうしても、慣れねぇな。お前が綺麗すぎて」


 「お世辞ばっかり。……でも、そう言ってもらえるの、好きよ」


 留め金が外れ、ドレスが滑り落ちる。


 キルアはその肩にそっと唇を落とした。


 「リーナ。……今日は、いつもより、お前のこと抱きたい」


 「どうして?」


 「……誇らしい気持ちもあるけど、それ以上に……お前が遠くへ行きそうで、怖い」


 その言葉に、リーナは振り返り、彼の頬に両手を添えた。


 「大丈夫。私は、ずっとここにいるよ。あなたが望む限り、私は“キルアのリーナ”でいる」


 優しく、深く、口づけが交わされる。


 そのままベッドに倒れ込み、静かに抱き合うふたり。


 何度も重ねた関係だった。けれど、この夜は違った。


 祝福され、認められ、過去と未来を知ったうえで――改めて、愛を交わす夜。


 キルアの手が、リーナの肌を丁寧に撫でるたびに、リーナはそっと目を閉じた。


 「ねえ……キルア」


 「……ん?」


 「こうしてあなたに抱かれるたび、少しずつ私、人間に戻っていく気がするの」


 「……お前、エルフだろ」


 「そうだった、エルフでした……でも今だけは人間なの、そして、もっとあなたを教えて。私は今夜、あなただけの女だって」


 それは命令でも請願でもない、ただの純粋な欲求だった。


 身体だけでなく、心を満たしたいという――百合のように繊細で、どこまでも白く、そして強い想い。


 キルアは彼女の頬に唇を重ね、熱を注ぐ。


 「……お前は俺の女だ。何があっても、それは変わらない」


 「……うん」


 その夜、ふたりは静かに何度も交わった。


 そのたびに、ふたりの孤独が、少しずつ溶けていくのを感じた。


 腕の中でリーナが安らかに眠るころ、キルアは彼女の額にそっと口づけた。


 「……愛してるよ、リーナ」


 誰に聞かれることもない、小さな声。


 けれど、それは確かに――この世界のどんな魔法よりも、深い絆だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ