第28話 帝都冒険者ギルドマスター・クロード
◆混乱の帝都、集え冒険者たち・後編
――ギルドマスター・クロードの視点より
帝都の空を覆うように舞う翠緑の影。地上に響くは、竜の咆哮。
冒険者ギルド本部の中は、まさに戦場の前線そのものだった。
「陣形を崩すな! 防御班は第三防衛線へ! 街の南門に負傷者が集中してる、回復班は今すぐ派遣しろ!」
俺――クロード・ヴェルナードは、怒鳴りながら地図に目を落とした。
指先で示すのは、グリーンドラゴンが最初に姿を現した広場の真上。そこから旋回し、帝都を一望するように飛び回っている。
「まさか本当に来るとはな……あの“緑の災厄”が……」
ギルド歴二十年、どんな魔物とも戦ってきた。だが、竜は別格だ。あれは、災害だ。神話の存在――誰もが、そう思っていた。
受付官のリュークが、真っ青な顔で走り込んできた。
「ギルドマスター! 北門から市民の避難が完了しました!」
「よし。次は西門の巡回隊を……」
言いかけたその時――
「斥候班より緊急報告!!」
玄関口から、血相を変えた偵察兵が飛び込んできた。
「グリーンドラゴンが……グリーンドラゴンが討たれました!!」
「……は?」
最初、言葉の意味が理解できなかった。室内の冒険者たちも、一瞬、呆然とその言葉を聞いていた。
「おい、落ち着いて言い直せ」
俺は言葉を絞り出す。
「確認済みです! 東の上空で戦闘の痕跡あり! 竜の亡骸を視認! 地表には巨大な衝撃痕があり、精霊反応も観測! ……討伐は、間違いありません!」
「誰がやった……? どこの部隊だ? 王国軍か? ギルドの……?」
だが、斥候は首を横に振る。
「いえ……たった三人のパーティーです。確認できたのは――」
彼の目が信じられないとばかりに震えていた。
「銀色の髪の少年。大剣使い。名は……確認できませんでしたが、彼の一撃が、竜の心臓を貫いたと」
「たった三人で……?」
俺の声は、思わず漏れた。静寂――。その場にいた全員が、息を飲んでいた。
「目撃者の話によれば、ひとりはピンクの髪の魔女、空からの砲撃を行っていたとのこと。そしてもう一人は栗色の髪の少女。囮役を務め、竜を引きつけていたようです」
室内の沈黙が、震えるようにざわめきに変わった。
「……伝説じゃねぇかよ」
「三人で、グリーンドラゴンを……」
「そんな奴ら、本当に存在するんだな……!」
それまで死を覚悟していた冒険者たちの表情が、一気に明るさを取り戻す。
剣を握る手が震え、誰かが笑い出した。
「……助かった……! 本当に助かったんだな……!」
「やったあああああ!!」
歓声が、ギルドの天井を突き抜ける勢いで響いた。
誰かが机を叩き、椅子が倒れ、ビール樽が開けられ、即席の祝宴が始まった。
緊張で張り詰めていた空気が、一気に歓喜へと変わった瞬間だった。
「英雄……だよな。新しい英雄だ」
「銀の髪の少年って……誰なんだ?」
「噂だと、どこかの貴族だとかって話も……」
「いや、偽名で活動してるらしいぜ? ギルド登録は“カイル・レイン”って名だとか……」
噂はあっという間に広まり、誰もがその名を記憶に刻み始めた。
銀の剣士――カイル・レイン。竜を討った新たな伝説。
俺も、その場に立ち尽くしていたが、ふと笑みがこぼれる。
「……とんでもねぇガキがいたもんだ」
老練な魔術師が、肩をすくめながら言った。
「これで……帝都は救われた。あの空の恐怖も、もう見なくて済むな」
そうだ。
だが――あの少年は、どこから現れ、なぜ竜を倒せたのか。王家の災厄と呼ばれた存在に、どうして精霊の力が宿ったのか。
謎は、まだ多い。
だが、それでも――
「俺たちは、忘れねぇ。今日この日を、そしてあの銀髪の英雄の名を」
ギルドマスターとして、俺は深く息を吐いた。
帝都は守られた。だが、物語はこれで終わりじゃない。
新たな時代の“冒険”が、今――始まろうとしているのだから。




